第9話 時間稼ぎ

 アレン、リディヤ、ティナ・ハワードがそれぞれの魔杖と魔剣を重ね、大規模魔法を構築し始めた。

 魔力の膨大さは当然としても――その精緻さ! 

 王立学校で彼と出会っていなかったら、実物を見ても信じられなかっただろう。

 目の前で見せつけられたキスの衝撃から、何とか回復した私は思わず顔を緩め、小さく呟く。


「……流石、私の王子様。ずっと、ずっと、歩み続けていたのね? 困った人。追いかける身にもなってほしいわ……」

「男の子の背中を追いかけるの、慣れると楽しいですよぉ? でも~☆ 何時かは、追い抜いて前から抱きしめちゃいますけど♪ シェリル王女殿下もそう思っているんじゃないんですかぁ~? ……キ、キスはまだ恥ずかしいですけど」


 私の独白を並走しながら聞いていた、リリー・リンスターが頬を薄っすら染めながら聞いてきた。……これだから、リンスターはっ!

 前方の戦場に駆けながら、アレンに手渡された魔杖に光刃を形成。

 そして、無数の氷枝を薙ぎ払い、【堕ちた神】だという異形を刻み続けている、『七天』とアンナの間に割り込む。


「せいっ!」


 再生しようとしていた右腕を一撃で叩き斬り、返す光刃で胴を薙ぐ。

 並の魔獣なら過剰な程な攻撃だ。

 ――でも。


「とぉぉ!」


 リディヤとよく似た長い紅髪を靡かせ、リリーは即座に再生した右腕を大剣で再度切り裂き、至近距離で『火焔鳥』を発動。

 業火に包まれた異形の間合いに、『七天』とゾイ・ゾルンホーヘェンが踏む込む。


「面妖な相手だっ!」「とっても嫌な感じがしますっ!」


 双剣と大剣が煌めき、四肢と頭が分断。

 そこにアンナの原理不明な攻撃が殺到し、字義通り切り刻まれる。


「百年前――大陸最北の地にて、当時の前『勇者』様や、偶々居合わせたエルネスティンの御嬢様、そして、とてもとても頼りになる方と共に殺した相手よりも上位のようでございますね~。少々厄介かと。シフォン様☆」

「わふっ!」


 神狼が応じ、口から光線を放った。

 そして、ますます数を増している漆黒の氷枝ごと異形を吹き飛ばす。

 間髪入れず、私とリリーは指示。


「ゾイ御嬢様、アレン様がお呼びです~」「退いてっ! シフォン!」

「え? あ、ち、ちょっとっ!?」「♪」


 先程のアレンの声を聞いていたのだろう、シフォンはゾイを甘噛みし、即座に後退していく。

 アレンの後輩の肩に乗っていた黒猫姿の使い魔は、アンナの肩へ。警戒の鳴き声。

 直後、業火と瓦礫を吹き飛ばされる。

 咄嗟に防御しようとするも、その前に『線』が駆け巡り、全て刻まれる。

 それを為したアンナは、アンコさんを撫でながら珍しく厳しい顔。

 

「……困りました。単なる【堕神】であれば、のですが。【扉】と繋がったとなりますと……『七天』様は何か知っておいででしょうか?」

「……残念ながら知らぬよ、ユースティンの元『死神』殿。ロートリンゲンの家には古書こそ遺されているが、口伝は殆ど喪われた。貴殿の方が、遥かに詳しいだろう」

「なるほど……独立戦争が悔やまれます。当時であれば、多少は対抗策があったと思うのですが。あと、その呼び方は可愛くないので、好きではありません。今の私は、栄えあるリンスター公爵家メイド長でございます♪」

「えっと……アンナ、参考までに【堕神】の倒し方って~ひゃんっ」


 リリーがおずおずと質問を口にした瞬間、小柄なメイド長の姿が掻き消えた。

 気付いた時には年上メイドの後方へ回り込んでいて、軽くお尻を叩き、人差し指を立てる。その間、地面に散らばった異形の破片が蠢き、氷枝を伸ばし繋がり、再生していく。

 

「リリー? 貴女はリンスター公爵家のメイドなのですよ? ――私を呼び捨てにするのであれば、此方にも考えがございます。リリー御嬢様★」

「う~……メイド長は意地悪ですぅ」


 唇を尖らし、年上メイドは左手を握り締めた。

 炎花が顕現し、私達を守るように布陣していく。

 私達が各々の武器を構える中、アンナが淡々と教えてくれる。


「私が以前、殺した【堕神】も再生能力に優れておりました。末席とはいえ、腐っても【神】でございましたし? ですが――これ程ではありませんでした。故に」

「散れっ!!!!!


 『七天』の指示と共に、私達は四方へ跳んだ。

 直後――急速再生を果たした異形が、両手を振るい、無数の氷刃を放ってきた。当初よりも禍々しい黒が明らかに濃い。

 リリーの炎花が一部を喰い止め、私自身も魔杖や、魔力を纏わせ拳と脚で粉砕しながら、反撃の機を窺う。

 重さを感じさせない機動で、辛うじて残っている壁や大柱を駆け、天井に足をつけたアンナの説明が降って来る。


「七日七晩、刻み続け、この世界より抹消致しました。【扉】の顕現も限られておりましたので。……然しながら」

「アンナっ!!!!!」


 炎花を次々と展開している、リリーが叫んだ。

 見ると、漆黒の氷枝が捻じれ、異形は自らの右手に巨大な黒氷槍を形成。


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 全身から魔力を放出しながら、天井のアンナを仕留めるべき放り投げた。リリーの炎花が吹き散らされていく。

 私と『七天』の対応は――遠いっ! 間に合わないっ!!

 凄まじい轟音と衝撃波。

 咄嗟に後方へ退避しながら、私とリリーは目を見開く。


「そ、そんな!?」「アンナ!? う、嘘……」

「はい★ 嘘でございます♪」

「「!?」」


 のほほんとした声と猫の鳴き声

 瞬間、異形の両腕と頭が空中を舞い、黒い結界に閉じ込められ圧縮。

 空間が歪み、消失する。


「リンスターの公女っ! ウェインライトの王女っ!」

「「っ!」」


 残された異形本体に『七天』の斬撃と、リリーの『火焔鳥』、私の大光弾が叩きこまれ、壁や地面を張っていた氷枝ごと吹き飛ばす。

 大氷槍を躱して見せた、リンスターのメイド長がアンコさんを撫でながら、言葉を続ける。


「――この【堕神】は【扉】を閉じぬ限り、殺せぬでしょう。よもや、恒久的なモノが存在しようとは……人の執念とは時に、世界の律すらも……。私達に出来ることは、アレン様と御嬢様方の魔法が完成するまでの時間稼ぎでございます。シェリル王女殿下、アーサー・ロートリンゲン様、リリー、暫しの覚悟を!」 

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