公女SS『狼聖女は嘘をつく 下ー3』

「ふぅ……」


 トレット商会の老会頭や、名の知られる大商人達と挨拶を交わし終え、私はようやく一息をつき、壁に背をつけた。

 大広間では未だにそこかしこで歓談が行われている。

 ……想像以上に大変ね。

 男の人が苦手なフェリシアはこういう場に出てこれないのも分かるわ。 


「ステラ、お疲れ様です」


 目の前に硝子のグラスが差し出された。中身は果実水のようだ。

 私は慌てて、戻って来られたアレン様に頭を振る。


「そ、そんな! ア、アレン様の方こそ……あの、今までに会われた方の名前、全部覚えておいでなんですか?」

「数少ない特技なんですよ。そこで僕を怖い顔で睨んでいるテトには負けます」

「は、はぁ……」


 グラスを受け取り、目を瞬かせる。

 ……アレン様と言葉を交わした商人の数は、少なく見積もっても五十名は超えていた。その一人一人の名前と立場、以前話していた内容の全てを覚えていた、と?

 果実水を一口飲み、近くで私達の護衛をしてくれているテトさんへ視線。

 彼氏? のイェン・チェッカーさんは、商人達に連れて行かれてしまっていない。

 魔女帽子のつばに触れ、大学校の俊英が心底嫌そうに顔を顰めた。


「……ステラさん、アレン先輩の言葉を信じないでください。先輩は、今までに会った人の顔と性格、話していた内容、使う魔法、武器の有無……とにかく! 殆どを記憶している方が変なんですっ!」

「テト、酷いよ。ステラは僕を信じてくれますよね?」

「え、えーっと……」


 私は少しだけ考え――アレン様の首元に手を伸ばした。

 背伸びをしながら整え、微笑む。


「アレン様が悪い、と思います」

「そんな……ステラまで厳しくなってしまったら、僕の味方はエリーだけ」

『♪』


 ――アトラの歌声が聴こえてきた。

 どうやら『みかた~☆』と歌っているようだ。

 魔法使いさんは苦笑し、私へ丁寧に会釈してくださる。


「……起きてしまったようですね。少し外へ出ましょうか。テト、警戒をお願い出来るかな?」

「――……はい、アレン様♪」

「……構わないですけど。嫌な……とてもとても、と~っても嫌な予感がするんですけど」


 月夜の下に二人きり!

 気恥ずかしくなり私は身体を小さくし、対してテトさんが警戒感も露わにした。 

 アレン様が手を振られる。


「気のせいだよ。大丈夫さ」

「い、いざ、という時は逃げますからね? 本気ですからねっ?」

「その時はイェンに助けてもらうよ」

「! ひ、卑怯ですっ! アレン先輩はどうして、リディヤ先輩に対する甘さの万分の一を、可愛い後輩へ向けないんですかっ!?」


 両手をぶんぶん振りながら、テトさんは愕然とする。

 けれど、アレン様は取り合わす、グラスを置いて私へ片目を瞑られた。


「ステラ、行こうか」「は、はひっ……」

「無視!? ……ぐぅぅ。何時か、偉い地位を押し付けますからねぇ」


※※※


 内庭を二人で歩いて行く。

 魔力灯のぼんやりとした光が何処か幻想的。

 しかも、隣には――。


「ステラ、どうかしましたか?」

「! い、いえ……な、何でもありません……」


 アレン様が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 心臓が激しく鼓動する。

 嗚呼……私、今晩で死んでしまうかも?

