第41話 再びの東都
「先生、先生っ! 大樹が見えてきましたよっ!!」
「おおお~! オレ、東都、初めてなんだよなぁ」
「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様、窓から顔を出すのは、あ、危ないですぅ。ゾ、ゾイ御嬢様も、めっ、です!」
ティナとゾイが汽車の窓から顔を出しはしゃぎ、それをエリーがあわあわしながら止めている。
王都より約一日半。
騒乱の影響で通常運行は未だ出来ておらず、少々時間がかかったものの、ようやく東都が近づいてきた。
早くもギルは荷物を棚から降ろし始めている。
「ギル、御実家に顔を出すのかい?」
「出さねぇっす。……と言うか、リディヤ先輩から『離れたら斬って、燃やして、斬るわ』と、脅――こほん。厳命を受けてるっす!」
「……なるほど。なら、御実家に顔を出して来ようか」
「うぇぇぇぇ……ア、アレン先輩、い、幾ら色々あったからって、そ、それは酷いと思うんすけど」
「他意はないよ。グリフォン確保してもらいたいだけさ。どれくらいかかりそうかな?」
「――明日の朝までには必ず。落ちきっても公爵家です」
ギルが真面目な顔になった。任せて大丈夫だろう。
僕は隣でうたた寝している眼鏡な番頭さんの額を小突く。メイド服から私服に着替えている。
「きゃぅ! ア、アレンさん?」
「フェリシア、起きてください。そろそろ、着きますよ。ティナ、エリー、ゾイも用意を」
「「「は~い♪」」」
この短い期間で随分と仲良しになった三人娘が返事をする。日頃は、人見知りなゾイも楽しそうだ。
膝上にいたアンコさんが僕の右肩へ移動。
これで、全員――いじけた声が僕の耳朶を打った。
「……ア~レ~ン~さ~ん……どうしてぇ……わたしの名前は呼ばないんですかぁ……?」
見やると、離れた席でさっきまで寝ていたリリーさんが、僕へ睨んでいた。
微笑み、尋ねる。
「いえ。リリー・リンスター公女殿下はお帰りになるのかな? と」
「な、なぁっ!? よ、よりにもよって、そ、そういう意地悪を言うんですかぁぁっ! ティナ御嬢様! エリー御嬢様! フェリシア御嬢様! ゾイ御嬢様! アレンさんに対する、教育が不足していると思いますぅぅ!!!」
リリーさんが頬を大きく膨らまし、じたばた。
……この人、一番年上の筈なんだけどなぁ。
ギルが「……俺、入ってないんすか……」と凹んでいる。弱い、弱いよ、ギル・オルグレン。
ティナとゾイが冷たく突き放す。
「先生はず~っとっ! こんな感じです。矯正は無理です。……少なくとも、今は」「私を『御嬢様』なんて、呼ばないでいただけますか? リリー・リンスター公女殿下? 第一、貴女は勝手に来ただけなのでしょう?」
「う、うぐぅっ!」
リリーさんがわざとらしく身体をよろめかせる。
その時、汽車も揺れた。
「きゃっ」
「おっと。エリー、大丈夫ですか?」
「は、はひっ。あ、ありがとう、ございましゅ……えへへ……」
倒れそうになったエリーを受け止めると、恥ずかしそうに俯いた。
このやり取りも久しぶりな気が――放たれた氷片、風弾、炎花を消失させ、天使の頭を優しく撫でる。
すると、エリーは嬉しそうにはにかんだ。
ティナ達が文句を言って来る。
「う~! せ、先生っ! エ、エリーもっ!」
「ま、前よりも、介入の速度が上がっているっ!?」
「きゃ~、ですぅ~♪」
リリーさんが両手を広げ跳躍、抱き着こうとしてきたので、浮遊魔法で受け止め――むっ!
