幕間―9 あるメイドの独白

「少し遅れました。皆、集まっていますね?」


 部屋にその方が入ってきた途端、空気が変わりました。

 そのまま檀上に上がられたのは、四大公爵家の一家であるリンスター家、そのメイド隊の頂点、メイド長のアンナ様です。

 とてもとても優秀、かつお綺麗な方で、私達全員の憧れ。

 先輩達からお聞きした話だと、旦那様や奥様からリンスター家の重要なお仕事に対して、全権委任権まで預けられているそうです。ちょっと想像出来ません。

 何時もは気さくな方で、新米メイドな私に対しても優しく話しかけてくださいますが……今日は違います。真剣な表情をされています。

 静かに言葉を待つ私達(約10名程)を見渡し、アンナ様が口を開かれました。


「集まってもらったのは他でもありません。昨日、私は旦那様、そして奥様から、特別な――そう、本当に特別なお仕事を与えられました。貴女達にはそのお手伝いをしてもらいます」


 特別なお仕事! 

 心臓が高鳴ります。何をするのでしょうか?

 周囲にも緊張とある種の高揚。

 そんな私達を見たアンナ様が、くすり、と笑われ表情を少し崩されます。


「少し言い方を間違えましたね。貴女達がする仕事はそれ程、変わりません。料理、掃除、事務作業、何時もお屋敷でやっている事と同じになるでしょう。ですが――だからこそ、今回のお仕事は一筋縄ではいきません」

「メイド長、それっていったいどういう意味なんです? 勿体ぶらないで教えて下さいよ。気になりますっ!」


 古参の先輩の一人が、挙手して質問をされました。

 ……流石です。今の私にはこの場で質問する勇気がありませんし、アンナ様へあそこまでくだけた態度で接することなんか出来ません。


「いいですか? 今から話す事はまだ他言無用です。この度、我がリンスター家、そしてハワード家は、新商品の取引窓口を一本化することとなりました。私はその窓口役に就かれるお方の補佐役となります。貴女達も同様です」

「「「「!?」」」」


 皆がざわつきます。

 メイド長であるアンナ様がわざわざ補佐役に付かれる……普通ならあり得ない事なのは私にだって分かります。何しろ、既に奥様、そしてお嬢様方の専属なのですから。

 つまり、その窓口役の方はそれだけ重要人物、ということなのでしょうか?


「誰なんですかいったい? メイド長を補佐役に付ける判断を奥様がされて、お嬢様方からも許可が問題なく出る……あ、わっかりましたっ。そういう事なら異存無しですっ。確かに大変ですねっ、このお仕事っ! うう~燃えてきたぁぁぁ!」


 先輩は何故か納得されています。

 見れば、他の古参の方々も頷いておられます。逆に私のような新米、そして南から来たばかりの先輩の方は首をひねっています。


「メイド長、申し訳ありません。私達にはどなたなのか分からないですが……」

「ああ、そうでしたね。これを機会に覚えておきなさい。何れ、私達のご主人様となられるだろうお方ですからね。そのお方のお名前は――」



※※※



 ある日の早朝、意気揚々と建物前を掃除しようとした時、気付きました。

 塵一つ落ちていません。中に入り、廊下や窓ガラスを見るとやはり同じです。明らかに誰かが掃除をし終えています。 

 ……またですか。

 ちょっと、苛々しながらわざと廊下を乱暴に歩いて、執務室へ向かいます。

 扉をノックすると、何かが落ちる音。やっぱりです。


「失礼します……今朝もお早いですね、アレン様」

「お、おはようございます。貴女も早いですね。まだ、誰も来ていませんよ?」

「そうですね。一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「な、何でしょう?」

「ど・う・し・てっ! 御自身でお掃除をされたんですかっ! それは私達のお仕事です。もう少しゆっくりなさってて下さい!」

「いやぁ、つい、ですね」

「つい、じゃありませんっ! アレン様はただでさえ、お仕事をされ過ぎなのですから……そういう所は、私達を頼ってくださらないと駄目ですっ!」


 私がアレン様のお仕事を、アンナ様達と一緒にお手伝いを初めてから、約三ヶ月が経ちました。


『初めまして、アレンです。色々と未熟なのでご面倒をおかけするかと思いますが、よろしくお願いしますね』


 初めてお会いした時は驚きました。

 てっきり、もっと男らしい方だと勝手に思い込んでいたからです。

 実際のアレン様は、とても穏やかで、上限がないのでは? と思う程に優しく、そして――想像以上に凄い方でした。

 毎日、膨大な資料読みこなしつつ、的確かつ最適な判断を下し、次々と商談を成功に導き、私達への配慮(『ちゃんとお休みを取ってくださいね? 取らない人は強制休暇とします』『お菓子を焼き過ぎてしまいました。皆さんで食べてください』等々。お菓子は今まで食べた中で一番美味しかったです!)をも示してくださいます。

 しかも、このお仕事以外に、お嬢様方の家庭教師までされているとのこと。いったい、何時寝ておられるんでしょうか?

 アレン様と出会い、人は本当に凄いと思った時、語彙を喪うという事を、私は学びました。

 先輩が『奥様が目にかけて、リディヤお嬢様とリィネお嬢様がゾッコンなのが分かるだろっ? あの人は本当に凄いのさっ!』と言われてましたが、心から同意せぜるをえません。

 最近は何時か、本当に御主人様になってくれたら、ってこっそり思っています。

 あと、これは誰にも言っていませんけど……ちょっといいな、って――こほん、今のは内緒の内緒です。

 そんな方なのですが、一つだけ大きな不満があります

 私は出来る限り怖い表情をつくり、何度目か分からないお説教を開始しました。



「いいですか? アレン様が朝早く来られてお掃除や、私達の軽い食事を用意する必要は一切ありません。それは私達のお仕事ですっ!」



 しかもその質が私達と同等、もしくは高いんです。うぅ……。

 アンナ様が仰っていた『一筋縄ではいかない』と私達は毎日、戦っています。

 貴方が何でも出来てしまうのは分かりました。分かりましたから。

 これ以上、メイドの仕事まで覚えようとするのは止めてくださいっ!

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