第11章
第38話 旅の道連れ
「……来ないっすね。ちっ! あいつ、何をして」
「まぁまぁ、ギル。口が悪いよ。その頬はどうしたのさ?」
ララノア側から急報が届いた翌日早朝。
僕は、大学校の後輩であるギル・オルグレンと王都中央駅のホームで人を待っていた。既に始発の汽車は準備を整えつつある。
普段は気のいいギルが気まずそうに様子で腕組みをし、頬の白布に触れた。
「……何でもねぇっす」
「そっか。てっきり、コノハさんに『ギル様……どうして、私を御連れ下さらないのですか?』と詰め寄られた挙句、こう、鋭い平手打ちを」
「……黙秘権を、行使、するっす……」
ギルは駅舎の方を見つめた。
どうやら図星だったらしい。まぁ、急な話だったからなぁ……。
コノハさん、というのはギル付きのメイドさん兼護衛の女の子で、とにかくこの後輩のことを大切に――汽笛がなった。
もう一度鳴ったら発車してしまう。
これは……間に合わないかも?
僕は懐中時計で時間を確認。革製の旅行鞄を持ち、ギルに声をかける。
「仕方ない、僕等だけで行こう」
「……うっす」
後輩と僕は汽車に乗り込む。
これからまずは東都へ。その後はグリフォンを使ってララノアとの国境まで移動しないといけないのだ。
――無論、秘密交渉をする為に。
本来ならば、慎重を来すべき案件だろう。
けれど、僕の直感はこの件『迅速に行動すべし』と告げていた。
まさか、早速『調査官』の仕事をする羽目に陥るなんて……。神様は余程、意地悪らしい。なお某王女殿下は過去にないほどのニヤニヤ顔をしていた。ぐぅ。
まぁ……ステラの婚約の件もあり、僕に選択肢はない。まずは動いてみよう。
ただ、地理に自信はなかったので、ララノアへ留学していたギルに随行をお願いした。功績を挙げれば、オルグレンへの措置も緩和される筈だ。
そんなことを思いつつ、特等車へ進むギルを見送り、身を翻し普通車へ出向こうとすると――肩を掴まれた。
「ア~レ~ン~先輩ぃ~? 何処へ行くんすかぁぁ?」
「と、特等車は、さ……その、僕には合わない」
「……リディヤ先輩や、御嬢様達に全部報告するっすよ……?」
「!? ギ、ギル!! そ、それは反則だろう!?!!」
――この場にリディヤやカレン、当事者であるステラ、昨晩、最後の最後まで『先生とっ! 一緒にっ! 行きますっ!』と抵抗したティナはいない。長旅はさせられず、エルンスト会頭の件で精神的負担もあるフェリシアも。
聖霊教の動きが読めない以上、リンスター、ハワードの『血』を外国で狙われた場合、対処出来ない可能性がある。カレンも『先祖返り』である以上、目標になっていてもおかしくはない。何せオルグレンの魔斧槍『深紫』を使いこなしたのだ。
最初はみんな反対していたけれど……最後は納得してくれた。
リディヤには裏で散々『……わんこ二匹だけ、連れて行くんだ。ふぅ~ん……私は連れていかないのに……』と文句を言われ、ステラは寂しそうに僕をじっと見つめ、カレンは珍しく『お兄ちゃんっ!!!』呼びに戻ってまで翻意させようとしていたけれども……何とかなった。
なお、みんなの寝間着姿はとてもとても可愛かった。獣耳が流行っているのだろうか?
