幕間―7 女子会 上

「で、こうなった、と? ねぇ……あんたって私をわざと怒らせようとしてるの?」

「まさか。だけど、これから一緒に仕事をする子が、住む場所がないと言うんだよ? 此処に一人で泊める訳にもいかないじゃないか」

「……だからって、ど・う・し・てっ! あんたの部屋に泊めないといけないのよっ!! それで、あんたが此処に泊まるなんてっ」


 目の前でアレン兄様に食いかかっているのは、私の大好きな姉様、リディヤ・リンスターです。

 『剣姫』の異名を持ち、今は王宮魔法士の地位にある才媛(身内贔屓ではなく、事実です)なのですが……兄様のことになると御覧の有様。傍から見ていると、駄々をこねているようにしか見えません。

 時刻は、そろそろ夕刻になります。今、事務所内の部屋にいるのは兄様と姉様と私、そして他一名。


「冷静に見てるみたいですけど、貴女だって、あんな感じでしたよ?」

「失礼ですね。その言葉、そっくりそのままお返しします。ああ、訂正します。もっと酷かったです。兄様に『先生は節操がなさ過ぎますっ! 第一、私だってまだ泊まったことありませんっ!』と言ったのは何処の誰だったかしら?」

「………だって」

「なんです」

「貴女だって、泊まってみたいでしょう? 先生のお家に」

「……それは」


 忌々しいティナの意見ですが、私だって本音を言えば泊まってみたいにきまっています。だけど、そんな事は言い出せません。

 ……兄様にはしたない子と思われたら、間違いなく死にたくなるでしょうし。

 カレンさんは仕方ないと思います。義妹ですし、それが分からない程、子供じゃありません。

 だけど、フェリシアさんが、いきなり泊まるのは……理性は納得しても、感情が否定してしまいます。

 私が葛藤している間に、兄様が「しょうがないなぁ」と言いながら、姉様を軽く抱きしめられると、文句がぱたりと止みました。

 隣で叫び声をあげそうになっている、ティナの口を押さえます。睨んでも無駄。少しお待ちなさい。

 兄様はゆっくりと姉様の髪を撫でながら、言い聞かるように話しかけられます。


「リディヤ、我が儘を言わないでおくれ。リンスター家へは既に依頼をしたから、すぐ見つかるよ」

「……言っておくけど、私は納得した訳じゃないから」

「うん。この埋め合わせはするよ」

「その言葉、忘れないでね?」

「忘れないよ。君との約束は守ってきてると思うけど?」

「守ってないわよっ!」


 姉様の口調が柔らかくなりました。

 口から手を外します。

 怒りの持っていき場所を喪ったのでしょう、ジト目で見てきますが知りません。

 それに、兄様と姉様は何時もこんな感じですよ? 慣れないと、この先大変だと思いますが。


「それで、当の本人達は何処にいるの? 泊まるのはカレンとステラと、そのフェリシアという子なんでしょう?」

「今は買い物へ行っているよ。女の子だから色々と物入りだろうし。そろそろ帰って来ると思う。ああ、エリーはお茶を入れに行ってくれてる」

「そ。なら、あんたはこれから少し外しなさい」

「また唐突だね」

「それと、今日は此処に泊まるから」

「リディヤ」

「これ以上は譲歩出来ないわ」

「着替えとかはどうするのさ?」

「取ってきて。それと、私、今日はお魚料理が食べたいわ」

「……分かった。分かったよ。仰せのままに、お姫様」

「最初からそう言いなさい」


 項垂れている兄様から視線を外した姉様がこちらに向けて、悪戯っ子の表情をされながら片目を瞑られました。あ、もしかして。

 隣の無鉄砲な首席様を押さえつけて、私も片目を瞑ります。

 ありがとうございます、姉様。大好きです!

 それにしても、うるさいですね。耳元で囁きます。


「(ちょっと、静かにして下さい)」

「(だ、だって、先生とリディヤさんが二人きりで此処に泊まるのを目の前で許すなんて……ただでさえ、周回遅れなのに、これ以上、差をつけられる訳にはっ)」

「(馬鹿ですね。姉様の言葉をもう一度、思い返してください)」

「(どういう意味……あ)」


 察しが良いです。

 忌々しい事に、この子、頭は良いんですよね。今日の午後も兄様と、農作物について難しい話をしていました。

 ……別に嫉妬なんかしていません。兄様は私のことも褒めて下さいましたから。


「はぁ、まったくもう。ティナ、リィネ、聞いての通り、僕は今から少し出ないといけなくなりました。申し訳ないけれど見送りは出来なそうです」

「大丈夫ですよ、兄様」

「気になさらないでください」

「本当に申し訳ない。この埋め合わせは必ず。エリーとステラ様にも謝っておいてください」


 ああ、兄様……そんなに気になさらないでください。

 リィネは悪い子なのです。何しろ、兄様に嘘をついているのですから。

 だけど、そうしてでも、私は、私も、私だって。

 

 ――兄様が出ていかれた部屋の中で、悪い笑みを浮かべる姉様とティナ。そして、私。


「よく分かったわね?」

「姉様のされることですから。だけど、よろしいんですか?」

「そうです。嬉しいですけど、とっても嬉しいですけど。だけど、その、リディヤ様は先生を独占されたいんだとばかり」

「当たり前でしょう。あいつは私のものよ。今も、これからもね。だけど……解決しないといけない厄介事もある。そろそろ、貴女達と話をするのも悪くないわ」

「厄介事、ですか?」


 姉様と兄様が揃われたら、解決出来ない問題が存在するとは思えないけれど。

 私が首を傾げていると、ティナの目には理解の色。

 ……こういうところ、本当に忌々しい。


「なるほど、そういうことですね」

「ええ。まぁ、解決出来ないのなら、それはそれで構わないわ。水都にでも逃げるだけだもの」

「駄目ですっ! 認めませんっ!!」

「あら? 貴女にそういう権利はあるのかしら? まだ、認識もされていないのに?」

「ぐっ……こ、これからですっ。最近は『ティナは子猫みたいで可愛いね』ってよく言ってくださいますし。そ、それに男の人は、その……結局、若い子が好き、ってこの子から借りた本に書いてありましたっ!」

「ち、ちょっとっ! それと、その台詞は『子猫達』です。私やエリーも含まれて――姉様、もしかして、兄様を追い出されたのって」

「勿論」


 姉様が不敵に笑われています。

 とても楽しそうですが、目は真剣そのものです。



「いい機会よ。あいつがいない間に色々と話し合いましょう。女子会よ!」

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