第10話 死神の刃

『………………』


 アンナの私達への叱咤が終わると――攻撃をまともに受けた筈の異形が平然と立ち上がり、あっという間に頭を両腕を再生させた。

 ……明らかに先程よりも魔力が強まっている。

 大剣を肩に乗せ、リリーがやや困惑して質問。


「時間稼ぎは望む所なんですけどぉ~……殺せない相手をどうすればぁ?」

「簡単です。まずは私がお手本を見せましょう♪」


 そう言うと、片目を瞑ったリンスターのメイド長は疾走を開始した。

 片眼を細め、異形が左手を掲げる。

 すると――


「! 氷の……」「剣だと?」

「アンナっ!」


 先程とは明らか異なる洗練された『氷剣』が出現。

 リリーの切迫した声が耳朶を打つ中、異形は氷剣を無造作に小柄なメイド長へ振り下ろすっ! 


「「っ!」」「ぬぅっ!」


 瞬間、無数の氷刃が全方向へ散らばり、私達にも襲い掛かる。

 炎花が舞い、その過半以上を受け止めるも、残りを必死に叩き落とし、躱す。アンナはっ!?

 目の前に氷剣を叩きつけられたメイド長の姿は何処にもない。ま、まさか……やられた?


「くっ!」


 前傾姿勢になり、何時になく険しい顔のリリーが突撃を敢行しようとする。

 リディヤが以前言っていた。うちの従姉、アンナを何だかんだ尊敬しているのよ。

 炎花が漆黒の雪原を燃やす中、紅髪の年上少女は足を踏み出そうとし、


「待てっ! リンスターのっ!! 今、行けば……巻き込まれるぞ」

「!」


 氷刃の嵐を無傷でやり過ごしたララノアの『七天』によって制される。

 リリーと共に接近戦に持ち込もうとしていた、私も前方を注視。

 直後――大穴の開いた天井から、嬉しそうな声が降ってきた。


「まぁまぁ♪ リリー御嬢様、シェリル王女殿下、私の為にそのような。有難うございます☆ その御礼、致せねばなりませんね?」


 アンナ!? 

 いったい、どうやってあの嵐を躱して?


『…………』


 私が疑問を持つ中、異形は右手を振るい、氷の長槍を顕現させた。

 そして、氷槍を氷剣を交差させ、漆黒の禍々しい魔力を集束。

 どういう原理なのか、天井に立って地上を見下ろしているメイド長を今度こそ仕留めようとする。

 『七天』が双剣を地面に突き刺し、魔法障壁を張り巡らせた。


「……見ていろ。貴殿等が、アレンに追いつき、追い抜きたいと願うならば……奴の、ユースティンの『死神』と呼ばれし者の絶技を見ておくのは決して、悪い経験とはならぬ」

「……『死神』の」「絶技?」


 私とリリーは自分達の魔杖と大剣を握り締めながら、言葉を繰り返した。

 アンナが強いのは分かっている。おそらくは、アレンの魔力を繋いでいない私達よりもずっと。

 けど……他にも技があると?

 異形がゆっくりと、氷槍と氷剣を広げていく。


「その構え……ふむふむ。どうやら、のは魔王陛下だったようでございますね。敗れた相手の技を模倣せずにいられぬとは、余程無念だったのでしょう。――けれど」

『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 漆黒の氷風を放出し、【堕神】は地面を思いっきり蹴り、跳躍した。

 凄まじい亀裂が走り、半ば壊滅している大聖堂を更に破壊していく。 

 アンナが唇に人差し指をつけ、左目を瞑った。


「「えっ!?!!」」「……恐るべき技よ」


 異形の身体は空中に、まるで縫い止められたかのように停止。黒血が噴き出す。

 すぐさま傷口を凍結しようとするも、血は流れ、地面に滴り続ける。

 理解不能な事態を目の前にし、私の頭は混乱するも――……学生時代、水色屋根のカフェで、二人きりで紅茶を飲みながら、アレンに優しく諭されたことを思い出す。

 当時の私は、どちらかと言うと、魔力量に物を言わせた接近戦を得意としていた。


『シェリルはさ。それだけ凄い光魔法を使えるんだから、もっと探知を学んだ方が良いよ。そうすれば――訳の分からない事態が起きたとしても、魔法でそれを理解出来ると思う。少なくとも、理解の助けにはなるよ』


 ……そうね、アレン。その通りだわ。

 私は魔杖を大きく振るい、大聖堂全体に張り巡らせている光魔法の残滓を活性化。

 視えないモノを『魔法で視る』。


「!? こ、これって……」

「シェリル様ぁ?」


 私が絶句していると、リリーは困惑の視線を向けてきた。

 アレンと魔力を繋いでいないこともあり、さしものリンスター公爵家第三席ですら、視えないらしい。……当然だ。

 王立学校卒業以来、毎日毎日――私は欠かさず、彼の、アレンの組んでくれた光属性探知魔法を訓練してきた。

 だからこそ……辛うじて、『魔法で視えた』。


 ――【堕神】の胴体と四肢を貫く巨大な不可視の刃を。


 アンナが両手を合わせ、穏やかな微笑。


「私、リンスター公爵家のメイド長として、少々荒事も嗜んでおります★ 如何な、不死に近き【堕神】と謂えども、御自身の技でないのなら」


 不可視の刃が振るわれ――異形は切り刻まれ、地上へ落下した。途中で氷枝が伸び、再生していく。

 まさか、この技って。


「……普段は『絃』と見せかけて、完全不可視の刃を、死角に混ぜているの? こ、こんな攻撃、見極めることなんか……」

「ん~そうでもございませんよぉ~?」

「「!」」


 後方から、アンナののほほんとした声。

 慌てて振り返ると、そこには黒猫姿の使い魔さんを左肩に乗せた栗茶髪のメイド長がいた。……転移魔法? でも、魔力は一切感じなかった。リリーに目配せするも、微かに首を振る。この子も知らない、か。

 アンナは私とリリーの疑問に答えるつもりはないようで、わざとらしく演技。


「王都の御屋敷で一度手合わせした際、アレン様には初見で見抜かれ、虐められてしまいました……よよよ。私はこんなにもか弱い一メイドですのに……」

「か、か弱い……ねぇ、リリー」

「シェリル様ぁ、気にしたら負けですぅ~。メイド長とアレンさんですしぃ? あと、他にもたくさん隠し持っていると思いますぅ~」


 年上メイドは大きく肩を竦めた。まぁ……そうね。王国屈指の武闘派であるリンスターのメイド長だものね。

 『七天』が鋭く注意を喚起する。先程、バラバラにされた異形が氷枝を張り巡らし、集まって行く。


「来るぞっ! アンナ殿――で、あっているな? 見事な技だったっ! 聞きしに勝るなっ!! 他に何かないのか?」


 前方の異形は地に伏し、形を変容。

 これって……氷の狼?

 私とリリーが魔法を紡ぐ中、栗茶髪のメイド長は左肩の使い魔様を撫でた。


「ございますが――ここは一先ず! アンコ様に御力をお借りしましょう。相手が【扉】を超えて来るならば、力を振るわれても、問題はない筈ですので★」

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