第46話 族長宅へ

「うわぁぁぁ。先生! これって、これって、魔法なんですか?」

「そうですよ。もう王都にも使い手はいないと思いますけど、狼族の中には、今や希少になってしまった植物魔法を使える人がまだ残っているんです。そうじゃないと、生きている木を数百年も住居になんて出来ませんからね」


 僕の右手を握っているティナが族長宅を見て感嘆の声をあげる。

 大魔法の直撃にも耐えたという伝説を持つ『森の都』中心にある大樹の中にあるそれは何度見ても凄いと思う。

 ほぼ、建物三階分の高さにある、大樹を囲むように設けられた螺旋階段を上った先にある玄関も、何処の城門? と思える程に巨大だ。多分、王国内の木造建物(これを建物と呼んでいいのかは疑問だけれど)でも最大級なんじゃないかな。


「アレン様でも再現は出来ないのですか?」

「そうですね……花を咲かせるか、芽を出さす位でしょうか」

「今度、是非見たいです!」

「今度と言わず、後でお見せしますよ」


 左手を握っているステラ様へ笑みを返す。

 それ位なら喜んで。右手を引っ張られる。


「先生! 行きましょう! 皆さん、待たれています!!」

「ティナ、引っ張らないでください。大丈夫ですよ。今日一日は外出中、ティナとステラ様の手を握っていますから」

「……本当ですか」

「本当です。けれど、ティナが嫌なら、エリーかリィネと代わってもらっても良いですよ?」

「先生は意地悪です。鬼畜です。私にだけ厳しいです。是正してください」

「そんな事はないですよ。ティナが可愛いからついつい、からかいたくなってしまうだけです」

「もうっ!」


 唇を尖らせながらも、何処か嬉しそうにティナが僕の手を引いてくる。

 ステラ様へ目配せ。

 上を見ると、族長宅の玄関前に設けられている空中広場には、他の四名とトネリの姿が見えた。手を振って合図をする。

 エリーとリィネが少し拗ねているみたいだ。こればかりは運だしね。明日以降は交代するみたいだから我慢してほしい。僕の手は二つしかないのだし。

 リディヤとカレンは余裕の表情。今朝、散々、僕の腕を抱きしめたからなぁ。

 でも、出かける前に突如として母さんが始めた『第一回! 外出する時、アレンの手を握れる人は誰だ! くじ引き大会!!』に、嬉々として参加してたのはいったい……。

 木のいい匂いを吸い込みながら、階段をゆっくりと上がっていくと、視界が開けてきて、『森の都』が一望出来た。

 教会以上に高い建物がなく、また景観にも気を配っているから、相変わらずとても綺麗だ。屋根の色がカラフルなのも、見てて楽しい。

 二人と一緒に上がっていくと、みんなの姿が見えた。お待たせ!

 トネリ、何だい? その顔は?


「いや、俺、今までお前のことをいけ好かない奴だと思ってたけどよ」

「ひ、酷いなぁ」

「だけど……お前、凄いわ……男として素直に尊敬する。普通は一人だって耐えられねぇよ……」

「うん?」


 何を言ってるんだろう?

 小首を傾げて考えるけれど……思い当たるものがない。

 きょとんとしていると、エリーの声。


「アレン先生! お待ちしてました! えっと、その……戻ったら、私も手を繋いでいただいても――」

「エリー! 今日は、私の番です!」

「兄様、私も繋いでほしいです」

「こ、この泥棒猫っ! やっぱり、決着を……ああ、そう言えばもうついていましね。学校の成績、誰が一番だったのか、当然知っていますよね? リィネ・リンスター様?」

「……妄想癖があって独占欲強い女に言われたくありません。それに、私は、わ・ざ・と、二番になったんです。兄様と同じ二番に。そんな事も分からないなんて……これだから。理想のデートコースやら、理想の状況を延々と書いたノート、何冊目になったんですか? ティナ・ハワード様?」

「なっ!? あ、あれは、あ、あ、貴女だって、いっぱい書いてるじゃないですかー! しかも、貴女の場合なんて、せ、先生とそ、添い寝」

「そ、それを今ここでばらすんですかっ!? ……覚悟は出来ていますね?」

「お、お二人共、喧嘩は駄目です。あ、でも、アレン先生とデートなら、私は何時でも、何処でも――」

「「エリー!!」」

「……ティナ、リィネ、エリー、仲良しなのは良い事です。けれど……一応、ここ、東都の大通りの上なので、そんな大声だと、下を通っている人達に聞こえてしまいますよ?」

「「「!」」」


 見る見る内に、三人が真っ赤になっていく。う~ん、不謹慎だけど面白い。

 リィネとエリーは僕の後ろに回り込んでそれぞれ背中に顔を埋めている。

 やれやれ、しょうがないなぁ。それはそうと、ノートとはいったい?

 ティナを見ると、視線を逸らされた。

 ……今度改めて聞くからね。


「リディヤ、今、何時かな?」

「えっと……お昼にはまだあるわね」

「ありがとう。大丈夫。手早く済ませよう。母さんの美味しいお昼が待ってるだろうしね」


 リディヤが懐中時計で時間を確認してくれた。

 僕は両手が塞がっていて取り出せないから助かる――さて、カレン、何だい?

 

 『私にも、御揃いの何かを贈ってください』

 

 ……僕が贈った物だってよく分かったね。

 うん、今度の誕生日に何か贈るよ。だから、今は許しておくれ。あと、この事は、他の子達には内緒だよ?

 左手を引っ張られ、同時に優しい声が聞こえた。 


「アレン様、そろそろ参りましょう」

「そうですね。行きましょうか」

「……お姉様と先生は、最近、仲良し……と言うより、分かり合ってる雰囲気を作っている気がします。これは後で対策を考えないと……」


 右側から不穏な独り言が聞こえてきたような。

 で、また何だい、トネリ。その悟ったような顔は?


「いや……やっぱり、お前、凄いわ……凄すぎるわ……」


 人は慣れる生き物みたいだよ?

 君だって僕と同じ立場になれば……まぁ大丈夫ではないかもしれないけどさ。 

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