『剣聖』

 結論から言うと、僕の細やかな……本当に、細やかな願いはあっさりと否定されつこととなった。

 嗚呼……どうして……。

 僕はこれでも結構、頑張って来たのに……。

 さっきまで、大講堂にいたのに……何で、どうして、またしても演習場にいるんだろう?

 落ち込んでいると『大丈夫ですか? 遊びますか??』とシフォンが足下をうろちょろ。思わず抱きしめる。

 隣にいたシェリルが「! アレン、私にしても、いいのよ?」とよく分からないことを言っているけれど、対応する余裕なし。

 ……うぅ。現実から逃避したいよぉ。

 学校長が重々しく告げてくる。


「諦めたまえ。君は苦労を――否! 万人ならば、泣いて逃げ出す程の苦労を背負う相が出ている。精々、頑張ることだ。それが私の心の平穏へと繋がるのだからな」

「…………シフォン、噛んでいいよ」

「わふっ!」


 僕の一言で、白の子狼は嬉々として学校長へ向けて跳躍。

 老エルフは嘲笑。


「はっはっはっ! 昨日と同じ、ぬおっ!?!!」


 学校長の両手両足を不可視の闇糸で拘束。……違和感あり。

 それでも、発動寸前だった転移魔法を強制的に遮断。

 シフォンが頭をかぷり。

 ――姿が掻き消えた。


「……光魔法による幻惑、ですか」

「ふっ! これでも『大魔導』だからなっ! そうそう、やられはせんっ!! やられはせんのだっ!!! ……けれど、だ。もしや今の流れ、これからずっと継続するのか? 転移魔法に対応するのが早過ぎるのだが?? ……少しは老体を労わるようにっ! ああ、言わずもがなだが、この場のことは君に一任する。演習場の修理も含めてなっ!!! 結界は補強しておく。全力を出して構わんよ、最後に老婆心で一つだけ伝えておこう。リドリー・リンスター」

「……何でしょうか?」


 少し離れた観客席から学校長が理不尽なことを叫んだ後、演習場内で、リディヤ、と相対している長身で、一見生真面目そうな赤髪青年騎士へ忠告。


「悪いことは言わん。初手から全力を尽くすことだ。で、なければ――……」

「何です? はっきり、言っていただきたい!」


 学校長が言い淀む。

 そして、再度シフォンを抱きしめている僕へ目配せ。

 ……ええ。僕が言うんですか?

 僕はそのままの姿勢で、青年近衛騎士――若くして『剣聖』の称号を持ち、『王国最強』の一角とすら謳われているらしい御方へ話しかける。


「えーっと……学校長の言われる通りだと思います。いきなり、こんな風にリディヤ・リンスター公女殿下へ決闘を挑んだことは、取り合えず脇に置いて、とにかく、命を大事になさってください」

「忠告は有難い。無理無茶なことをしている自覚もある。だか、しかし! 強き剣士と剣を交えたいこの欲求、抑えることなぞ出来ぬっ!! それはそうと……学校長も貴殿も、まるで、私が敗れることを前提しているようだな? 正直、そちらの方が解せぬ」


 不機嫌そうにリドリー様が吐き捨てる。

 相対するリディヤは既に剣を抜き放ち、肩に置き――じーっと、僕だけを見ている。とてもとても不満気。

 僕は頬を掻き、淡々と事実を提示する。


「あ~……リンスター公爵家内で、リディヤ・リンスター公女殿下がどういう評価なのかは分からない、おっと」


 いきなり、飛んできた短剣を風魔法で勢いを殺し、浮遊魔法で浮かべる。

 投げてきたのは頬を大きく膨らましている、紅髪の公女殿下。

 シェリルが「!? 何するのっ! 当たったら」文句を言うのを手で制し、注意。


「危ないって」

「……誰が公女殿下なの?」

「僕に短剣を投げてきた子」

「……そこの剣馬鹿より先に、あんたを斬った方が私の精神衛生上良さそうねぇぇ」


 リディヤが僕を見ながら唸る。

 僕は苦笑しつつ、『剣聖』様へ話を続ける。


「貴方様が御強いのは分かります。けどまぁ――……」


 微笑み、視線を合わせ、断言。


「リディヤには勝てません。絶対に」

「!」「アレン!?」「……ほぉ。少年、その理由は何だ!」


 紅髪の公女殿下が俯き、王女殿下が狼狽。『剣聖』様は僕へ理由を糺してくる。

 軽く手を振り、シフォンの頭を撫でつつ返答。


「貴方も剣士ならば、剣で聞けばよろしいのでは? その為に、わざわざ処罰覚悟で来られたのでしょう?」

「……ふむ。確かにそうだ。これ以上の言葉は無用。リディヤ様! 勝負を御受けいただいたこと、真に有難く!」

「…………リドリー。昔から、剣馬鹿だ、剣馬鹿だ、と思っていたけれど。この件、愚兄は知っているのかしら?」

「無論! 私の独断です!!」


 そう言うと、不敵に笑い騎士剣を抜き放った。

 学校長の姿が掻き消え、演習場を囲む結界が更に強化される。

 僕はシェリル、シフォンと一緒に観客席へ。巻き込まれるのは御免被る。

 ――リディヤが僕を見た。

 片目を瞑り、声を出さず唇だけを動かす。


『怪我させないように!』

『そこは、怪我しないように、でしょぉぉぉ』

『はいはい――頑張れ!』

『はい、は一回っ! ――ん。ありがと』


 紅髪の公女殿下が剣を、ゆっくりと構えていく。

 僕は片手を掲げ――


「始めっ!」


※※※


 そこで意識が覚醒してきた。

 まだ――早朝だな。

 それにしても……また、懐かしい夢を見たなぁ。

 もうかれこれ、あの決闘から四年以上前? 

 思えば、遠くに来たもの――……後ろから華奢な腕が伸びてきて、強く抱きしめられる。


「えへへ~……アレン~☆」


 背中越しに見やると、そこにいたのは僕のシャツを寝間着替わりにし、寝ぼけている腐れ縁。

 ……また、夜中に忍び込んだのか。

 そして、そんなリディヤの背中にはアトラとリアが引っ付き、すやすや。とてもとても可愛い。

 僕は脱出を試みるも――駄目。

 諦め、少しだけ位置を動かし紅髪の公女殿下の寝顔を見やる。


「……寝てる時は可愛いんだけどな……」

「……そこは起きてる時も、でしょう?」

「…………黙秘権を行使したく」

「いいわよ」

「お、珍しい」

「その代わり、王都の大通りで『リディヤは世界で一番可愛くて美人です!』と叫んでもらうけどね」

「黙秘権を使う意味!?」

「形だけでも権利を渡す。私って、優しいでしょう?」


 リディヤと目を合わせ――笑い合う。

 まったく。僕等はあの頃から変わらないや。

 普段よりも幼く、甘えた表情になった少女が僕に抱き着いて来る。

 僕はその頭を撫でながら、額を合わせ――再び、眠りについたのだった。 

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