第40話 車中にて

「ティナ、エリー、取り合えず座ってください。少しお説教をします」

「はーい♪」「は、はひっ!」


 飛び込んで来た教え子達は、何故か嬉しそうに僕の前の席へいそいそと座った。

 二人が被っている帽子を浮遊魔法で動かし帽子掛けにかけ、伸びているフェリシアを隣の席へ座らせ、僕も着席。すぐさま、膝上に重みを感じた。

 撫でつつ黒猫姿な使い魔様へ抗議する。


「……アンコさん。最近、僕に厳しくありませんか? ギル、ごめん。荷物を」

「うっす。――ん? 鞄が四つ??」

「オレは! オレは!!」

「ゾイ・ゾルンホーヘェン伯爵令嬢様は、当分お淑やかにしてようか。ほら、僕の隣にお座りよ」

「うなっ!? うぅぅ……はい……」


 ゾイは不満気な声をあげつつも、僕の隣へちょこんと座った。

 ぽん、とゾイの頭を軽く叩き、ティナ達へお説教を開始する。


「……さて、では」

「先生! これは、必要な事なんですっ!」

「ふむ? ティナ、その心は?」

「この子が『私が行かないとダメ』って!」


 ティナが右手の甲を見せてきた。

 すると、薄っすら紋章が浮かび上がる。


 ――大魔法『氷鶴』の紋章。


 水都での件以来、ティナは会話を出来るようになったようなので、一概に咎めにくい。僕は次いで天使なメイドさんに尋ねる。


「エリー、リィネは一緒じゃないんですか?」

「は、はひっ! リィネ御嬢様も『着いて行くわ』と仰ったんですが……あのその……」

「次席様はエリーとの籤引きに負けましたっ! そもそも、エリーが使う魔法の静謐性がないと、抜け出すのなんて無理だったので、これは必然ですっ!!」

「……なるほど」

 

 リディヤはともかくとして、ステラとカレンをも欺いた、と。

 エリーは僕が想像する以上に成長しているようだ。

 そんなことを思っていると、『あにさまぁ……』と拗ねている赤髪の公女殿下の顔が脳裏に浮かんだ。帰ったら、埋め合わせかな。

 僕は頭を掻き嘆息する。

 でもまさか、この子達が着いて来てしまうなんて……困った。アンコさんがいるとはいえ、大丈夫かな。

 隣のゾイがぼそり、と呟いた。


「あの……紹介して、ほしい……かも……」

「ん? ああ。そうだったね。ティナ、エリー。この子はゾイです。僕の大学校の後輩で……リディヤとテトに次ぐ問題児です」

「なっ! オ、オレは問題児なんかじゃ……その。ないと、思う……」

「だってさ、ギル? 同期たる君の意見は?」

「リディヤ先輩、テト、ゾイはスセと同等って感じじゃないすっか? まぁ……リディヤ先輩を飛び越えて、某『剣姫の頭脳』って人が、ぶっちぎりだと思うっす!」

「……ギル。ここで僕を裏切るのかい? そんなことをする君は教授と同様の扱いになるのだけれど?」

「アレン先輩。真実は揺らがねぇっす★」


 後輩が満面の笑みを浮かべ親指を立ててきた。こいつ……楽しんでるな?

 これだから、教授の教え子はっ!

 溜め息を吐き、隣で目を瞑っている何故かメイド服姿の番頭さんの額を小突く。


「きゃん」

「フェリシア、何時まで寝ているんですか? 別に寝ていてもいいですが……起きたら、獣耳と尻尾が生えて、もっと可愛くなっているかもしれませんよ?」

「……うぅぅぅ。ア、アレンさんの変態……」


 少し頬を赤らめながら、フェリシアが目を開けた。

 ティナとゾイが顔を見合わせ――


「むぅ……メ、メイド服に獣耳と尻尾なんて……」

「へ、変態……。だ、だから、前に、私にも……」

「むっ! その話、詳しく教えてくださいっ! あ、ティナ・ハワードです」

「! あ、あんたが…………。ゾイ・ゾルンホーヘン……です」

 

