第14話 王都動乱➄

 シェリルと共に、再び廊下を進む。僕等を先導するシフォンのふさふさの尻尾が揺れている。

 

「……アレンは、ほんと薄情よ。今まで会いにも来てくれないなんて! リディヤには甘々なのに」

「……立場を考えよう。君は王女殿下。僕は一般平民」

「……じー」

「な、何さ?」


 隣を歩く、王女様が僕を睨んでくる。いたく、不満気。

 主の異変を察知したのか、シフォンも振り返り、僕へ尻尾をぶつけてくる。


「私、知ってるのよ?」

「?」

「貴方、ハワードとリンスターの子達相手に家庭教師をしてるんですってね? 御実家にまで連れていったって」

「……まぁ、成り行きで」

「ふ~ん。成り行きねぇ」

「凄い子達だよ。当時のリディヤや君に匹敵するくらいにね」

「貴方がつきっきりで見てるんしょ? なら、凄くなるに決まってる。リディヤも私も、貴方と出会わなければ、こうはなってないもの」


 肩を竦め、軽く手を振る。

 昔からだけど、この御姫様は僕を買い被り過ぎていると思う。

 二人共、僕がいなくとも間違いなく表舞台に立っていただろう。


「……真面目な話をしていいかな?」

「私はずっと真面目よ。ええ、真面目ですよーだ。友人である私は、貴方の実家に行ったことがないのに、後から出て来た子達が、先に行ったことなんか、何にも気にして」

「――君のお兄さんのことなんだ。その」

「アレン」


 静かな声色。

 シェリルが立ち止まり、僕をじっと見つめる。


「謝るべきは、私の――いえ、ウェインライト王家の方よ。貴方は馬鹿なことをしでかしたあの男を止め、またしても王国の危機を救った。ただ、それだけのことでしょう? ……知っているでしょう? 私とジェラルド、それとジョン兄上は、お世辞にも仲が良い兄妹関係じゃないのよ。ジョン兄上とはほとんど話したことがない、というのが正確なところだけど」

「……血が半分とはいえ、繋がっているのにかい?」

「血が繋がっているから、こそ、よ。私にとって、家族と呼べるのは母さんと、御父様。それにシフォンだけ。母さんが私を遺して死んじゃって、王宮に引き取られた後、何度逃げ出そう、と思ったか分からないわ。でもね」


 近付いて来たシフォンの頭を撫でつつ、シェリルが優しい視線で僕を見つめる。学生時代を思い出す、少し人をからかうような口調。美しい微笑。

 そこに見え隠れする、寂しさと甘え。


「私は、貴方とリディヤに出会えた。何があっても――それこそ、西方の魔王軍が東征を再開、世界が滅びる日が来たって、信じることが出来る貴方達に。考えてみれば、これって凄いことよ?」

「…………」

「私は血が繋がっているだけの兄達よりも、貴方を、貴方とリディヤを、私の親友達を信じるわ。貴方が嫌だ、と言ってもね」

「……うん。ありがとう」


 大きな扉が見えてきた。ここまで声が聞こえてくる。

 さて、と――左手に温かい感触。


「シェリル?」

「こうしていれば、馬鹿な人達も文句を言い辛いでしょ? 大丈夫。アレンは、御父様へ状況と考えを説明して。リディヤがいない以上、貴方を守るのは私の役割なんだからっ!」

「わふっ!」

「シフォンもね♪」

「……君とリディヤには負けるよ。行こうか」

「ええ」


※※※


「王宮撤退など、断固として不可だ! 叛徒共とて、無理攻めはすまい」

「王宮には多数の防御結界も存在する。こちらが寡兵とはいえ持久は可能。数日待てば、各公爵家からは無論のこと、各地の騎士団も、王都へ集結しよう!」

「……それが不可能、と言って――嗚呼、アレン」


 王座の間では、リチャードが孤軍奮闘中。僕を見ると、力なく笑った。

 撤退策に反対していた貴族達が怪訝そうに僕へ視線を向け、口を開きかけ、隣のシェリルに気付き、動揺。

 王女殿下は冷たい微笑を浮かべている。この子も案外と怖いのだ。

 野太い声が響き渡った。


「待っていたぞ、アレン」 

「はっ!」


 片膝をつき、頭を垂れる。

 シフォンもちょこんとお座り。いい子だね。


「よい。面を上げよ。状況とお前の見立てが知りたいのだ」

「へ、陛下、このような者に直言を許すは! この男はジェラルド様を」

「火急の時である。ジェラルドのことは、我が息子の落ち度。アレンに何の瑕疵やあらん! 問うが、この場に『剣姫の頭脳』程、実戦を経験してきた者がいようか? いまい? ――アレン」

「申し上げます」


 僕を止めようとした太った貴族が歯軋りをしながら、引き下がる。

 顔を上げ、陛下の目をはっきりと見る。


「最早、一刻の猶予もございません。陛下と両殿下には退避をしていただきたく」

「……儂は、打って出るつもりだったのだが」

「陛下の武勇、疑いようもございません。しかし、数千、下手すれば万を超える兵には抗し得ぬかと。現状、王国に勇士数多あまたいれど、単騎で戦局を決定的に変えうるのは、『剣姫』乃至はリンスター公爵夫人、『近衛騎士団団長』の他はおりません。そして、皆、この場には。次ぐ、教授と王立学校長も不在。否! 意図的に狙われたのです。オルグレン公爵家がこのような叛乱を起こした以上、他の三大公爵家を止める手を打っています。帝国・侯国連合とも、何らかしらの話がついてるものと認識すべきかと」


 王座の間がざわつく。

 北方のハワード家が相対する帝国。

 南方のリンスター家が相対する侯国連合。

 どちらも、かつての魔王戦争時においては盟友だった大国。

 ……が、危機も去れば、関係も冷え込む。

 大戦争こそないものの、小競り合いは日常茶飯事。両国からすれば、力を削る絶好機に見えたのだろう。

 ……まぁ、自殺行為なんだけど。

 どっちみち、オルグレン公爵家からすれば時間は稼げる。その間に


「恐れながら……叛徒共が狙っているのは、陛下と両殿下の御命なのです。その後は、傀儡の王を据えるものと思われます。近衛騎士団精強といえども、守りながら時間稼ぎは困難。撤退を! ――微力ながら、私も近衛と共に、殿を務めさせていただきます」

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