僕の魔法式に介入し、魔力量で無理矢理打ち消してくる。な、何という力技っ。
結果、エリーの背中から抱き着く形となった。
「「!」」「きゃっ!」
「えへへ~♪ ころんじゃい、ましたぁ☆」
「……はぁ、リリーさん。危ないですからね? あと、フェリシア、痛いです」
「……知りませんっ!」
眼鏡な番頭さんはさっきから、僕の足を蹴っている。地味に痛い。
ギルは苦笑している。『流石、天性の年下殺しっす!』後でお話しようか。
――汽笛が鳴った。
僕はみんなへ告げる。
「駅に到着するようです。忘れ物をしないように」
※※※
「アレン~♪」
「!」
汽車から降り立った途端、明るい声と駆ける音が聞こえた。
こ、この声は……。
振り返ると、息を切らしやってきたのは、小柄な狼族の女性だった。
「か、母さ」「うふふ~♪ ぎゅ~♪」
最後まで言い終わる間もなく、母さんが僕を抱きしめてきた。
何で、母さんが此処に――……脳裏に、紅髪の腐れ縁と何だかんだ息があっている妹の姿が浮かんだ。くっ! ゆ、油断したっ!
嘆息しつつ、お願いする。
「か、母さん。人前だから、抱き着くのは……」
「え~♪ あら? 綺麗な夜猫さんねぇ♪ 貴女もアレンを守ってくれているのね。ありがとう。私は、エリンって言うの。よろしくねぇ♪」
母さんは僕を抱きしめたまま、アンコさんとほんわか会話中。ぐぅ。
そんな中、ティナ、エリー、フェリシア、ゾイは身だしなみをいそいそと整えている。ギルは帽子を深く被り待機中。
『オルグレン』である、ということは、今の東都だと少しばかり問題ではある。
母さんがようやく離れ、ティナとエリーに話しかける。
「ティナちゃん、エリーちゃん、おかえりなさい♪ ぎゅ~♪」
「「お義母様♪ ただいまです♪ ぎゅ~♪」」
教え子達が母さんに抱きしめられ、幸せそうに顔をほころばせた。大変に和む。
僕は服を整え、母さんへガチガチに緊張しているフェリシアと後輩を紹介した。
「母さん、二人も紹介するね。眼鏡をかけている子はフェリシア・フォス。こう見えて、敏腕番頭さんなんだ。もう一人はゾイ・ゾルンホーフェン。大学校の後輩。フェリシア、ゾイ、この人は僕の母のエリンです」
「フ、フェリシア・フォス、です。ア、アレンさんには御世話になっています」
「ゾ、ゾイで、す。ア、アレン先輩のことは尊敬していて、あのその……」
「エリンです。フェリシアちゃん、ゾイちゃん、って呼んで良いかしら?」
「「は、はいっ!」」
「なら、フェリシアちゃんも、ゾイちゃんも、ぎゅ~♪」
「え? ええ!?」「あ……そ、そのあの……」
母さんがフェリシアとゾイを抱きしめ、ニコニコ。
番頭さんと、研究室の問題児は戸惑い、あたふた。
けれど――二人共、何だかとっても嬉しそうだ。
僕はギルと視線を合わせ、苦笑し合う。
涼やかな声の提案がとんできた。
「――アレン様、ここでは少し邪魔になると思います。移動致しませんか? あと、是非、私も御紹介ください☆」
「…………」
僕は胡乱気な視線をお澄まし顔な紅髪『御嬢様』へぶつける。
けれど、その程度では崩れない。『はやくぅ~紹介してくださいぃぃ~☆』。
……なるほど。従妹と同じく猫を被ると。
ティナとエリーは「! リディヤさんと行動が……」「お、同じです……」とひそひそ話している。
ふわふわ状態のフェリシアとゾイを解放した母さんが、僕へ尋ねてきた。
「アレン、そちらの綺麗な御嬢様はリディヤちゃんの御姉様? かしら?」
「綺麗だなんて……私、リリー・リンスター、と」
「……メイドさんはもういいんですか?」
「!?」
ぽつり、とリリーさんにだけ聞こえるよう囁く。
紅髪の年上御嬢様は大きな瞳を見開いた。
「ア、アレンさんっ!? そ、それは酷いですぅっ! 意地悪ですぅ!! 南都では、仮にも私の婚約者、むぐっ」
リリーさんの口を手で押さえ、母さんとみんなに話しかける。
「……少し、黙りましょうね? 母さん、取り合えず家に行っていいかな? みんなも、移動の準備を。ギル、手配よろしく」
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