第12話 王都動乱➂

 リチャードと共に、王宮内の広い廊下を進む。

 その間に情報交換。


「では、近衛も奇襲を?」

「ああ。君の一報がなければ危なかった。助かったよ」

「いえ。他の部隊は?」

「無事なのは近衛の残余と、王宮警護の部隊だけさ。他、主要部隊はほぼ押さえられている。オルグレン公爵家は……本気だ」

「なるほど。リンスターとハワード家の御屋敷は第一波を粉砕したようです。連絡はしておいたので、今頃は撤収を開始している筈。急ぎ、陛下と王族の皆様方には、両家と合流していただかないと。相手は万単位。しかも、精強無比なオルグレン公爵軍です。王宮に籠っていても、増援が来るまではもちません」

「分かってる……だが」


「おお! 近衛副団長! 探しておったのだ」

「賊は、賊は殲滅出来たのか? 我が屋敷も踏み荒らされているだろう……近衛には、可及的速やかに王都の治安回復をお願いしたい!」

「そうだ! 陛下もそれをお望みである!!」


 突然、三人の男性が会話に割り込んできた。

 質のいい貴族服姿。何れも腹が出ていて、とてもじゃないけれど、戦闘可能とは思えない。それでいて、今や王宮を守る最後の盾とも言える、リチャードへのこの態度。おそらく、上級貴族。何かしらの理由があって王宮に来ていて、攻撃を免れたのだろう。

 リチャードは苦虫を噛み潰した表情で、諭す。


「……敵の偵察部隊の攻勢は凌ぎました。ですが、このままでは。陛下へ戦況説明を行う必要がありますので、失礼。アレン」

「アレン?」

「その名、何処かで……」

「―—思い出したぞ! 『剣姫』殿の腰巾着をしている男ではないか! しかも、平民のっ!! そのような下賤な者が、どうして栄えある王宮にいるのだ!」

「そうか、この危急の時、王家へ顔を売ろうと参上したのだな!  卑しい奴めっ!! 去れっ!!! 王宮は、貴様のような身分の者が立ち入ってよい場所ではないっ」

「多少、名が知れた、と言っても、それは『剣姫』殿の功績! 王立学校で偶々出会った結果、得られたものっ!! 謂わば、盗人の所業ではないかっ!!」


 あー……うん。分かってる。

 今回の叛乱、王家が進める実力主義への反発から生じたもの。

 だけど――目の前で、僕を罵っているこの御三方のように、消極的な反対派は無数にいる。兵を挙げる程の胆力はない。かと言って、反乱軍からですら、扱い難いと思われた結果、誘われもしない。そういう方々。

 思わず苦笑しそうになるのを押しとどめ、今にも剣を抜き放ちそうになっている、近衛の副団長へ声をかける。


「―—リチャード・リンスター様、これを。外で待ちます」

「アレン!?」

「お急ぎください。二波目は、先程のように甘くはありません。では」

「アレン!!」


 叫ぶリチャードを無視し、今来た道を戻る。

 ……何だか無性に腐れ縁が恋しいや。


※※※

 

 僕の呼びかけを無視し、廊下を戻っていく友の姿を見て、歯を食い縛る。何と言うことを。渡されたメモの内容を確認。

 半瞬、目を閉じ――微笑を浮かべ、愚者三人へ通告する。


「もう、よろしいですか? 急ぎますので――事は一刻を争います。陛下と王族の方々には、退避をしていただかなければなりません」

「退避だと!?」「あ、ありえんっ!」「近衛は王宮を捨てる、と言うのか!!」

「王宮よりも、陛下と王族の御命を優先いたします。我等は、その為ならば、最後の一兵まで戦う所存。無論」


 笑みを深める。

 三人がたじろぎ、少しばかり後退。


「閣下達もその御覚悟がおありでしょう? 武具は余っております。末代まで語られる勇戦をする機会かと! はは、なんとも、心が躍りますなっ!! ……これは独り言なのですがね」


 三人の顔が引き攣り「いや」「わ、我等は」「つ、剣を使うなど」と、もごもご呟いているが無視して、予告。


「―—……が、僕の命の恩人を、友を、将来の義弟を、王国崩壊をすんでのところで救ってみせた英雄を侮蔑したことを、リチャード・リンスターは決して、決して忘れない。当然、我が妹『剣姫』リディヤ・リンスターも、リンスター家もだ――では、陛下へ報告をしますので、失礼」


「ひっ」「まままま待って」「ち、違う、わ、私はそんなつもりでは」


 腰が抜けたのか、三人は廊下に倒れ込んだ。自分達の幸運を感謝してほしい。妹がこの場にいたら、胴から首が既に離れて、消し炭になっていた。

 ……いや、妹以外でも、死より辛い目に合っていただろうな。アレンの周囲には過激な子が多い。

 思い出し、笑いながら廊下を進む。

 陛下は反対されるだろうが、是が非でも退避してもらわなくては。

 歩きつつ、メモを再度確認。


「……本来なら、これは君が奏上すべきものだよ、アレン。君の言葉なら陛下だって、聞いてくださるのに……」


 決めた。もう、決めた。僕は決めたぞ。

 この馬鹿馬鹿しい乱痴気騒ぎを全部片づけたら、必ず、あの年下の友人を偉く――この国を救った英雄にする。

 きっと、本人が嫌がるだろうけど、四の五のは言わせない。

 リディヤや母上と父上、それにハワード公爵、教授と学校長――彼を偉くしたくて、しょうがない人達を焚き付けて、必ず偉くしてみせる。

 魔王戦争以前の、古い貴族の呼称を探せば、それらしいものは幾らでも転がっているだろう。

 ……くくく。アレン。僕は、これでも義理堅いんだよ? 

 廊下が途切れ、玉座の間へ。


「リチャード! 戦況はどうか!」


 響き渡る野太い声。甲冑を身に付けられている陛下が近付いて来られる。

 その両隣には、眼鏡をかけた気弱そうな青年と、長杖を持ち、魔法士姿の美少女の姿。周囲には動揺している多数の貴族達と、怯えている警護の兵達。

 ……アレンの予想通り、か。『頼りになるのは、近衛と、両公爵家のメイドさん達だけですよ。西は王都に大した人員を置いていませんしね』。

 片膝をつき、奏上する。



「陛下―—そして、王子殿下、王女殿下、一刻も早い退避を。最早、王宮守備は不可能です。時間は近衛と我が友『剣姫の頭脳』が稼ぎますゆえ」

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