 ゾイは律儀な子で、僕の言いつけを守る。

 小さな子の面倒もよく見てくれるので、ティナ達とは仲良くなれるだろう。

 ティナ達がお喋りをする中、エリーは両手を頬につけ少しだけ嬉しそう。


「……えへへ♪ アレン先生。私も今度、獣耳付けてみたいです♪ 選んでもらえますか?」

「「…………」」

「うん……ギル、フェリシア。君達が言いたいことは分かります。なので、言葉にはしないように。エリーもです。僕の失言でした。許してください。――それで、フェリシア?」


 僕は強引に番頭さんと心底楽しそうな後輩の追撃を遮断し、話を戻す。

 フェリシアも居住まいを正し、僕へ視線を合わせる。


「……父が何か大きな事を仕出かしている、とは思いません。けど、いい様に利用されている可能性はあります。その場合、私が説得をします」

「商会はどうするんですか? 君がいなくては」

「一ヶ月程度は不在にしても大丈夫なよう、手筈は整えてきました。問題ありません。……エマさん達も着いて来る、と最後まで言っていたんですけど、その……」

「? どうかしましたか??」


 言い淀んだフェリシアへ再度、尋ねようとした――その時だった。

 車両の扉が開きいた。

 入って来たのは、矢が象られた服に、長いスカートと革ブーツを履いている、長く綺麗な紅髪に黒いリボンを着けているお姉さんだった。片手にはトレイを持ち、紅茶のポットとカップを載せている。

 天真爛漫な声が響く。


「は~い♪ お茶の時間」

「アンコさん、早急にリリーさんを王都へ飛ばしてください!」


 即座に膝上の使い魔様に依頼する。

 リディヤにバレたら……死ぬ。間違いなく死ぬ。僕はまだ命が惜しい。

 あと、ステラとカレンも怒る気がする。シェリルは――……強請られそう……。

 けれど――黒猫様は応じず、丸くなられた。

 僕は取り乱す。


「ひ、否決!? 何故……何故なんですかっ! アンコさん! ぼ、僕と貴女の信頼関係はその程度だったとっ!?!!」

「ふっふっふっのふ~ですぅ★ 甘々の甘ですぅ。既にアンコさんと私はぁ、仲良しのお友達なんですよぉ?」

「くっ!」


 し、しまった! この人は、アンナさんの愛弟子だったっ!! こんな搦め手を使ってくるなんてっ!!!

 僕は両手で頭を抱える。「アレン先輩……強く、強く生きてほしいっす。あ、ギル・オルグレンっす」「リンスター公爵家メイド隊第三席のリリーですぅ~」。

 ……そこの後輩、少しは先輩を助けよう。

 顔を上げ、フェリシアへ聞く。


「……なるほど。エマさん達は、無駄に全性能が凄まじいリリー・リンスター御嬢様に薙ぎ倒された、と」

「……はい。しかも物理ではなく、論説で。エマさん達、泣いていました。『そ、そんな……そんな……嘘。嘘よ。これは何かの間違いだわ……。わ、私が、この私がっ、リリーよりも、フェリシア御嬢様を想っていない!? ……そんな、そんなことっ!』って。あの……アレンさん? この方って、結局何者なんですか?? とっても凄いのは分かるんですけど、メイドさんにはとても見えません。私の中でメイドさんは、エマさん達以外だと、エリーさんなので。あと、エマさんから『フェリシア御嬢様、どうか、どうか、この服を……。復讐、願います……』ってメイド服を着せられたんですけど……」

「かふっ!」


 番頭さんの素直な一言でリリーさんが大きくよろめいた。持っているトレイを落としそうになる。

 それを見たエリーは、すっ、と動き、トレイを手に取った。

 ニコニコ笑顔のまま、紅茶を優雅な動作で淹れていく。


「アレン先生、お紅茶です♪」

「ありがとうございます、エリー」

「私はメイドなので」

「かふんっ!!」


 リリーさんが更なる打撃を受け、よろよろ、と近くの席へ座った。あ、口から魂が半分出てるや。肩を竦める。

 僕は楽しそうに話しているティナとゾイ、紅茶を手際よく淹れていくエリーを眺めつつ、フェリシア、ギルと視線を合わせ苦笑した。

 

 まぁ……楽しい旅にはなりそうだ。

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