あと、当然、大魔法そのものである、アトラとリアもカレンに預けてきた。危うく二人の涙に負けそうになったのは秘密だ。
――水都に行く前の僕なら、アトラと離れることは出来なかったろう。
おそらく『誓約』の影響。僕自身も成長していてほしい。
後輩が不満そうに告げてくる。
「……先輩は今や王国の最重要人物なんすよ? 自覚をしてほしいっすっ!」
「……善処するよ。男の二人旅も悪くないか」
「ふっふっふっ……昼は期待してくれていいっすよ? ギル・オルグレン渾身の弁当を賞味してほしいっすっ!」
「…………ギル、また、腕を上げたのかい? コノハさんから怒られるのはそういうところだと思うよ? 座ろうか」
拳を握りしめる次期オルグレン公爵に若干呆れつつも歩を進め、特等車へ。
未だ王都は混乱中。加えて始発な為か乗客は一人だけ。淡い橙色の帽子を被りドレスを着ている若い少女のみだ。濃い赤茶髪が覗いている。
「「…………」」
僕とギルは顔を見合わせ、そのまま、女性の前に着席。
女性は帽子のつばを下ろした。恥ずかしそうに早口で難詰してきた。
「お、遅かった、ですね。遅刻されたのかと、思いました」
「……先輩、ここは一思いに」
「そうだね。よっと」
「あっ!!!」
僕は帽子を奪い取り、そのまま脇の帽子掛けにかけた。
少女の頭をぽん。
「やぁ、ゾイ、お待たせ。とても可愛いらしい恰好だね。おや? 髪も整えてきてくれたのかな? 感心感心」
「うぅぅぅぅ!!!!!! だ、だって……あ、貴方が、そ、そうしろって、言ったから…………」
特等車で僕達を待っていたのは、もう一人の随行者である、ゾイ・ゾルンホーヘェンだった。顔を真っ赤にし、もじもじ。
流石はゾルンホーヘェン辺境伯の御令嬢。ドレス姿が絵になる。
僕が微笑ましく後輩を眺めていると、ギルが口を挟んできた。
「アレン先輩、そういうとこ、そういうとこっす! ――ゾイ、先輩と一緒だからって、浮かれるなよ? 俺達の役割は、護衛兼盾だ」
「――……あぁ? 誰に言ってんだ?? わんこ殿下が。てめぇこそ、尻尾を隠した方がいいんじゃ、ねぇぇのぉ♪」
普段の口調に戻りかけた少女の頭を撫で回すと、すぐに口調が柔らかくなった。僕は、ギルへ目配せ。
『そういうのは抜きだ』
『……うっす』
頷きながらも、明らかに納得していない。困った後輩だ。
後輩少女にも注意。
「ゾイ、分かっているとは思うけど……君について来てもらったのは、無理無茶をさせる為じゃないからね?」
「嗅ぎ分ければいいんだろぉ? ――『竜』が本物かどうかぁ~」
「分かってるなら良し。ゾイはいい子だね」
「おぉ~♪」
ゾイは満面の笑みを浮かべ、身体を左右に揺らす。……外見は美少女なんだけどなぁ。
――最後の汽笛がなった。
乗務員が扉を閉める音。汽車が少しずつ動き出した。
僕は窓を開けホームへ目をやるも、見送りはない。昨晩『不要だよ』と言っておいたのだ。リディヤの気配は――僕の家だ。
それにしても、ティナはともかく、静かだったエリーとリィネは大人――
『――アレン』
!?
い、今の声は『氷鶴』――……
「先生っ!!! どいてくださいぃ!!!」
「!? テ、ティ」
名前を呼び終える前に、駅舎の塔上から氷翼を羽ばたかせたティナ、そして、彼女に抱き着いているエリー、そして、そんなエリーを抱きしめ、目を瞑っているもう一人の少女が窓から飛び込んできた。
浮遊魔法をかけつつ、少女達を受け止める。
薄蒼髪の少女がはしゃぐ。
「やりましたっ! 成功ですっ!」
「あぅあぅ……し、心臓が、と、取れちゃうかと思いました。でもでも、認識阻害成功です!」
「……きゅう」
「…………」
僕は呆気に取られ、硬直。まさか……
魔力反応がし、通路に三つの旅行鞄が出現した。アンコさんまで加担を!?
窓から飛び込んできた少女達は三人。
薄蒼の帽子と私服姿のティナ・ハワード公女殿下。
薄翠のティナと色違いの帽子と私服を着たエリー・ウォーカー。
そして……目を回している、何故かメイド服なフェリシア・フォス。
ギルとゾイが顔を見合わせ、頷き合った。
「……ゾイ」「……わんこ殿下」
「……俺と」「……オレが」
「「……頑張ろう……」」
僕は額を押さえ、嘆息。
……うん、何の反論も出来ないよ。
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