公女SS『リリー・リンスターの休日 上』
「エマ~。エマ~。暇ですぅ~。私にも御仕事をくださいぃ~」
「……リリー、五月蠅いです。貴女は今日お休みでしょう? 幾ら御屋敷から追い出されたからって、こっちに来るなんて!」
「そんなぁ~。エマは私を見捨てるんですかぁ? 可愛い同僚の私を~?」
「同僚を可愛がる趣味は持ち合わせていません。ええぃっ! 邪魔ですっ!! はーなーれーてー!!!」
とある平日。
王都、リンスター、ハワード両公爵家合同商社――通称『アレン商会』が使っている建物の一室に、メイドさん達の声が響き渡った。
一人は黒茶髪に褐色肌が印象的で、生真面目さが表に出ている細身なエマさん。
商会立ち上げ以降、ずっと僕や隣の執務机に書類を広げ「……もう少し、仕入れても良いかも? でも、在庫を抱えるのは」ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる小柄で眼鏡をかけている少女――フェリシア・フォスを、ハワード公爵家のメイドさんであるサリー・ウォーカーさんと共に支えてくれているお姉さんだ。
そんなエマさんに後ろから縋りつき、仕事をねだっているのはリリー・リンスターさん。
王国最南方を鎮護するリンスター副公爵家長女、『公女殿下』の敬称を受ける身でありながらメイドさんを志し、実力でメイド隊第三席にまで至った人なのだけれど……。
僕は書類にサインを走らせて、声をかける。
「リリーさん、折角のお休みなんですから、仕事をねだるのは止めて方が良いんじゃないですか?」
「アレン様、よくぞ言ってくださいました」
「むむむ~! アレンさんまで、そんな酷いことを言うんですかぁ!? ――……ぐすん。酷いですぅ。あんまりですぅ。私、泣いちゃいます。ちらり~☆」
エマさんが『我が意を得たり』と大きく頷き、対してリリーさんは跳び上がり、半回転。
僕が座っている椅子の肘当てに手をつけてしゃがみ込み、わざとらしく上目遣い。長い紅髪と花飾りが陽光を反射した。
「ふむ……酷いこと、ですか?」
「酷いことです! とっても、とっても、酷いことですっ!! 私はメイドさんなんですよ? メイドさんはお仕事あってこそですぅ~!!!」
「なるほど……多少の理があります。では、ここでうちの番頭さんの意見を聞いてみましょうか。フェリシア、どう思いますか?」
「ふぇ?」
僕に話しかけられたフェリシアが、ペンを持ったまま顔を上げた。
地味な眼鏡に淡い栗色髪。華奢な肢体に似つかわしくない豊かな双丘が揺れる。
大きな瞳をパチクリさせ、少女は顎に細い指をつけた。
「えっと……リリーさんの話ですよね?」
「そうですね。因みに僕は君と同じ意見です」
「アレンさん、フェリシア御嬢様に丸投げするのは~」
「あ、了解です。リリーさん」
紅髪の年上メイドさんが唇を尖らせ詰る前に、頼りになる番頭さんが眼鏡の位置を左手で直した。
「! は、はい」
恐れ知らずな年上メイドさんが病弱な眼鏡少女に気圧され、椅子の後方に回り込み、僕を楯にした。エマさんが呆れたように嘆息する。
人差し指を立て、フェリシアがもっともらしく説諭。
「私、この商会に勧誘された時、ある人にこう言われたんです。『体調を優先すること。きちんと食べて眠ること』。……他にも幾つか」
「フェリシア? ちょっとだけ僕が意図したものと違う――」
「だ・か・ら」
以前、僕が注意したことを繰り返し、敏腕番頭さんは悪戯っ子のように両手を合わせた。
「お休みはしっかりと取らないとダメです。あ、エマさんもですよ?」
「うぅ~!」「フェリシア御嬢様の仰せのままに」
リリーさんが『アレンさんのせいですよぉ~』とばかりに椅子を揺らし、エマさんは胸に手を当てて同意した。
執務机に肘をつき、僕はむくれている年上メイドさんへ左手を振る。
「と、いうわけです。大人しくお休みを満喫してください。なお、止めないと毎日仕事をしがちなうちの番頭さんも同様です」
「そ、そんなぁ~」「わ、私は休んでます。ほ、本当です!」
年上メイドさんは椅子から離れてフラフラとソファーに倒れ込む中、フェリシアは目を泳がせた。……これはベッドに資料を持ち込んでいるな。エマさんへ一瞬だけ目配せすると、すぐに『確認致します』と返してくれた。
流石はリンスター公爵家メイド隊第四席様!
「あ、でもぉ?」
僕が満足感を覚えていると、リリーさんが上半身を起こした。
扉の外では幼女とメイドさん達の笑い声。あの子が帰って来たようだ。
クッションを抱きしめながら、年上メイドさんが目を細める。
「アレンさんだって、お休みを全然取っていないんじゃないですかぁ~? 週末は御嬢様達の家庭教師をして、平日も幾日かは商会の御仕事。その間も魔法式を創られたり、色々と調べられたり~?」
「…………」
痛いところを。
フェリシアが眼鏡奥の瞳を瞬かせ「……エマさん」「御調べ致します」とすぐさま行動を開始した。まずい。
どうにか矛先を逸らすべく思案していると、勢いよく入り口の扉が開いた。
「アレン♪」
飛び込んできたのは、長い白髪に紫のリボンを付けた獣耳の少女――八大精霊の一柱『雷狐』のアトラだった。外套を羽織り、手には紙袋を持っている。
次いで耳までのブロンド髪で小柄な眼鏡メイドさん、ハワード公爵家メイド隊第四席のサリー・ウォーカーさんもやって来た。
二人はお茶菓子を買いに出かけていたのだ。
アトラが僕へ駆け寄り、袋を差し出して嬉しそうに尻尾を揺らす。
「あまいのー♪」
「ありがとう、アトラ。みんなで食べようか?」
「たべる~☆」
幼女がクルクルと踊り出すると、一気に室内の空気が弛緩した。
良かった。どうにかこれで――
「うふふ~……アレンさん、逃しませんよぉぉ~?」
「……リリーさん、そこは忘れてくれる場面では?」
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