第39話 奪われた物

「……で? どういうことですか? リディヤさん」


 早朝、兄さんの下宿先。

 そのキッチンで紅茶を淹れながら私は、寝間着姿の紅髪公女殿下へ尋ねた。

 すると、リディヤさんは軽く片手を振り嘯く。


「何がよ? カレン」

「しらばっくれないでください。先の騒乱時、兄さんと離れ離れになっただけで、あれだけのことを仕出かした貴女が、一見平静を装っている。何かある、と思う方が自然ですっ! ステラもそう思う――……貴女も静かだったわね。兄さんに頭を撫でられるだけで大人しくなるなんて。はい、紅茶」

「――……そ、そんなことないと思うわ。ありがとう」


 リディヤさんの対面に座っている私の親友、ステラ・ハワードは寝間着の獣耳を動揺させながらカップを受け取った。

 紅髪の公女殿下も一口飲む。


「ん……悪くないわ。流石、私の義妹ね」

「私に義姉はいません。……いい加減、答えてください。ティナとエリー、フェリシアの独断専行を許したのも極めて、極めて不可解です。普段の貴女と……ステラだって、すぐさま後を追ってもおかしくない筈なのに。二人して私に隠し事ですかっ!?」


 私はステラの隣の席に音を立てて座り、二人の公女殿下へ視線をぶつける。

 が……駄目。

 リディヤさんはあっさりと受け流される。機嫌も悪くないのか、寝間着の獣耳が動いている。

 ステラも優雅に紅茶を飲むばかり。


「カレン、あまり五月蠅くしないの。アトラとリア、それに――リィネが起きて来るわ。どうやら、籤の結果で残留したみたいだけれど、あの子、数日は荒れるわよ? 私の妹だし。……自称メイドは帰って来たら御仕置きしないと」

「リディヤさん、カレンにもそろそろ話をした方が良いと思います」


 ステラが口を挟んできた。

 瞳にあるのは……憂い。

 紅髪の公女殿下が、カップを置き、懐中時計を確認した。


「そうね。どうやらあいつも出発したみたいだし。――カレン、水都で私達がやり合い、その後した話は覚えているわね?」

「……吸血鬼擬きと兄さんの親友だった方の話ですか?」

「そう。昨日、あいつがシェリル、フェリシアと遊んでいる前、教授、学校長から連絡が来たわ。墓がどうなっていたのか、のね」


 リディヤさんが険しい表情になった。

 私の心がざわめく。


『ゼルベルト・レニエ』


 兄さんは、他者から受けた恩義を絶対に死んでも忘れない。

 リディヤさん曰く、まして、そのレニエさんから受けたものは。


「結論から言うわ。墓は暴かれていた。そして、レニエの死体もなかった。つまり――」

「此度の騒乱、目的の一つは『死体回収』ということですね?」


 ステラが後を引き取り、リディヤさんが頷いた。

 私は視線をカップへ落とす。

 兄さん至上主義者の狂信者である『剣姫』様と、最近、兄さんへの甘え方に熟達しつつある私の親友が『着いて行く!』と最後の最後まで徹底抵抗しなかったのは……二人を見やる。


「理解はしました。兄さんがいない間に、私達でどうにかする、ということですね?」

「そ。ただし、一筋縄じゃいかないわ」

「……奪われていたのは、それだけじゃなかったみたいなの」

「? 大学校の古書とか?」


 私はステラへ質問する。

 大学校には奇書や古書が無数にある、と兄さんから教えて貰った。

 その中に、とんでもない魔法書があったのかもしれない。

 二人の公女殿下が頭を振った。


「違うわ」「奪われたのは王立学校の物みたいなの」

「……王立学校の? それって」


 ふと、繋がった。

 ――東都において、叛乱軍側が目指した物は何だったのか。

 私は口にする。


「王立学校の大樹、ですか?」

「当たりよ。教授と学校長が詳細に調査したわ。結果――最も古い枝が切り取られていた。カレン、ステラ。貴女達、あの樹が何なのか何処まで知っているの?」

「「…………」」


 私達は顔を見合わせる。

 東都の大樹は物心つく頃からそこにあった。王都の大樹は東都の子供。

 他だと精々、東都の大樹は大昔『炎麟』の発動から獣人の旧市街を守ってくれたことくらいかもしれない。

 リディヤさんがポットから新しい紅茶を淹れてくれる。


「東都にせよ、王都にせよ、有事の際は戦略結界の起点になる代物なのよ、あの大樹って。原理は私もよく知らないし、発動した所は流石に見たことはないけれど、あいつの計算だと『竜』の全力攻撃ですら防ぐかもしれないらしいわ。そんな代物の枝葉ならともかくとして、中枢近くや古い枝を斬ったり、折ったりするのは――恐ろしく困難よ。多分、私一人じゃ無理ね」

「……『私一人じゃ』」「……ですか」


 私とステラはリディヤさんへジト目を向けた。

 言外に『あいつと一緒なら問題ないけれど♪』が滲んでいる。舌打ちを堪える。

 ここ最近のリディヤさんはやけに落ち着いている気が……兄さん、また何をあげたんですか?

 隣のステラが右手首に触れた。そこには真新しく可愛らしい白蒼のリボン。むぅ。

 私は若干ささくれ立ちながら話を纏める。


「つまり……私達の敵は叛乱に乗じて『半吸血鬼の死体』と『王都大樹の最も古き枝葉』を奪取した、と。そこから導き出される思惑は」

「間違いなく碌でもない内容ね。……けれど、今の私達が考えるべきなのは別よ」

「アレン様が御心を痛められないよう、全ての情報を収集、精査し、出来うるならば解決の道筋をつけておく――私達なら出来ると思わない? カレン」


 ステラが真摯な視線を私へ向けてきた。

 私は紅茶を飲み、頷く。


「勿論。でも」

「「でも?」」

「――……抜け駆けは無しです。リディヤさんもステラも、いざという時はすぐさま兄さんの下へ駆けつける算段でしょう? それは、妹である、私の、役目ですっ!!! 増援要請があった場合は私が行きます!!!!!」

「♪」「リアも~リアも~♪」

「「!」」「二人共、リィネが起きるわ。しー、よ? おはよう」

「「♪」」 


 幼女達の声に私とステラは、身体を強張らせた。

 見ると、お揃い寝間着姿のアトラとリアが空いている椅子の上ではしゃいでいる。何の気配も……。

 一人、気付いていたらしいリディヤさんは優しく幼女達をたしなめ、優しく頭を撫でている。

 認めたくはない。ないけれど……そこにあるのは母性。ぐぅ。

 ステラが質問を発した。


「リディヤさん、ティナを行かせたのはどうしてですか?」

「ん~? リア、アトラ教えてあげて」

「ふふふ~♪ レナ、とっっても、拗ねてた! あとあと、どうしても、いきたいって!」

「レナ、でてこれないの、やっ、って」


 ティナの中にいる『氷鶴』は、水都での戦いその最終盤で顕現しはした。

 どうやら――大魔法が姿を現す為には、繋がっている人の技量にも左右されるようだ。

 リディヤさんが、立ち上がった。


「とにかく――私達はあいつがいない間に王都であったことの調査をするわよ。ただし、あいつが呼んだら全てを放り出して駆け付ける。その為にアンコも着いて行っているんだから。単純ね。さ、朝食よ。カレン、手伝って。ステラ、アトラとリアを見ていてね。リィネももう少ししたら、起きて来るだろうから」

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