幕間―10 禁書

「……ちっ、今日も生きていましたか。そろそろ、くたばってもいいんですよ?」

「はっ! 貴様より早く死ぬ筈がなかろう。それと、仮にも私の方が年上なのだぞ? 敬意を払え、敬意を」

「死んでもごめんですね。ああ、今のところ僕が死ぬ予定はありません。年上といいますが、1年を300回繰り返してるだけの貴方に敬意を持て? 寝言は寝て言ってくれませんかね?」

「……ここで、決着をつけても構わんのだぞ……?」

「やれるものならやってみるといい……!」


 目の前で踏ん反り返っている阿呆――王立学園学園長ロッドを睨みつける。

 奴も睨み返してくるが、怖くもなんともない。僕の教え子を誰だと?

 お互い、睨み合いを続けていたものの、ほぼ同時に溜め息をつく。

 ……不毛だ。余りにも不毛過ぎる。

 テーブルの上に置かれているのは魔王戦争以前に書かれた禁書。

 我が愛すべき教え子に押し付けられた――いや、どっちかと言うと謀られた代物。しかも、解読が済むまで付き纏う魔法がかけられているオマケ付き。彼、僕に対してやたらと厳しい気が……。

 当初は、自力での解読を試みたものの、古代語+暗号化が施されており、最初の頁で挫折。

 歯軋りしながら、目の前で肩を落としている男を訪ねたところ、どうやら奴もリサから脅されていたらしく、ここに奇妙な共闘体制が成立した、という訳だ。

 何という恥辱っ!

 こんな、長生きしてるだけで自分は偉いと思い込んでいる阿呆と、この私が同じ部屋で、忌々しい禁書に挑まねばならないとはっ! 

 嗚呼、神よ……幾ら何でもこれは酷すぎます。いや、別に僕は信仰心などないですが、意趣返しにしては過酷過ぎませんか?

 だが……ようやく、この苦行も今日終わる。終わるのだっ!


「……で、どうだったんです?」

「……何がだ?」

「決まっているでしょう。最終頁の解読ですよ。暗号自体の解読鍵はそちらへ先日送った筈。届いていない、とは言わせませんよ? 僕の使い魔が貴方のサインを貰っていますからね。古代語解読は無駄に長く生きている貴方の役割でしょう」

「…………提案をしたい」

「何です?」

「この解読結果を、彼に――アレン君へ報告するのは止めておかないか? これは、このまま封印すべきだ。今ならば、私と貴様が黙っていればいい」

「ほぉ」


 この男がこんな事を口走るとは、何とも珍しい。

 つまり、書かれていた内容は『当たり』だったという事ですか。


「貴様にかけられている魔法は私が責任を持って無力化することを約束する。この内容を彼が知れば……何れ、最終解へと辿り着きかねん」

「まるで、貴方が答えを知っているかのような口振りですね? 『大魔法』は貴方達、エルフはもとより、他の長命種からも喪われて久しい筈……この世界でその謎を知っているのは、それこそ大秘境に未だ隠れ住むという『最後の英雄』のみなのでは? それも眉唾だと僕は思っていますが」

「……人族が知らぬ事実を知っている事は否定しない」

「どういう意味です? もしや、エルフ族は『大魔法』を未だに」

「違うっ! 貴様にも分かっていよう。人族程ではないにせよ、我等の魔法が衰えつつあるのは。当初の目論見を超え、は世界を覆っている。この流れは――止まらぬ。一部の例外達を除き、魔法は衰退していくだろう。そして、魔王戦争を知る我等であっても『大魔法』は謎に包まれている。人族の間で失伝した、幾つかを知っているだけだ。各種族の大長老達なら、それ以上を知っていようが……あの方達は、絶対に語られぬ。『大魔法』は、今や禁忌なのだ」

