第13話 王都動乱④

 リチャードと別れた僕は、近衛騎士団が守りを固めている、広場前まで戻って来た。

 流石は王国の最精鋭。この短時間で、応急の野戦陣地が構築されている。

 次々と指示を出している、頬に傷跡がある古参の近衛騎士の一人が僕に気付き、声をかけてきた。


「アレン様? もう、お戻りに? 副団長は一緒では??」

「僕に様付けは不要です、ベルトラン様。僕は平民ですからね。許可なく王宮に入ってはいけないことを忘れていました」


 苦笑しつつ、手を軽く振り返答する。

 土魔法で形成された石壁の奥には、公爵家の軍が集結中。偵察させている小鳥の情報だと続々、後続の部隊も行軍中のようだ。兵力は軽く千を超すだろう。

 ……次は防ぎきれないかもしれないな。リチャードが何とか陛下を説得してほしんだけど。ん? ベルトラン様が目を丸くし、驚かれている。


「ベルトラン様、如何されましたか?」

「…………何故、私の名を?」

「? 一度、お話させていただきましたから」

「いや、確かにそれはそうですが……。先程の話、王宮の貴族達が貴方を追い出したのですか?」

「僕が陛下に直言するのを、面白く思わない方々はたくさんいます。リディヤ・リンスター公女殿下は、あれでとても御綺麗な方なので」

「馬鹿なっ! この有事に何を考えてっ!!!! 貴方様を排せば、それは叛徒共を利するだけで」

「ベルトラン様、声が」


 激高しかけた歴戦の騎士をたしなめる。歳は父さんと同じくらいかな? 本気で憤ってくれている。いい人だなぁ。

 微笑みかけ続けようとした、その時だった――僕の足に、純白の大型犬が突進してきた。身体をくっ付け、甘えてくる


「! おっと。シフォン? 何でここにいるんだい? 駄目だよ、今は御主人様の傍にいなきゃ」

「当然。私と一緒に来たのよ」

「!」


 懐かしい声がした。……困ったなぁ。リディヤと違った意味で行動派だから、こういうことする御方だったっけ。

 狙撃される可能性を考慮して、陣地の石壁を強化。彼女の存在に気付いた近衛騎士達の間に緊張が走っていく。

 シフォンの頭を撫でつつ振り返る。そこにいたのは、長杖を持った純白の魔法衣を纏った美少女。一応、フードは被っている。変装のつもりなのだろう。

 が、長く美しい金髪は光り輝き、リディヤに負けない長身。瞳には深い知性。何より、高貴さがまったく隠せていない。

 溜め息を吐き、注意する。


「―—シェリル・ウェインライト王女殿下。此処は既に戦場。どうか、王宮内部へお戻りください。貴女様だとバレれば、叛徒達はすぐさま前進してきます。さ、お早く」

「…………」


 沈黙。僕を、じーっと、見てくる。

 シフォンも御主人様にならって、僕を咎めるように見てくる。

 ……はぁ、この子達は。

 額に手をやり


「……、危ないから下がっておくれ。頼むから」

「ふふ、久しぶりね、アレン。王立学校卒業以来だから、三年ぶりになるのかしら? リディヤには会ってるけど貴方ってば、あの子に掛かり切りで、折角、帰国したのに、会いに来てくれないのだもの。こんな時だけど、また会えて嬉しいわ。うん、そうね。邪魔だし下がるわ。貴方と一緒に」

「いやそれは。陛下ならリチャードが」 

「御父様は、前線で指揮を執って蹴散らすと息巻いてるわ。止めれるのは、貴方くらいだと思う」

「…………」


 リチャード、説得しきれなかったのか。

 ……いや、おかしい。陛下は文武両道の方だけれど、状況判断が出来ない方じゃ決してない。


「……シェリル」

「アレン、貴方の数少ない欠点は自分の価値を過小評価していることね。ほんと、学生時代から変わってないんだからっ。私と一緒なら、誰にも文句は言わせないし、言ってる状況でもないでしょう? 堂々と戦況を説明して! それによ? 貴方と近衛騎士団を犠牲にして、私達が生き残るだなんて……うちの家訓に『友人を犠牲にしてでも生き残れ』なんてものはない!」 


 気高き断言。この子も変わらないなぁ。

 ―—シェリル・ウェインライト王女殿下は、僕とリディヤの王立学校同期生だ。つまり、飛び級を二回した才媛中の才媛。

 兄である二人の王子と違い、母親はとある下級貴族の一人娘。

 その出自と、圧倒的な才覚を危険視した王子派の懸念により、王立大学校へは進まず、侯国連合の首都である水都へ留学。

 リディヤは手紙のやり取りをしていたようだったけれども。人間、早々、変わらないか。

 控えている、ベルトラン様を見やる。


「……申し訳ない、権力を行使することに躊躇しない同級生が怖いので、行ってきます。―—攻撃が始まるまで多少の猶予はあると思いますが、第一線陣地で受け止めなければならない、とは思わないでください。皆さんが健在ならば、血路は開けます」 

「はっ! お任せを、アレン様」

「様付けは」

「いえ。それは私の台詞です」


 穏やかな笑み。むぅ。

 後方では同級生が笑っている。

 面白くないので、シフォンを促す。


「よーし、シフォン。僕と一緒に行こうか」

「アレン、それ、リディヤに効いても、私には効かないわよ? あ、手でも繋ぐ

?」

「…………僕を虐めて楽しいかい?」

「楽しいわよ! 後で、リディヤを思う存分からかえるじゃない♪ あの子、貴方のこととなると、余裕なくなるんだもの」


 本当に厄介な同期生だ。

 けれど


「シェリル」

「なーに?」

「こんな時だけど、僕も会えて嬉しいよ」

「っ! ……ア、アレンは相変わらず見境なしなのね。リディヤが手紙で愚痴を何枚も書いてくるわけだわ」

「?」

「な、何でもないわ。さ、行きましょう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る