第44話 挑戦

 翌朝、みんなで朝食を食べ終え、今日はどうしようか? と穏やかに話していたところ、店の入り口から声がした。


「おい! いるんだろっ!! 出て来いっ!!!」


 うん? この声は確か……カレンを見る。

 僕の視線に気付くと、不機嫌そうな表情。同時に、ジッと見て来た。


『……何とかしてください。してくれないなら昨日、リディヤさんを御姫様抱っこして運んだのをみんなに』


 席を立つ。

 やれやれ、うちの妹は兄使いが荒いね。


「アレン先生?」

「兄様?」

「先生?」

「大丈夫ですよ。ちょっとした知人です。リディヤも――」

「お義母様、洗い物、お手伝いしますね。私、これでも水魔法も得意なんです」

「あら、リディヤちゃん、ありがとう。アレン、お客様はお願いね」


 ……そこまで猫を被る必要あるのかい? 母さんにはばれてると思うよ?

 僕等の様子を見つつ、微笑みながら朝食を食べていた、父さんへ話しかける。


「父さん、僕は客人の相手をしないといけないみたいだから、この子達に工房を見学させてあげてほしいんだけど」

「ああ、分かったよ。お嬢さん方、面白くはないかもしれないけれど、少しお付き合いしてくれるかな?」

「「「「はいっ! 喜んで」」」」


 これで、ティナ達は大丈夫かな。

 ステラ様、この子達をよろしくお願いしますね。

 さて、と……食後の運動、をしようか。


※※※


「はんっ! やっぱり、いやがったかっ!! おい、カレンは何処だ?」

「……君も懲りないね。毎度毎回、振られ続けているのに。ある意味で、尊敬するよ」

「あいつはまだ、俺様の魅力に気付いてないだけだからなっ!」

「う~ん……それは、どうだろう?」


 店の前に立っていたのは、狼族の少年だった。

 巨躯だが、顔には幼さが残っている。確か、カレンと同い年だった筈。

 少年の後ろにも、十数人の見知った顔がいる。君達も懲りないねぇ……。


「一応聞くけれど、目的はうちの妹かな?」

「当たり前だろうがっ! 俺も15になったからな。そろそろ、嫁を貰ってもいい」

「……その台詞、もう何回も聞いてるけどね。前は婚約者だったけど」

「今日こそは……今日こそは、お前に勝つ! 勝って、カレンを!!」


 突然だけれど、うちの妹は可愛い。それはもう可愛い。

 けれど、そう思うのは僕だけでなくカレンの幼馴染達もそう思っている訳で。

 狼族は、人族に比べて婚姻するのが比較的早い事もあり、13歳になってから帰郷する度、こうやって延々と求婚されている。

 最初こそ、カレンも丁寧に断っていたのだけれど……途中から、鬱陶しくなったのだろう。14歳になった頃、宣言したのだ。


『貴方達の気持ちは分かりました。ですが、私は兄より弱い男と結婚するつもりはありません。私と付き合いたいのなら――うちの兄を倒してみせてくださいっ!』


 以来、僕は延々と少年達(時には大人も混じる。念入りに潰すけど)の挑戦を受けている。

 この前は帰らなかったから、どうしたんだろう? カレンが蹴散らしたのかな?


「……そう言えば、お前、この間は帰って来なかったな」

「色々あってね」

「はんっ! 俺様は知ってるんだぜ? お前……王宮魔法士になれなかったらしいなっ! 情けねぇ。これだから人族は。とっとと、ここから出て行けばいいのによぉ」

「はは、お恥ずかしい」

「そんな男、俺様の敵じゃねぇっ!! 俺様は、毎日鍛錬をして強く――」


「トネリ」


 後ろから冷気、いや殺気すら持った声。あ、マズいな。

 目の前の、少年達の顔は引き攣っている。うん……怖いよね。

 後ろを振り返る――隣へきて僕と腕を組んできた。肩に重み。

 そこまでしなくてもいいんじゃないかい?


「……私の兄さんを馬鹿にする。それは私を馬鹿にしてるのと同じですが?」

「カ、カレン、ま、待ってくれっ。い、い、今のは違」

「何が違うと? 貴方も、長老の息子ならば――軽はずみな言葉がどういう意味を持つか、理解している筈です。今の、出て行け云々は誰が言ったのです?」

「そ、それは……俺だが……。だ、だけど、言葉の弾みで言っただけで……」

「私はそんな事を言う人とは絶対にお付き合いなんかしませんっ! まして、結婚なんて死んでもあり得ませんっ!!」

「うぐっ……」


 トネリが倒れこむ。後ろの少年達も胸を抑えている。

 恋焦がれてる子に言われたらキツイよね……。

 ところでカレン、そこまで腕を抱きしめなくてもいいんだよ?

 ほら、離れておくれ。


「……嫌です。兄さんは、昨日、リディヤさんを甘やかしました。なら、その十倍――いえ、百倍は妹である私を甘やかすべきです。それが、世の摂理にして、人が辿り着いた真理の一つなのですから」

「何時も甘やかしてると思うけどなぁ」

「……全然足りません。枯渇してます。緊急措置が必要です」

「そっか」

「そうです」

「それじゃ仕方ないね」


 優しく頭を撫でる。目を細めるカレン。

 普段は、人前でやられるのは恥ずかしがるんだけどな。

 ……余程、寂しがらせてたみたいだ。ごめんよ。

 ん? どうしたんだい、君達。


「ぐぐぐ……さ、流石はアレン……俺様の……宿敵だ……完敗だぜ……あと、言い過ぎた。すまん……」

「今日はこのへんで勘弁……ぐすん……して、やる……」

「…………(無言で涙を拭っている)」

「神よ! どうして……どうして、このような苦行を私にお与えになるのでか……? これは幾ら何でも……過酷過ぎます……」


 何故か戦意喪失してるみたいだけど、はて?

 カレン、そろそろ止めても「駄目です」はいはい。可愛い妹様の仰せのままに。

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