第18話 王都動乱➈
老騎士が一瞬で間合いを詰め、凄まじい速度で槍を繰り出してくる。僕の技量で受け続けるのは危険だ。
片手剣でいなし――瞬間、最大級の危機感。槍に魔法式が隠蔽されている!
即座に魔法式を分解し、なけなしの魔力を振り絞り全魔法中最速の『光神弾』を発動包囲、斉射。
が――
「卿を援護せよっ!!!」
「っ!」
先程、交戦した女騎士が叫び、それに呼応した騎士達は次々と防御魔法を展開、発動。『光神弾』を消失させる。
……腐れ縁みたいに、一撃で事態を打開出来ない身が悲しいね。
苦笑しつつ距離を取る。
ベルトラン様達が多少なりとも回復出来る時間を稼ぎださないと。それに、シェリルへ渡した小鳥はまだ帰ってきていない。
槍を繰り出した老騎士は、ゆっくりとした動作で構えを解いた。そして、後方を振り向き、問うた。
「……クローディア、何故、手を出した?」
「はっ?」
「これは、私とアレン殿との闘いである。それに手を出すとは……ハークレイの姓を持つ者として恥を知れっ!!!!!!!!!」
『!!』
凄まじいまでの怒号。騎士達の槍が揺れる。
――戦列後方より拍手の音。
「いやいや、流石は老ハークレイ卿。騎士たる者、こうでなくてはいけません。しかし、その者は所詮、狗に育てられた下賤の者。騎士ですらなく『剣姫』の武勲のお零れを得ていただけの者。騎士の流儀を通す必要もありますまい」
「……グレッグ公子殿下。何故、ここに」
老騎士の視線の先にいたのは、薄紫色の髪をした貴公子――オルグレン公爵家が次男、グレッグ・オルグレンだった。
頬は青白く、戦場だというのに鎧すらつけておらず、丸腰。辛うじて手には指揮棒を持っている。年齢は確か、三十手前だったかな?
気持ち悪い笑みを浮かべつつ、目はまったく笑っていない。
「決まっているでしょう? 不甲斐ない『紫備え』を督戦しに、ですよ。王都の制圧はほぼ済みました。後は『玉』と此処のみ。さぁ、とっとと」
天井部分に仕込んでおいた『氷神槍』と地面部分の『水神波』を同時発動。
ついでに、『闇神鎖』を演説中の青年を中心にばらまき、最後は『炎神弾』で廊下を支えている柱を派手に破壊。天井部分が落下してくる。情けない公子の悲鳴。
老騎士と視線が合う。僅かに頷かれた。また、すぐに。
騎士達からの追撃魔法を躱しつつ、ベルトラン様達の後を追う。身体が軋み、頭は激痛。そろそろ魔力も切れる。次で最後だろう。
……まぁ、尽きても小鳥が来るまでは粘らないといけないのだけど。
※※※
近衛の残存部隊は王宮内の最奥、王族の方々と一部の人間しか入れない奥庭に野戦陣地を構築していた。ここから先はもう退く場所がない。植物達には悪いけど、仕方ないか。
人数は二十名足らず。負傷してない人は皆無。純白の鎧は血で赤く染まっている。ま、僕も似たようなものだ。
こんな姿をリディヤやカレン、ティナ達に見せたりしたら、延々とお説教されるだろうなぁ。
くすくす、と笑いつつ声をかける。
「皆さん、お待たせしました」
『はっ!』
「ああ、畏まらないでください。僕が勝手にお節介を焼いているだけです。……出来れば、皆さんには退避を」
「アレン様、そいつは聞けませんなぁ」「うむ!」「ここで退いたりしたら、団長に殺されちまう」「あと『剣姫』様にもなっ!」「違いない」「俺には見える、見えるぞ……副長が悔しがる顔がありありと!」「でも、あの人には可愛い許嫁の嬢ちゃんがいるからな。死なせられないだろ?」「まーなぁ。散々、世話にもなったし」「嬢ちゃんの自慢をするのは、死ねばいいと思うがな」
口々に歴戦の近衛騎士達が笑い、悪口を言い合う。
――オーウェン、リチャード、御見事です。
間違いなく、貴方方は『王国最弱』だった近衛を『王国最強』を名乗れる騎士団へと変えましたよ。
ベルトラン様が僕へ強い視線を向けた。
「アレン様こそ、どうかお退きください。貴方様はこんな場所で死ぬべき御方ではない」
「……『剣姫』の名を汚さずに済みましたかね?」
「少なくとも――私個人としましては、近衛退役後、貴方様に剣を御預けしても構わない、と思っております」
「それは、過分な評価ですね」
周囲にいる血塗れの騎士達を見渡す。皆、ベルトラン様と同じ目。
微笑み、告げる。
「――皆さんと戦えて、本当に光栄でした。僕はここまで戦い抜けたことを、心から誇りに思います。その上で、お願いします。もう少しだけ、もう少しだけ、力を貸してください」
「敬礼!」
壮年の騎士が号令をかけると、一斉に僕へ向けて敬礼。なんとまぁ。
――リディヤ、僕はどうやら、騎士の方が向いていたみたいだよ?
騎士や貴族でもないのに、近衛騎士から敬礼を捧げられるなんて、中々ないと思わないかい? ま、どっちみち君には敵わないだろうけどさ。敬礼を返す。
轟音。
遮蔽物代わりにしていた、椅子や机が破壊され、騎士達が内庭へ侵入してきた。咲き誇る花が飛び散る。
――肩に二羽の小鳥が降り立った。
フェリシアとシェリルを先導させていた子達だ。
どうやら、最低限の任は達成出来たらしい。思わず、笑みが零れる。
先程、大喝された女騎士が、震える声で叫んだ。
「な、何故だ! どうしてそこまで戦えるっ! な、何故、この状況で笑えるっ!? お、お前は何者なんだっ!!?」
「あれ? 名乗りましたよね?」
身体が軽い。
これで最後なのだし、試したいことを全部試してみることにしよう。
本当はそれを、ティナ達に教えたいんだけど……高望みというやつだろう。相手は少なく見積もっても、千に届く騎士。しかも、オルグレン家最精鋭『紫備え』。
背筋を伸ばし、陣地を出て片手剣と長杖を構える。
切っ先は、後方より悠然と現れた老騎士へ。
「僕の名はアレン。狼族の英雄『流星』の名を父と母からもらい、『剣姫』リディヤ・リンスターの相方にして、ティナ・ハワード、ステラ・ハワード、エリー・ウォーカー、リィネ・リンスターの家庭教師です。貴族ではないので、姓はありません。名も無き僕へ名をつけ愛してくれた両親、そして誰よりも気高く、強く、美しい『剣姫』の名誉と、数少ない友の為、暫しお付き合い願いましょう。ああ、大丈夫ですよ。これで本当に――最後ですから」
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