第17話 王都動乱⑧

 剣の一撃を杖で受け、突き出された槍を身体を捻り躱しつつ、蹴りを相手の騎士へ叩き込む。


「がっ!」


 髭面の顔が苦痛に歪む。顔を足場にし、跳躍。王宮の広々とした廊下へ着地。

 直後、無数の攻撃魔法が殺到。

 万全の状態なら、魔法式に介入して消すところ。

 ……でも、既に魔力の底は見えている。全部を消していられない。

 最低限度だけを消しつつ、負傷し動くこともままならない、近衛騎士達に接近。鎧に手をかけ後方の陣地へ風魔法で吹き飛ばす


「覚悟!」「恨みはないが死んでもらうっ!」

「っ!」


 前進してきた見るからに腕利きの男女の騎士二人が槍を繰り出してくる。薄紫色の鎧を身に纏っている。

 杖で数合斬り結ぶ。繰り出した、杖の連撃は大盾に弾かれ無効。

 ――強い。正統派の前衛槍騎士! 

 斜め後方から、なけなしの魔力を使い、最速で『雷神槍』を降り注がせつつ、真横に『炎神波』を高速発動。 

 騎士達は、大盾と結界宝珠で魔法を受け止めつつ、後退。

 場にそぐわない静かな声。白髪白髭の老騎士が、髭をしごきながら淡々と僕を論評する。


「栄えあるオルグレンの騎士と魔法士達よ、動揺することなかれ。彼の者、類稀な勇士にして知恵者。『剣姫の頭脳』との異名も頷ける。なれど、その魔法非力なり。しっかと防御をすれば、恐れるに足らず」

 

 敵ながら御見事な分析で。

 一対一ならいざ知らず、これだけ多数、しかも統制された軍相手じゃ、混乱から回復されてしまえば、すぐに殺されてしまう。

 ……数も増えて、質も上がっているようだし。

 跳躍し、ベルトラン様達が構築したへ後退。

 敵指揮官が冷静な声で指揮を飛ばす。


「数だ。徹底的に数で押せぃ」

『諾!!!!』


 老騎士――おそらく、オルグレン公爵家にその人あり、と謳われた老ハークレイ。三代に渡って公爵家に仕え、輝かしい武勲を挙げて来た御方だ。それだけで、本が出来る。

 つまり、前方で槍衾と攻撃魔法の嵐を形成しているのは――オルグレン公爵家が最精鋭『紫備え』。

 後方をちらり、と見る。

 無傷な近衛騎士は皆無。次々と治癒魔法が光っているものの、連戦に次ぐ連戦で、治癒担当の騎士達の魔力も枯渇しつつあることもあって、回復は鈍い。

 

 ――王宮侵攻が始まって以降、僕等は控えめに言っても、善戦した。


 敵の攻勢を王宮入口で粉砕すること、実に四波。

 当初は、戦意と質も高くない、動員されただけの騎士と傭兵達だったのを、遂にはオルグレン公爵家直属の騎士団を引きずり出させたのだ。

 以後、遮二無二、波状攻撃をかけてくる叛乱軍相手に、僕とリチャードが前線に出てはかき回し、近衛騎士達は遠距離攻撃でとにかく負傷者を増やす戦術を徹底。遅滞防御しつつ、王宮の廊下に構築された第三陣地まで退いたものの……そこから、流れが変わった。

 前線部隊が入れ替わり、薄紫色の鎧を纏った槍騎士達が老ハークレイと思しき、騎士に率いられ攻勢を開始。

 その結果――ふっ、と息を吐き、床に座り、数名から付きっ切りで治癒魔法をかけられている血塗れのリチャードへ声をかける。傷が深すぎて、戦場用治癒魔法で完治は厳しそうだ。


「リチャード、動けますか?」

「……勿論さ。少し、休ませて、もらったからね。さて、もう一暴れしようか。まったく、老ハークレイ卿も困った方だ。八十を超えて、あの強さは反則、だと、思うね」

「まったくです。――リチャード」

「ん? 何だい? ……アレン、今更、退け、はなしだよ。そうだろう、皆!」

「当然です!」「これからでしょうっ!」「俺、この戦が終わったら、あの子に」「おい、馬鹿止めろ」「口を塞げ!」


 傷だらけの騎士達が歓声を挙げる。

 この人達は……うん、確かに近衛騎士団は王国最強かもしれない。

 赤髪を自分の血で更に赤くしている年上の友人は、よろよろ、と立ち上がり、片目を瞑った。


「ほら、ね?」 

「ええ。そのようです」

「よし、じゃあ行こう――ハークレイ卿! お待たせした!! リンスターの剣技と炎、あの程度と思われては困ります!!!」


 重傷とは思えない快活な声。戦意に呼応し、小さな炎羽が舞っている。

 僕はリチャードに気付かれぬよう、ベルトラン様へ目配せ。

 老騎士が静かな声を発した。


「……リンスター公子殿下。貴殿と近衛、そしてそこの若き勇士は、勇戦した。信じ難い程の勇戦を。ここで剣を置くは、名誉を傷つけるものではない。投降されたい。貴殿等の身の安全は、我が名において確約する」

「それは出来かねます」

「勝負は既についている。脱出された方々がリンスター、ハワードに合流することはないのだ」

「でしょうね。裏切り者から情報が洩れ――……がっ! ア、アレン……?」


 話を続けていた、リチャードの首筋を雷魔法を纏わせた長杖で打つ。

 震えながら振り返り、手を伸ばしてきて僕の首筋を掴む。その瞳には初めて見る憤怒の色――倒れた。

 年上の友人を抱き留め、呟く。「ごめんなさい。けど、許してほしい、とは言いません」。

 治癒担当の近衛騎士へリチャードを委ねると同時に、彼の剣を鞘から抜き放つ。


「ベルトラン様!」 

「はっ! 第一、二分隊、で戦える者は後退するぞ!! 他の者は副長と共に脱出せよっ!!」

「そんなっ!」「ベルトラン様っ!」「まだまだ、戦えますっ!!」

「黙れ、若造共っ!! これは、年を喰った俺達の特権だ。アレン様!」


 仕込んでおいた『炎神波』『闇神鎖』『土神棘』を四方より多重発動。

 一気に、敵戦列をかき乱し、一時的に通行を遮断。

 近衛騎士達が王宮奥へ退いていく。

 ――老騎士と視線が交錯。鋭い問い。


「何故か!」

「我が名の名誉と、我が友の命の為! ああ、それと」


 即答し、ニヤリ、と笑う。

 右手にリチャードの刃毀れている片手剣。 

 左手にリディヤに選んでもらった古い長杖。


「貴方様なら知っておいででしょう? ――『近衛は降伏せず』です」 

「……見事なり。出来れば、貴殿とは――いや、最早、何も言うまい。むうんっ!!!!」


 老騎士が裂帛の気合と共に放った、槍の一撃は僕の魔法を打ち砕いた。

 戦列が割れ、凄まじい殺気を放ちながら前進してくる。


「オルグレン公爵が臣、ハーグ・ハークレイである」

「『剣姫の頭脳』アレンです」 

「いざ」「尋常に」

「「勝負っ!!!」」

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