第11話 夜猫 上
「アンコさんが? それって……」「メイド長、来ますっ!」
私が問いかけ終える前に、リリーの鋭い声が響き渡る。
今や、完全に氷の狼へと変貌した異形が大咆哮。
漆黒の氷波によって、瓦礫を凍結させていく。
……氷属性極致魔法『氷雪狼』似ている?
『七天』が顔を顰め、呟く。
「当初は巨人。次は剣と長槍を持った者。今度は狼。これは、もしや」
「生前――と、言ってよいかは分かりませんが、倒された相手を模しているのでしょう。自らの姿は忘れている、と推察致します」
栗茶髪のメイド長が言葉を引き取る。
私は困惑しつつも魔法を紡ぎ、今にも突撃しようとして氷狼へ視線を向けた。
リリーも同じようで、大剣を構える。
「検証は後で良いと思いますぅ~。今は、アレンさんの魔法が準備出来るまで時間を稼がないとっ!」
「ええ、そうね。アンナ、さっきの話だけれど……」
「来るぞっ!」
「「!」」
『七天』が叫ぶと同時に、数千を軽く超える氷槍が私達に向かって放たれる。漆黒の雷を纏わせて!?
咄嗟に、魔杖を振るおうとすると――アンナが片手で制してきた。
「えっ?」「アンナ!?」
私とリリーが困惑するも、リンスターのメイド長は悪戯っ子のような笑み。『七天』は斬撃を放ちながら、大きく後方へ跳んだ。まるで……巻き込まれるのを恐れているかのように。
直後――猫の鳴き声。
そして、
「「っ!?!!」」
『七天』の斬撃を突破した残りの氷槍全てが、字義通り消えた。
氷狼と私達の間が妙にすっきりとする。い、今のって……アンコさんの魔法!?
アンナが片目を瞑る。
「私は『足』にならねばなりません。御二人はお下がりを。アンコ様の――夜猫様の戦われる御姿など、そうそう見られるものではございません。よく観察を♪ 後でアレン様が大変興味を持たれると」
再び鳴き声。
氷狼が吹雪と雷を纏い前脚を蹴っている。その都度、気持ち悪い漆黒の魔力が広がり、地面を侵食していく。
メイド長が目を細める。
「……どうやら遊びは此処までのようでございます。では★」
アンナの姿が掻き消える。何処に!?
長い紅髪を振りかざし、リリーが大柱を指差した。
「あそこですっ!」
「っ!」
左肩にアンコさんを乗せている栗茶髪のメイド長が、大柱を疾走。
……やっぱり、転移魔法じゃないわね。
でも、私の知識じゃそれ以上は分からない。アレンがいてくれたら。
「ウェインライトの王女! リンスターの公女! 退がれっ!! 巻き込まれるぞっ!!!」
後方で、双剣を地面に突き刺し、目に見える程の魔法障壁を幾重にも張り巡らしている『七天』が私達を一喝した。
諸外国に武名を轟かすララノアの英雄が、ここまで警戒感を露わにするなんて……。
私は雷を纏った氷槍の弾幕を、ひらりひらり、と躱し、接近していくアンナの背中と、機嫌良さそうに尻尾を振っているアンコさんを見ながら、後方へと跳んだ。
遅れずリリーも退き、『七天』の魔法障壁を強化していく。
私もそれに加わり、英雄へ端的に質問。
「アンコさんはそれ程ですか?」
「……それ程だっ。我が家に遺る文献通りならば、あの黒猫は」
「接敵しますっ!」
炎花を布陣させ、リリーが私達に鋭く注意喚起した。
氷槍の弾幕を躱しに躱し、バラバラに刻み、大柱を、天井を、漆黒の雪原を駆け――アンナが、氷狼の眼前へと辿り着くのが見えた。
『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
かなり距離を取った私達の魔法障壁が、異形の放った咆哮によって大きく揺れる。
その衝撃波を受けながらも、平然としているアンナが左肩のアンコさんを地面へと降ろすのが見えた。
そして――恭しくお辞儀。
「私の仕事はこれまでに――かつて、世界を託された御方としての力、見させていただきます。御存分になさいませ、夜猫様」
『!!!!!』
氷狼は苛立ったようにアンコさんとアンナ目掛けて突進。
巨大な左前脚を振り下ろし――轟音が響き、大聖堂全体が震えた。
リリーが心配そうに名前を呼ぶ。
「アンナ!」
「はい~♪ アンナでございますよ~☆」
「「っ!」」
後方からとっても明るい声。
慌てて振り返ると、そこには両手を合わせた栗茶髪のメイド長が立っていた。
……探知魔法にも引っかからなかったし、魔力の動きも無し。何なの? この移動方法は?
私が当惑していると、アンナはつかつかとリリーへと近づき、ニコニコ。
「うふふ♪ ご心配おかけしました、リリー御嬢様☆ で・す・が! こういう場になると、素の優しい御姿が表に出てしまう以上、メイド服はまだ早いと愚考致します~」
「ぐぅっ! い、言ってませんっ!! メ、メイド長って、私はちゃんと……」
「おやぁ~? こんな所に通信宝珠がぁ~? 聴いてみてもぉ~?」
「うぅぅ~! メ、メイド長の意地悪っ!! ア、アレンさんに言いつけちゃいますよぉぉ!!!」
リリーは頬を膨らませ、小柄なメイド長に抗議するも……悪手ね。
案の定、アンナは大袈裟な動作で小首を傾げた。
「アレン様は私の味方――ああ、どうやら、始まったようでございますね」
細い指が、黒い氷霧に覆われた前方を指し示す。
直後、
「「「っ!?」」」
一気に神聖さを強く感じさせる強風が吹き荒れ、視界が急回復する。
見えたのは、左前脚と背中を大きく抉り取られ、魔法陣近くまで退いた異形の氷狼だった。
先程と異なり目の数が増え、左右三眼、中央一眼となり、傷口も急速に氷枝によって埋まっていくが、魔力は揺らぎ、戸惑いが伝わってくる。
そして、それを為したのは。
「――……黒髪の幼女?」
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