第28話【鍵】

「……ウェインライトの祖が言った『あの人達』とはいったい? それに【黒扉】を開けるとはどういう意味なんですか?」


 僕は魔杖と魔剣を握り締めながら立ち上がり、男性へ問うた。自然と口調は強張っているのが分かる。

 すると、すぐに少女達の手が重なられた。


「アレン」「先生! 私達がいますっ!!」

「……リディヤ、ティナ」


 二人の体温を感じ、心が落ち着いていく。

 僕等の座っていた椅子が掻き消え、テーブルも崩れ去っていく。

 天上には無数の星々? が瞬いている。

 ロス・ハワードが穏やかな笑みを零した。


「私の師と妹弟子について、君達の時代に伝わっていないのならば……それは幸福な、とてもとても幸福なことです。つまり、あの二人が忘れされる程の間、世界は滅亡に瀕することなく平穏を甘受した、という意味なのですから。人の歴史は長く、全てを知ることなぞ出来やしません。忘れ去られることもまた、歴史の一部なんですよ。結局のところ、時代を変えるのはその時代に生きている人々の意志と行動だと僕は思います。英雄譚は謳われなくなれば廃れる。きっと、そういうものですから――……【黒扉】の件を説明するには余りにも時間が足りません。一先ず、僕が消えたら閉めて下さい。君ならば……かつての『神殺し』達の幻影を退け、神亡き時代の神たる大精霊と【銀鶴ぎんかく】すらも従えている君ならば、必ず出来ます。この扉は『生きています』が、最早その力は儚い。閉じれば死ぬでしょう。……もし、詳しく知りたいのならば」


 そこまで話し、男性は瞑目。

 左手を握り締め、虚空から巻物を取り出すと僕へ投げて寄越した。

 ――どうやら古い設備の地図のようだ。しかも、『氷鶴』ではなく【銀鶴】だって?

 受け取り、訝し気に質問する。


「? これは……??」

「ウェインライトの家が残っているのならば、『クロム』『ガードナー』も残っていますね? エルフ、ドワーフ、巨人、半妖精といった長命種の一族や【魔女】達と約定を交わした『記録官』たる彼等ならば、全ての資料を保存している筈です」

「! 『クロム』と『ガードナー』が、ですか……」


 王国に残存する貴族守旧派の首魁たる、侯爵家だ。

 古い家柄なのは知っていたけれど、特異な任が?

 リディヤが紅髪を払い、ロスを睨んだ。


「回りくどいわね………。消える前に教えなさいよっ! 結局、この扉は何なのよっ! 私のアレンに何をさせるつもりなわけっ!」

「……申し訳ない、炎の御嬢さん。その問いに対する答えを僕は持っていないんですよ。知っている人は……う~ん、いたのかなぁ」


 ロスは困った表情になり腕を組んだ。

 さらさら、と足下から光の粒子になっていく。


「言えることは、その『扉』は遥か――……それこそ、人が人じゃなかった時代から、それこそ『魔法』がなかった時代から存在していた代物だ、ってことです。余りにも、人智を超えている。だからこそ、その力を生前の僕は欲したんですが……過ぎた力でした。後悔はしていませんが、馬鹿でしたね。師に合わせる顔がありません。生きている扉は殆ど残っていないでしょうが……」


 身体の半分が消えた古の魔法士は僕と視線を合わせた。

 そして、目を細め眼鏡を外す。


「生前の僕達が待ち望んだ【黒扉の鍵】――狼族のアレン、どうか、扉を開けるのではなく『閉じて』下さい。それが為せた時、達もまた解放されるでしょう」

「七大精霊? 八大じゃ――っ!」


 眩い光がロスを包み込み、雪風と花嵐が吹き荒れ――青年姿のロスに抱き着く、長い蒼髪の女性と長い白髪の女性が一瞬見え、消えさった。

 周囲を見渡すと、どうやら、聖堂内に戻って来たようだ。微かにみんなの魔力も感じ取れる。

 目の前に佇んでいるのは微かに開いている【黒扉】。


「アレン」「先生」

「……大丈夫。大丈夫」


 リディヤとティナが僕の両腕に抱き着き、不安そうに見つめてきたので片目を瞑り、頷く。

 ――左肩に重みを感じ眺めると、黒猫姿の使い魔様が僕を励ますように鳴いた。アンコさんには頼りっ放しだな。


「リディヤ、ティナ、これを」

「ええ」「は、はい」

 

 魔剣『灰桜』をリディヤへ。魔杖【銀華】をティナに手渡し、僕は歩を進める。

 【黒扉】の隙間からは、冷たく、重く、何より圧倒的な魔力を帯びた雪風が流れこんできている。


 ロスはこの扉を僕に『閉めろ』と言った。


 なら、ララノアを舞台にして、ここまでの事件を引き起こした聖霊教の自称『聖女』と、散々掻き回してくれた恐るべき『賢者』は何を目的にしていたんだ?


 共和国そのものか? 

 吸血鬼にしたイゾルデ・タリトーか?

 それとも『龍』の死骸か?


 ……どうもしっくりとこない。納得がいかない。

 敵に回れば、教皇領やシンパである東方諸国家を直接叩けるララノアを傷めつけておく――が、余りにも乱暴だ。

 ゆっくりと確実に歩を進めながら、更に思考する。

 ――大精霊を宿すリディヤとティナか?

 いや、それならば『賢者』や使徒達の攻撃はより徹底したものになっていただろう。確かに大規模攻撃は受けたし、危機感を覚えはしたものの此方には『七天』であるアーサーもいたのだ。

 じゃあ、目標はいったい誰――……アンコさんが咎めるように鳴かれ、右手薬指の指輪も瞬く。

 僕は頼りになる使い魔様の頭を撫で、謝罪する。


「すいません。考え込むのは僕の悪い癖ですね。今は扉を閉めることに集中します。……何処かの天才魔法士様は、責めるなら出て来て手伝ってほしいですね。貴女なら僕よりも余程上手くやるのでしょうし」


 そう文句を言いながら、僕は黒扉のノブに手をかけた。

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