 テトさんの姿は見えない。どうやら、屋根の上で警戒しているらしい。

 何か酷く怯えていたけれど――


「! ひゃんっ!! ア、アレン様……!?」

「――……少し熱いですね。挨拶も済ませましたし、今晩はもう失礼しましょうか。説明すれば、トレット会頭も気を害されはしないでしょう」

「い、いえ、そんな! だ、大丈夫ですっ!! アレン商会の評判を落とすわけには……」

「君の体調の方が大事ですよ」


 帽子が外され、頭に優しい手。あぅ……。

 周囲に雪華が舞い踊る。抑えようとするも、抑えられない。

 手が離れ――目の前には世界で一番大好きな魔法使いさん。

 天使と悪魔が手を取り合い、叫んだ。


『『抱き着いてっ!!』』

「っ!」


 身体が動きかけるも、羞恥心で最後の勇気が出て来ない。

 だけど――手を伸ばし、アレン様の襟を摘まむ。


「ステラ?」

「……曲がっていたので」


 言い訳を口にして半歩近づき、襟元を整えるふりをしながら、体温を感じる。

 今の私にはこれくらいが限界だ。

 だけど……信じ難い程の多幸感を覚え、笑みが零れてしまう。


「――……えへへ♪」

「慣れない服を着るものじゃないですね。今後は出来る限り、この手の会合はフェリシアに――ステラ、失礼します」

「ふぇ? きゃっ」


 突然の浮遊感。

 ――私はアレン様に抱きかかえられ、屋根の上に到っていた。

 杖を握り締めたテトさんの顔が、杖を握り締め顔を引き攣らせている。


「アアア、アレン先輩っ!」

「テト、ステラを」


 アレン様が私を屋根に降ろし、首元のボタンを一つ外された。

 いったい、何……ゾワリ。


「「っ!!」」 


 一気に肌が粟立った。

 ――長い紅髪を靡かせ、剣士服の美少女が音もなく屋根へ降り立つ。

 顔に浮かんでいるのは綺麗な微笑。

 テトさんが悲鳴をあげた。


「リリリ、リディヤ先輩っ!? わ、私は無関係ですっ!!!!!」

「――……テト、貴女は後よ。今は」

「~~~っ!」


 無数の炎羽が私達を包囲し、恫喝してくる。

 ――これが、これが『剣姫』リディヤ・リンスター!

 身体が震え、竦む。

 とてもじゃないが相対することなんて――アレン様が軽い口調で挨拶される。


「リディヤ、屋敷は燃やさないようにね?」

「…………それが遺言? 浮気は大罪なのよ?」

「アレン商会会頭としての仕事だよ?」

「――……斬って、燃やして、斬るわ★」


 ――……『仕事』。う~。

 私が頬を膨らませていると、リディヤさんの姿が消えた。

 一瞬で間合いを殺し、手刀には紅光。

 ひょいひょいと躱されながら、アレン様が紅髪の公女殿下を宥める。


「リ、リディヤ、結構本気じゃ――」

「本気に決まっているでしょう? ……あんたを甘やかしてきた私がバカだったわっ! 私がいないのをいいことに、そんな恰好までしてぇぇぇ!! もう、亡命するっ!!! 亡命して、軟禁するっ!!」

「それ、犯罪だからねっ!?」


 ……胸がモヤモヤする。

 アレン様は私と一緒にいる時、あんな風に笑われていない。


『そ、そんなことない――むぐっ』

『ステラ、この場ですることなんて、決まっているんじゃない? 女の子には戦わなくちゃいけない時があるわっ!』


 天使が悪魔の手で口を塞がれ、行動を促してきた。

 ――そうね。


「テトさん、杖を貸してください」

「え? ス、ステラさん……??」


 私は逃げ腰なアレン様の後輩さんに長杖を借り――魔法を展開させた。

 リディヤさんとアレン様の動きが見つめ合われたまま停まる。


「? ステラ??」「な、何を?」

「――……御二人共」


 私は極致魔法『氷光鷹』を全力発動。

 長杖にも氷刃を発現させ、宣言する。


「私の前で、そんな風に御二人だけの世界なんて作らせませんっ! いきますっ!!!!!」


 そう叫び、私は薄蒼髪を靡かせ屋根を思いっ切り蹴った。


 この後、色々あって、リディヤさんと私はアレン様を捕獲し……お、お泊りすることになったのだけれど、それはみんなには秘密。

 

 私だって、偶には嘘をつくのだ。

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