幕間―8 女子会 下
「……念の為、お尋ねしますが」
「何かしら」
「どういうつもりですか? しかも、私達が帰って来るなり、『今晩はみんなで此処に泊まるわよ』? 前々から思っていましたけど……」
私は目の前に座っている赤髪の美女(認めざるを得ません。彼女は本当に綺麗です)、リディヤさんを睨みつけました。凄い人だと思いますし、尊敬すべき先輩でもあります。
でもだからといって、全てを是認すべきだとは思いません。
「兄さんが常日頃から甘やかしているからって、全て自分の思う通りにしようとしないでくださいっ! そんな事ばかりしてると兄さんからも愛想を尽かされますよ? 私は別に構いませんけど」
「言ってくれるじゃない。将来の義妹とはいえ……言葉が過ぎるわよ?」
「誰が義妹ですか? 私に義姉はいませんし、将来的にそんな予定もありませんが? 私の目の黒い内は、兄さんに手出しなんかさせませんから」
「まぁ……意見を言うのは自由だものね。だけど、どうかしら? あいつは私のことが好き過ぎるし」
「ふふ……寝言は寝てから言わないといけませんよ? 兄さんは誰に対してもお優しいんです。私は『義妹』なので、別格ですけど」
「へぇ……カレン、そう言えば貴女も年頃なのだから、あいつの部屋に泊まるのは止めた方がいいんじゃないかしら?」
「その言葉そっくりそのままお返しします。兄さんはああいう方ですから、直接は言われませんが、きっと嫌がってますよ? 第一、公女殿下が男性の部屋に入り浸っているのは……どうなの? ステラ」
「えっ? わ、私??」
私とリディヤさんとの舌戦に戸惑っていたステラヘ援護を依頼します。
この子ならきちんとした意見を言ってくれる筈。
「えっと……普通は、婚約でもしてない限り、男の人のお部屋に行くことはない、かなって思うけど」
「だ、そうですよ? リディヤ・リンスター公女殿下?」
「あら? なら問題ないじゃない。私とあいつは既に両親公認」
「そ、そんなの駄目ですっ!!」
「あの、あの、アレン先生はそう言っていませんでしたっ」
「姉様、母様はそうですけど、父様はまだかと……」
「リィネ!」
「へぇ、そうなんですか。それはそうですよね。公女殿下と一般人である兄さんとが婚約なんて、あり得ませんし」
「……あの」
私達が言い争っている(兄さんは『子猫のじゃれ合い』とよく言う。そんなに甘くないですっ!)と、所在なさげにしていたフェリシアが口を開きました。
「申し訳ありません。私の件でこのような事になってしまい……やはり、私が此処に泊まります」
「駄目よ。第一、あいつは絶っっ対に、それを許可しないわ。私が言っても無駄。そうよね、カレン」
「そうですね。兄さんは、優しいし、暖かいし、身内に対して甘々ですけど……自分で決めている事に関してはとっても頑固です」
「あ、それは分かります。先生は、基本的に私達が危ない事をしたりするのを凄く嫌われます」
「アレン先生は、ちょっとだけ、その、過保護かもです」
「兄様ですから。フェリシアさん、だから気になさる必要はありません。姉様、そろそろ本題を」
「本題?」
兄さんの部屋に、自分以外の女の子が侵入するのを嫌がってるだけじゃないの?
……確かに私だってフェリシアやステラ以外だったら許可しない。勿論、リディヤさんも本当は嫌だ。
「そうね。帰ってくる前に済ませましょうか。単刀直入に聞くけれど――貴女達、あいつと将来的にどうなりたいのかしら?」
「「「「!?」」」」
突然の言葉に一瞬思考が停止する。
考えた事がない、と言えば嘘になる。だけど……。
私と同じく、驚いているステラとフェリシア、そしてエリーの顔を見ると、それぞれ表情に浮かんでいるのは共通。
何時もなら即座に反応する筈のティナとリィネが無反応……おかしい。事前に少し話をしてますね、これは。
「言葉に出さなくてもいいわ。認識を共有しておきたいと思っただけだから。結論から言うと――今の時点で、あいつと結婚して何も問題がないのは、一人しかいないわ」
「自分だと?」
「……カレン、私は真面目に言ってるのよ? 分かっているでしょう?」
「っ、ごめんなさい」
「アレン様は本当に本当に素晴らしい方だと思います。ですが……リディヤ様とリィネ、そして私とティナは仮にも公爵家の一員。対外的な困難は相当なものかと」
「わ、私は、その、あの……ア、アレン先生となら、大丈夫ですっ!!」
「……エリー? 後でちょっと話しましょうね?」
「ティナ、そうはならないわ」
最近、ステラは昔より自信を持って話せるようになってきた。
これも兄さん効果なのかしら?
「どうしてですか?」
「エリーは、グラハムにとってたった一人の孫娘。つまり、ハワードと共に歩み続けてきたウォーカー家を継ぐ身。今のアレン先生のお立場では……」
「な、なら、カレンさんはどうなんですか?」
「うちの一族は純血主義がとても強いのよ。兄さんは今でこそ一員として認められてるけど、婚姻とならば話は別でしょうね」
何より、うちの両親を悩ます事をあの兄さんがするとは思えない。
王宮魔法士に落ちた件を『父さんと母さんに申し訳ない』と未だに言ってる位なのだ。
「と、言う訳よ。つまり――フェリシア、だったかしら?」
「は、はい」
「現状、アレンと結婚して問題ないのは貴女だけ、というわけ」
「わ、私はそんな事、考えていませんっ!」
「勿論よ。第一、それを許すつもりもない。だからこそ、さっきの問いを繰り返すわ。貴女達はどうしたいの? あいつには才覚がある。だけど、上昇志向はない。王宮魔法士を受験したのだって御両親と……私の為よ。あいつとの将来を考えているなら、手段を選んではいられない。強制的に、私達であいつを偉くするしかないのよ」
大事な話をしている時に、しれっとノロケましたね? 確かにそうでしょうけど。面白くはないです。
けれど、リディヤさんの言う事は的を得ています。今のままいけば、この場にいる私達の想いは間違いなく報われないでしょう。
なら、言うべき台詞は一つだけ。
「決まってますっ! 先生に偉くなってもらって、それで、それで――えへへ」
そう易々と、リディヤさんは勿論、目の前で身体をくねらせているティナには渡しません。ステラや、自分では隠せていると思っていますがバレバレなフェリシアにもです。兄さんは、私だけの兄さんですから。
――後から考えれば、この日こそが運命の分岐点でした。その事を私が思い出すのはまだまだ遠い先のお話。
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