第16話 王都動乱➆
僕へ向け、無数の石壁と大盾の合間から叛乱軍の剣や槍が突き出される。切っ先には当然の如く、攻撃魔法。
たかだが、一介の家庭教師相手に御大層なことで。
肩を竦め、微笑みながら杖の先端を向けると、大盾や鎧がぶつかり合う金属音。どうやら、警戒しているらしい。ま、少しは躊躇ってくれるなら良し。時間は僕等の味方なのだから。
何故か周囲の近衛騎士達からも、畏怖の視線。虚仮脅しですよ?
――放っている小鳥からの情報を確認していると、リチャードが疲れた表情で戻ってきた。後ろに、口を真一文字に結んだ一人の若い近衛騎士が続いている。僕より少し上。二十歳になるかならないか、だろう。
えーっと、確かこの人は。
「アレン、いきなり脅すのも妹仕込みかい? そんな所まで似なくていいと思うよ?」
「まさか。あいつだったらもう全部燃やして、僕へ『紅茶!』と言ってる頃です」
「くっくっ、確かに。……すまないが、うちの若いのが君と話をしたいそうなんだ。ああ、こいつは」
「ライアン様ですね。リンスター家に列なる、ボル男爵家の」
「! 私の名をどうして……」
「この前の事件では、伝令を務められていましたから」
「…………」
「それで、僕へ話したいことがある、とは?」
「は、はっ! アレン様にお願いしたい議がございますっ! どうか、我等も殿にお加えいただきたく!!」
「リチャード?」
「聞かないんだよ。君を説得出来たらいいよ、とね。ベルトランは?」
「予備陣地を」
「了解。それじゃ、任すよ」
そう言うとリチャードは、近くの騎士達へ「君達、うちの妹の相方が気になるからって、手を止めないように。これから楽しいパーティだ。出来る限り、僕に楽をさせてほしい。アレンみたいにね」。どっと、笑い声が巻き起こる。まったく。
その光景を信じられない面持ちで見ている、若い騎士へ尋ねる。
「ライアン様」
「ライアン、と」
「では、お言葉に甘えて。――ライアン、怖いですか?」
「! い、いえっ! この、栄えある近衛の白き鎧を身に付けた時から、覚悟は出来ておりますっ! 騎士である以上、王国と王家の為、この身を捧げることはこの上ない名誉」
「はい、失格です」
「!? そ、それはどういう」
「見てください」
そっと、左手を前に出す。
――細かく震えている。
「アレン、様?」
「みんな怖いんですよ。リチャードも、ベルトラン様も、僕も。この戦場は紛れもなく死地。殿を引き受ければ――……まず、死ぬでしょう。ここに『剣姫』はいませんしね。早々、奇跡は起きません」
「っ! な、ならばっ」
「残念ですが、こればかりは先約順。そして、席は満員です――どうか、死を前にし恐怖を感じつつも、それを笑い飛ばし、生き延びる意志を持つ騎士におなりください」
「っぐっ!」
「大丈夫です。殿でなくとも、困難であることに違いはありません。……これは秘密なんですが、シェリル・ウェインライト王女殿下は僕の数少ない友人なんです。彼女はあれで弱虫なので。守ってあげてください」
「……………了解、いたしました。ライアン・ボル、この命を懸けまして」
「命を懸けるのは厳禁です。生きてください。生きて、生きて、生き抜いて――何時か」
前方より魔力反応が増大。どうやら、始まるらしい。
近衛騎士達が駆け出し、次々と配置へついて行く。
歯を食い縛り、激情に耐えている若い騎士を促す。
「さ、行ってください。ああ、そうだ。もし……『剣姫』に、リディヤ・リンスターに会う機会あったら、伝えてくれますか?」
「はっ!」
伝言を口にする。
騎士は目を見開き、大粒の涙をぽろぽろ零し、それを拭いつつ駆けだして行った。その後に、若い騎士達が続いて行く。
リチャードが近付いてきた。
「流石はアレン。どうだい? この戦が終わったら僕の代わりに近衛の副長とかやってみないかい?」
「御冗談を。オーウェンの世話は貴方の役回りですよ。僕はリディヤと、ティナ達を育てるので精一杯です」
「そうかな? 悠々とこなしそうなんだけど。……アレン、最期まで付き合う必要はない。適当な所で脱出を。君なら可能な筈だ」
「お断りします」
「アレン」
「リチャード」
困り顔の友人へ微笑みかける。
叛乱軍の隊列が整い、前進を開始。
「僕はかつての魔王戦争において『アレン』を名乗り、最前線崩壊の危機を、命を捨てて救ってみせた狼族の英雄じゃありません。けど――父であるナタン、母であるエリンは名もなく、血も繋がっていない僕にこの名を与え、今日まで愛し、生かしてくれたんです。ならば」
長杖の石突で地面を突く。
前進を開始した重鎧騎士の足元が泥濘へと変化。同時に凍結。上空に不可視の『風神矢』を発動。鎧の隙間を狙い撃つ。
怒号と悲鳴。それでも――前進は止まらない。
「そんな僕が友を見捨て、一人逃げ出し、あまつさえ、この名を汚すことは出来ませんよ――僕の名はアレン。誰よりも慈悲深き狼族のナタンとエリンの息子です。お見知りおきを、リチャード・リンスター次期公爵殿下?」
片目を瞑り、軽く会釈し意思表示。
絶句していた赤髪の近衛副長は、やがて苦笑し、言葉を絞り出した。
「…………君は、大馬鹿者なんだね、アレン。ふふ、ふふふ……リディヤが懐くわけだよ。それじゃ、ちょっと――煉獄まで付き合ってもらおうか」
「ん~煉獄だとリディヤが追って来そうですね」
「はは、違いない――近衛騎士団!!!!!」
『我等、護国の剣なり! 護国の盾なり!! 我等、弱き者を助ける騎士たらんっ!!!』
近衛騎士達が一斉に胸甲を叩き、騎士剣を抜き放ち、槍を構え、弓を振り絞る。
――うん、悪くない。微笑が深まる。
「では――行くとしよう。リンスター公爵家長子の力を見せようじゃないか」
「いきなりの『火焔鳥』ですね。よろしくどうぞ」
「アレンは意地悪だね! どうせ、僕は使えないよっ!」
騎士剣を抜き放ち、笑いながらリチャードが駆けだす。
その後に続き――僕もまた叛乱軍の隊列へ向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます