正門前にて

「……こんなもんかな?」


 リンスター公爵家の自室。僕は姿見に映る自分を確認し、呟いた。

 王立学校の制服にはまだ慣れないや。

 かけてある、制帽を被り母さん手製の鞄を肩にかける。

 ――ノックの音。そして、侵入者。


「ちょっと! まだなのっ!!」

「……せめて、答えさせてほしい。もう、着替え終わったよ」


 入って来たのは、短い紅髪の少女――リディヤ・リンスター公女殿下。

 何故か、制帽も被らず、ブレザーも羽織っていない。

 そして、その後方には栗色髪のメイド長さんのアンナさんとメイドさん達。みんな、満面の笑み。

 僕はリディヤへ質問する。


「制帽とブレザーは? 一応、規則だし無しで行くわけにはいかないと思うけど?」

「! そ、そんなこと、わ、分かってる、わよ……」

「?」


 何故か、しどろもどろになり、頬を赤らめる公女殿下。はて?

 僕が小首を掲げていると、アンナさんが、すすす、と前進。

 手には制帽とブレザーを持たれている。

 

「さ、リディヤ御嬢様♪」

「う、うん……」


 リディヤは制帽とブレザーを受け取り、僕を、きっ、と睨んできた。

 その瞳は不退転。何が何でも、成し遂げてみせる! という強い強い意志。

 ……い、いったい、僕はどんな無理難題を言われるんだ?

 若干、怯みながら言葉を待つ。

 ――あ、寝癖。

 無意識に手を伸ばし、手で綺麗な紅髪を撫でる。


「っ!?!! あああ、あんた、な、何、何をっ!?」

「あ、ごめん。寝癖がついてたから」

「~~~ぅぅぅぅ!!!」

「痛っ! な、殴るなよっ!」


 顔を真っ赤にしたリディヤが僕の腕を叩いてくる。

 ムスッ、とし腕組み。それでいて、ちらちら、と僕を見やる。

 ……困った公女殿下だなぁ。 

 アンナさんに視線を向けると、満面の笑み。……なるほど。

 制帽とブレザーを無言で受け取る。

 すると、リディヤが落ち着かない様子に。

 僕は笑顔で、公女殿下をわざとそのまま促す。


「さ、行こうか。遅れちゃうよ」

「う……あ、あんた、分かっていて、言ってるわね!?」

「え? 何が??」

「うぐっ! こ、この、き、斬るわよっ! ほ、本気だからねっ!!」

「はいはい。よっと」

「…………あ」


 両手を動かし、不満を表明するリディヤの頭に制帽被せる。

 すると、途端に俯き、指を動かしながらもじもじ。

 上目遣いで僕を見て、一言。


「う~……ばかぁ……」


 後方で人が倒れる音。

 そして、叫び声と歓声。


「かはっ……!」「ロミー様!?」「い、いけない……! ち、治癒魔法が効きません! し、出血量が多過ぎますっ!」「控え目に言って、致命傷です。まぁ、ロミー様なので、大丈夫ですよ」「きゃー! リディヤ御嬢様、お可愛い~♪」「……これで、またお仕事、頑張れます」


 うん、平常通りだ。平和そのもの。

 …………僕も随分と毒されたかも?

 アンナさんが目配せをしてくる。『アレン様♪ 御時間が!』。了解です。

 僕はリディヤを促す。


「さ、行こうよ。授業初日から首席様が遅刻なんて、笑い話にもならない。あと、王女殿下にからかわれるよ?」

「…………ブレザー」

「了解」


 回り込んで、さっ、と着せる。

 リディヤも、それが当然、というように自然と着る。

 再び歓声。


「「「きゃー!!!!!」」」「…………」「ロミー様ぁ!?」「致命傷に致命傷……良い御顔です……いい人でした」


 ちょっとだけ恥ずかしい。

 でも、妹にもよくこうしてたしなぁ。

 リディヤが振り返った。とてもとても上機嫌だ。


「行くわよっ! ついて来なさいっ!」

「はいはい。公女殿下の仰せのままに」


※※※


 王立学校の正門前には、多くの学生達が行き交っていた。

 馬車から降り、中へ手を伸ばす。


「はい、どうぞ」

「ん~」


 リディヤが僕の手を握り、降りてきた。

 馬車内のアンナさんへ視線を向ける。


「ありがとうございました。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ♪ リディヤ御嬢様をよろしくお願いいたします☆」

「出来る限りのことはします」

「……ちょっとぉ」


 隣の公女殿下が僕をジト目で見ているのが分かる。

 それを無視し、懐から手帳を取り出す。

 えーっと……確か、一限目は大講堂に集合――


「アレン!」


 正門の方から明るい声が飛んで来た。

 視線を向けようとすると――視界が柔らかい手で閉ざされた。


「……リディヤ?」

「……見ちゃダメ。危険極まりない生き物がいるわ。見たら、目が危ないから」

「いや、今のって」

「空耳よ。空耳。あんたは何も聞いてないわ」

「…………それじゃ、足下にいるのは?」


 僕の足に、ふわふわな存在がまとわりついている。

 多分、シフォンだ。

 見知った誰かが近づいて来る気配。 


「……ちょっと、何をしているの? リディヤ・リンスター」

「あーあーあー。いない子の声が聞こえるわー。シフォン、貴女は許してあげる。ついて来なさい」

「なっ! ど、どうして、シフォンは良くて私はダメなのよっ! い、いい加減に、アレンから離れなさいっ!!」


 少女達がじゃれ合いを始めた。

 ……はぁ。

 僕は溜め息を吐き、リディヤの両手をどかし、挨拶。


「おはようございます。シェリル王女殿下」

「…………ア~レ~ン? どうしてぇ、私にそういう口調なのぉぉ?」

「……ふっ」

「! あ、貴女はっ!!」


 王女殿下が怖い笑顔を浮かべ、それを見たリディヤが嘲るように笑う。

 二人は顔を見合わせ、睨み合う。

 ……この子達はまったく。

 周囲の生徒達も、二人の少女に気づき、注目している。

 僕はしゃがみ込み、足下のシフォンを撫でる。


「いい子はシフォンだけだね」

「わふっ!」


 「でしょう?」と言うように、白い子狼が尻尾をぱたぱた。可愛い。

 僕は立ち上がり少女達の頭を、ぽん、ぽん、と続けざまに優しく叩く。


「「!」」

「朝から喧嘩しないように。仲良くしようよ。昨日みたいなことがあっても、僕とシフォンは見学するからね?」

「「…………」」


 渋々、といった様子でリディヤとシェリルが僕の左右へ。

 ……この子達、とっても可愛いから目立つんだけどなぁ。

 シフォンがとことこ、と歩き出す。先導してくれるらしい。

 僕はそっと東都の大樹へ祈る。


 ――どうか、今日こそは穏やかな日になりますようにっ!

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