第45話 招き

「ちょっと、まだ終わらないの? お義母様が呼んで……朝っぱらから何をやってるわけ? カレン、はしたないわよ? 離れなさい」

「嫌です。兄さん、もっとしてください」

「……へぇ」


 カレンを甘やかしていたら、リディアが入り口から顔を出した。

 そして、僕等を見て表情を強張らせ、冷たい笑みを浮かべる。

 うん、いきなり『火焔鳥』は止めようよ。ほら、トネリ達が怖がってるし。

 誰かって? ほら、うちに来た時、叩きのめし過ぎて大泣きさせた子がいたじゃないか? 覚えて――ああ、そうだよね、君にとっては日常茶飯事だものね。でも、狼族の子供を虐めたのは事実だよ。……嘘じゃありません。僕は君に嘘は言わないよ。九割程は。

 視線で会話を交わしていると、トネリ達が悲鳴をあげた。


「なっ!? ア、ア、アレンっ! お、お、お前、まだ、こんな悪魔と一緒なのかよっ!!?」

「悪鬼よっ! 去れ!! アレンは連れて行っていいからっ!!!」

「そうだっ! いっそ、とっとと、結婚でもなんでもしちまってくれっ! そうすれば……ひっ」


 こらこら、カレン、威嚇をしない。

 ただでさえ丸くなってる、彼等の尻尾がもっと縮んでしまっているよ?

 リディヤも、そろそろ――どうしたんだい? 


「結婚……いいわね。うん、そうよ。私も17歳なんだし。籍を入れても変じゃない筈! 子供は、女の子と男の子が取りあえず二人ずつかしら? ま、まぁ、望むならもっと……」

「ちっ。朝から妄想を垂れ流さないでください! ご近所迷惑です。兄さんは貴女と結婚なんかしませんっ! ……そうですよね?」

「僕とリディヤじゃ、釣り合わないからね」

「……やっぱり、今から水都へ拉致するわ……」

「させませんっ! 行くなら、貴女お一人でどうぞ。それと、気持ち悪い猫被りはもうお仕舞なんですか? 昨晩は、兄さんと楽しまれたみたいですけど……そういうの、姑息だと思います」

「どうしても私と二人きりで飲みたいな、と言ったから、仕方なく付き合ってあげたのよ。あと、別に猫なんか被っていないわ。あれが普通なの。何時もは貴女達に合わせているだけ」

「……トネリ達の意見に全面賛成します。兄さんからも何か言ってくださいっ!」


 カレンが目を紅く染めながら僕を見てくる。やれやれ。

 軽く頭を撫でつつ、リディヤに視線をやる。煽り過ぎだよ?

 

『……だって』

『君は四大公爵の一、リンスター家の長女。僕は孤児。人前でこういう話は駄目です』

『……バカ。後で酷いんだからね』


 うちの可愛い妹といい、我が儘お嬢様といい、少しは退く事を覚えてほしい。

 朝からこうだと、夜までもたないよ。

 溜め息を少しつきながら、トネリへ尋ねる。


「それで、他の要件はなんだい?」

「!? ど、どうして、その事を? い、いや……別に、俺は、お前に何も用事なんてねぇっ!!」

「そうかい? なら、そろそろお帰り。リディヤとカレンはこれから魔法の練習をしたいらしくてね。ああ、君達も一緒に――」

「「「トネリには他の用事がありますっ!!!」」」 

「て、てめえらっ! 俺を売るのかよっ!!?」


 まぁそうなるよね。

 地獄への確定片道切符を欲しがるのは、余程の物好きか、命知らずか、彼女達から言われたら断れないお人好しか――カレン、どうして、そんなに僕の腕と自分の腕を絡ましているんだい? 

 リディヤも。何時の間に僕の左手を捕獲したのさ?

 あと二人とも、ちょっと、その、押し付け過ぎだと思います。


「兄さんは妹に欲情するんですか? 変態さんですね」

「カレン、それは違うわ。欲情しているのは私に対してよ。この前を思い出したのよね? ね?」

「はっ! あり得ません」

「あり得るわ。むしろ、その可能性しかないわね」

「兄さん」「ねぇ」

「「どっちなの!」」


 両隣から強い視線。

 期待と不安が入り混じっている。そんなの答えは一つしかないよ


「……両腕が痛いので、二人とも離してほしいです」

「「ダーメっ!」」


 ええ……そんなぁ。こういう時は本当に仲良しだよね。

 取りあえず言えるのは、今回の休暇、僕にとって序盤から過酷な気がするよ。


「ぐぎぎ……羨ましいぃぃ……」

「嫉妬で人は……自分を殺せる……俺はもう……死ぬかも……」

「い、息が! さ、酸素が薄いような気がするっ!! 新手の魔法、かっ……」

「神よ……どうぞ、この男にとっとと天罰を……貴方もそう思うでしょ!? ほら、『炎麟』位でいいですから……!」


 眼前ではトネリ達が再度、地面に突っ伏して泣いている。

 ……変わってあげてもいいけど、多分、心まで粉々に折られてしまうよ?

 あと、喪われた大魔法をこれ位の事で叩きつけようとしないでほしい。確かに、『森の都』は、史上最後に大魔法の使用が確認されている土地だけど……あまり、言葉にしない方がいいと思う。

 僕がそんな事を考えていると、カレンが僕の肩に頭を乗せながら、口を開いた。今日は徹底しているね。


「それで、兄さんへ用事があったのではないのですか?」

「……ある。アレンよぉ」

「うん、なんだい?」

「親父が、てめえに用事があるんだとよ」

「族長が? 内容は」

「知らねぇ。急ぎだと言っていた」

「ふむ」


 トネリの父親は、狼族の現部族長を務めている。何度か話した事はあるけれど、とても良い人だった。

 どうしようかな……今日はティナ達と一緒にのんびりしたいんだけど。


「いいわ。今から行きましょう」

「リディヤ?」

「そうですね」

「カレン?」


 どうやら、二人の中ではもう決定事項らしい。多分、良からぬ考えでも持っているのだろう。

 なら僕が何を言っても無駄。本日、何度目かの溜め息を吐く。



「……他に四人程、一緒だけど構わないかな?」

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