第15話 王都動乱⑥

「殿だと!? アレン、お前は儂に、近衛とお前を……いや、分かった。王宮を捨て、撤退しよう」

「陛下!」「そ、それはなりませぬっ!!」「王家の名に傷が!」

「ありがとうございます」

「――が!」


 貴族達の叫び声を無視し、陛下が鋭い視線を僕へ向けて来た。

 手を固く握りしめられ、指が食い込んでいる。


「……よいか。死ぬことは禁ずる。断じて禁ずる。必ずや、叛乱鎮圧後、また会おうぞ!」

「…………鋭意、努力を。リチャード」 

「ああ。陛下、両殿下、お急ぎください。今ならば、脱出も可能でしょう。先導は我が近衛から抽出せし一個分隊、直衛は王宮魔法士の方々と、両殿下の直属護衛隊。王宮に残るは、アレンの言った通り我が近衛騎士団が。……それで、よろしいですな? ゲルハルド・ガードナー王宮魔法士筆頭殿」

「異存はない。王宮魔法士の誇りにかけ、陛下と両殿下は守る」

「てっきり、貴方が糸を引いているのか、と思ってましたよ」

「私は、王国と王家へ忠誠を誓っている。こんな馬鹿げたことはせん」

「……なるほど。では、よろしくお願いします」


 長杖を持ち、冷たい目をした老魔導士が重々しく首肯。

 両殿下の直属護衛隊――エルフ族やドワーフ族といった、長命種を中心としている――の隊長達も『心得た!』と了解の意。

 次に、リチャードは、リンスター家特有の笑みを浮かべ、青褪めて、震えている貴族達を見回した。


「さて、皆様――この戦、陛下と両殿下が、リンスター、ハワード家の王都駐在部隊と合流出来れば、我等の勝利となります。それまで、我等はこの王宮を死守せねばなりません。はは。何とも、喜ばしい! 武勲の稼ぎ時ですなっ!!」

「こ、近衛の副長」「わ、我等は剣など」「ま、魔法も久しく使っておらぬし……」「そ、そうだ。我等はここで死んでは、国政に影響が」「陛下達と御同道することこそが」

「おやぁ? 変ですなぁ。貴族でない、アレンが殿を務める、と言っているのに、王家と王国へ比類ない忠誠を御誓いの貴方方が、命を懸けられぬと?」

『…………』


 う~ん……リチャードも、リンスターの血をひいているんだよな。楽しそうで何よりだけど、そろそろ止めないと。

 王宮に残っての遅滞防御戦。

 しかも、相手は精兵を持ってなるオルグレン公爵家。兵力差は比較するまでもなく絶望的。足手まといを抱えながらは戦えやしない。

 それに、貴族達の中には……左袖を引っ張られた。

 視線を向けると、僕の数少ない友人は瞳に涙をいっぱいに溜めている。


「……アレン」

「シェリル、大丈夫だよ。これでも、悪戦、死戦は慣れっこなんだ。何でなのかは秘密だけどね」

「そういう問題じゃないでしょうっ!」

「……ごめん。今度、いっぱい怒られるよ」

「……『今度』ね? 嘘ついたら、リディヤにあることないこと、全部話すからね?」

「それは怖い。さ、もう行って。ノア様」


 僕の袖を掴んで離そうとしない、王女殿下の女性護衛官を呼ぶ。

 すっ、と傍に寄って来たエルフの騎士はシェリルの両肩に手を置いた。

 ――僕へ視線。目配せ。

 そういうことです。よろしくお願いします。

 シェリルが思いつめた表情で叫ぶ。

 

「アレン、やっぱり、私も!」

「駄目だよ。それは駄目だ。ノア様、では」

「お任せを、アレン様」

「様付けは」

「いいえ。命を賭す勇士に敬称を付けぬのは、私の故郷においては最大の非礼に当たるのです。――御武運を」

「ありがとうございます。僕の泣き虫で、大切な友人をどうかよろしく」

「はっ!」

「ア、アレン……」

「シェリル」


 大粒の涙を零している友人の頭に手を置き、もう片方の手でお座りをしている白犬を撫で、微笑む。魔法の小鳥を生み出し、王女様の肩へ。


「その子が君を導いてくれる。王都を出るまでは絶対に油断しないようにね」

「…………うん」

「よし、それじゃね。シフォン、シェリルを守っておくれ。陛下! これにて失礼いたします。リチャード!」

「ああ! では、皆様、御機嫌よう! 戦後が楽しみですなっ!!!」


 撤退の準備取り掛かり騒然としてきた場に負けぬよう、声を張り上げる。

 陛下の鋭い視線が僕を貫いた。

 リチャードと共に敬礼。踵を返す。

 ……さて、少なくとも、までは粘らない、と。


※※※


「副長! アレン様!」


 前線陣地に戻ると、すぐさまベルトラン様が飛んできた。

 リチャードがすぐさま指示を出す。


「ベルトラン、妻子持ちかつ、若い連中から一個分隊を抽出してくれ。陛下達と一緒に退かせる」

「はっ! そう言われると思いまして、既に選抜しています。が」

「ごねてるのかい?」

「はい」

「まったくっ! アレン」

「ここは見ておきます」

「頼むよ」


 リチャードが赤髪を掻きつつ、怒鳴り声をあげている、近衛騎士達へ近付いていく。ベルトラン様が、僕へ話しかけてきた。


「……アレン様は、撤退なされないのですか?」 

「誰かが残らないといけませんしね」

「貴方様が残る必要は!」

「『友人に見捨てられても、自分から友人を見捨てるな』。僕は、そう父から教わりました。それにですね――悲しいことに僕は友人が少ないんです。そんな数少ない友人達をこんな馬鹿げた事で喪えやしません」

「…………貴方様は!」


 絶句する壮年の騎士。

 頬を掻きつつ、メモ紙を渡す。野戦陣地構築の候補場所だ。


「……リチャードには内緒にしておいてくださいね。恥ずかしいので。ベルトラン様、今回の戦い、最後の最後まで粘り抜く必要があります。この位置に予備陣地構築準備をお願いします」

「はっ!」


 熟練の動きで、ベルトラン様が駆けだしていく。

 ――叛乱軍の軍旗がはためいている。

 その数はますます増え、集結中。

 『死ぬな』か。

 くすくす、笑ってしまう。周囲にいる、近衛騎士達からは唖然とした視線。でも、止められない。

 陛下、やっぱりそれは無理がありますよ。

 僕は、リディヤでも、リサさんでも、オーウェンでもありませんし。無論、死にたくないですけど。

 ただ――杖を真横に振り、前方にはためく無数の軍旗を『風神波』で薙ぎ倒す。


『!?』


 敵軍に動揺が広がっていく。

 ――友人を逃す為に死力を尽くすことは、吝かじゃありません。

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