「……で? どうして、アレンに本を見せれられないと?」

「見ろ」


 禁書の最終頁が開かれる。

 古代文字の羅列。そこに、奴が手をかざす。僕が作成した暗号の解読鍵が展開されて、文字が動き回り、やがて止まった。

 続けて、翻訳魔法が発動。文字が現代語へと変貌していく。戦慄が走った。

 こ、これは、僕の間違いでなければ……。


「流石は『剣姫の頭脳』、と言うべきなのでしょうね……。最初の頁を解読した時は、腸が煮えくりかえりましたが。などに何の意味が、と」

「『大魔法』は魔王戦争時点で既に禁呪だった為、知る者はあの時点でさえ希少となっていた。当然、魔法書などこの世に現存しない可能性は高い。あの戦争で全ての書物が集められていた『大図書館』も焼け落ちたからな」

「けれど、実際に戦場では使われている。『天雷』の跡地調査は僕も行いました。何も分かりませんでしたがね」

「うむ。故に彼はこう考えたのだろう。『大魔法の魔法書が現存している可能性は限りなく低い。が、魔王戦争等々、歴史の中で、人の手によって使用されてきたのは事実。ならば……がいる筈だ』と」


 そう、彼が僕達へ託した禁書――それは、単なる古代時代の日記帳だった。

 書いていたのはどうやら当時の貴族令嬢。旧帝国のかなり上流階級で、魔法に類稀な才を持っていたようだ。

 

 ……自分の日記帳への『鍵』をかける程に。

 

 どうやら、それが災いして禁書指定されてしまったようだが、結果的だけをみればそれは間違いなく正しかった。

 解読してみれば、延々と続く愚痴の数々と恋敵への恨み妬み。

 そして、甘ったるい幼馴染への想い。

 何度、投げ出したくなったか分からない。

 

 ……が、途中から一気にきな臭くなっていった。

 

 通っていた学校が迫る戦争を前に閉鎖。

 領地に戻った後は、連日続く準備。

 始まった隣国相手の戦争。

 物資が少しずつ乏しくなっていく様子。

 自らの兄と――想いを寄せていた幼馴染の死。

 日々近くなってゆく戦場。

 敗色濃厚な帝国軍から届けられた彼女に対する出兵命令。

 その直後に書かれていたのは


「これが最終頁。後は文字が乱れ過ぎて解読不能ですか」 

「ああ。おそらくは……精神を保てなかったのだろう」

「……なるほど」


 確かにこれを彼が見れば辿り着くかもしれない。

 僕や目の前にいるいけ好かないエルフが、恐怖の余り立ち竦むかもしれない事実であったとしても、彼はそこを目指す事に躊躇しないだろう。

 しかし――


「人生を賭してまで行うことではない、そう言いたい訳ですか」

「貴様も分かっている筈だ。彼はこれからの王国に絶対に必要だと。それをわざわざ危険に曝す程、この国に余裕があると思うか? 彼ならば辿り着くかもしれん。だが、辿り着いてどうする? 今でさえ、その才を危険視する馬鹿が多いのだっ! そんな彼が今や使い手もいない『大魔法』を手に入れれば――」

「いらぬ厄介事を招き寄せるのは間違いないでしょうな。そして、彼がその路を目指せば――もれなく王国の、いいえ、大陸屈指の才媛達も続くことになる」

「……そんな事、断じて許容出来ぬ! 私はこれでも、この王国をから託されているのだっ!」

「貴方の考えは分かりました」


 もう一度、禁書……いや、ある意味でこれは呪書なのだろう。

 最終頁に書かれていたのは、隣国への凄まじい憎悪。人はこれ程までに誰かを憎めるのだという証左。そして、

 

 ――有り余る才を持った少女がその命を捧げ書き上げた未完成の魔法式――

 

 僕はこれを知っている。いや、正確にはその歴史を学んでいる。

 確かに、彼をこんな禁忌に関わらせるのは……。



、ですか。かつてこの国で使用され、僕等がよく知るを、一発で消し飛ばした悪夢の殲滅魔法、その一歩目――この書物は良くも悪くも歴史に名を残すでしょうね。最終頁にこれを遺した事で」

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