ヴァレンタイン特別編

ヴァレンタイン特別編 甘い一日 上

注意! 本編とはまったく関係ありません。あくまでも、特別編です(笑)

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 起きると、そこにあったのは見知らぬ天井。

 はて? 此処は何処だろう。寝ていたのは……上質なダブルベッド。

 周囲を見渡しても、調度品に見覚えがない。やたらと高級品な気が……。

 近くの丸テーブルの上には、あ、これは分かる。僕が愛用している手帳だ。

 ノックの音とよく知っている声。


「兄さん、寝ていますか?」

「起きてるよ」


 扉が開き、不満そうな顔をして入って来たのは、自慢の妹であるカレン――だけれど。あれ? 


「もうっ! どうして起きてるんですかっ! 今日はゆっくりだって、昨晩言ってましたよね? そういう時は、朝の鍛錬も止める、という約束をお忘れですかっ!」

「――カレン」

「何です? 今更、謝っても」

「綺麗になったね」

「!?」

「何時も可愛いけれど……今日は凄く大人っぽく見えるよ」

「に、に、兄さん、そ、そんな事言っても許して」

「僕が変なのかな? ちょっとドキドキしてる」

「はぅ」


 カレンが膝から崩れ落ちそうになる。おっと、危ない。

 軽く抱きしめる――こんなに、育ってたかなぁ?

 胸の中でカレンの目が潤んでいる。


「……今日の兄さんも卑怯です……」

「ははは、そうかな?」

「……バカ」


 優しく頭を撫でて、立たせてやる。

 何故か不満気。


「……キスはお預けですか?」

「カレン、僕達は兄妹だからね?」

「……その台詞、懐かしいですね。まぁ、いいです。朝食が出来てます。早く食べて一緒に出ましょう」

「ありがと」


 はて、懐かしい? 毎回、会う度に言ってるけどな。

 なお、朝食はとても美味しかった。何時の間にこんな腕を……流石は僕の妹だ。


※※※


「それじゃ、兄さん。今晩はリンスター家に集合ですからね。絶っっ対に忘れないでくださいね?」

「うん。大丈夫だよ。手帳にもそう書かれていたからね」

「あ、あとですね……これを」

「うん?」


 カレンが小箱を差し出してきた。

 微かに甘い香り。


「これは?」

「えっと、ですね……今日はその、東の国では――へ感謝の証として、お菓子を渡す日なんだそうです。だから、あの……そ、そう! 何時も感謝してますっ」

「ありがと。嬉しいよ」

「~~~っ」


 笑顔で受け取ると、顔を赤らめたカレンが逃げるように駆けていった。速っ。

 ……肝心のところが小声で聞き取れなかったけど、まぁ感謝の証なのだろう。

 僕の妹は、本当に出来た子だなぁ。

 さて――手帳を開いて、予定を確認。

 どうやら、今日の午前中はリンスター・ハワードの合同商会へ顔を出さないといけないらしい。まだ、商会にはしてない筈だけど。

 まぁいいや。きっとフェリシアがいるだろうから最新情報を聞いておこう。

 ……あと、この住所は使ってる建物とは違うような……。


※※※


「おはようございます。お早いですね、会頭」

「会頭?」

「何をとぼけておられるんですか。一応、ここは仕事場なのですよ? 朝から困らせないでください」

「ごめんなさい。あ、それと」

「まだ何か?」

「何時から建物を変更したんでしたっけ?」

「また、言ったそばから私を試されるんですか? 丁度1年前です」

「そうですか。ありがとうございます。フェリシアは頼りになりますね」

「……誤魔化されませんからっ」


 住所に辿り着いた僕を待っていたのは、3階建ての真新しい屋敷だった。

 入り口には『アレン・フォス商会』と掲げられている。ふむ?

 疑問を抱きながら、中へ入って行くと、見知ったメイドさんに遭遇。ここまで案内されて来たのだけれど……。

 執務室の調度品はほぼ変わっていなかった。花瓶が増えた位かな。

 が――待っていたフェリシアを見て驚いた。確かに、化粧を覚えたら化けるとは思っていた……でもまぁ。


「……何ですか、その目は? また、私をからかわれようとされてますね?」

「違いますよ。フェリシアに見惚れていただけです」

「…………もう一度お願いします」

「前までは、緊張感が表に出ていたけれど、今はとても柔らかくなりましたね。とってもいいと思います」

「……こちらへ来てください」

「?」


 言われた通りに、フェリシアの横に立つ。

 すると、いきなり抱きしめられる。へっ?


「フ、フェリシア?」

「……貴方が悪いんです。何時も何時も何時もっ、言ってるじゃないですか。仕事中はそういうの禁止にしてください、と。そうじゃないと――私だって色々我慢してるんですよ?」

「ご、ごめんなさい。取りあえず、離して」

「駄目です。充電が必要と判断しました。これは緊急措置です」


 ……うん。今ので確信した。これは夢だろう。

 変だ、変だと思っていたけど、幾ら何でもフェリシアが僕に対して、ここまでの好意をあからさまに示すなんて、ちょっと考えられない。しかも仕事場で。とっても真面目な子だしね。

 ……妙に現実感がある夢だけど。

 かなりの時間、僕のことを抱きしめていたフェリシアは、名残惜しそうに離れると、そっぽを向いて早口でこう言った。


「今日はもう何もありません。急な仕事もありませんし、お帰りください。いえ、嘘です。用はあります。これです」


 こちらを見ないまま小袋を差し出してくる。

 君もなのかな?


「日頃の感謝の証です。クッキーが入っています。どうぞお食べください。さ、もう用は済みました。お帰りを」

「フェリシア」

「な、何ですか? 言っておきますけど、それは市販品ではなく手作りです。ちゃんと味見もしました。美味しい筈……です」

「大事に食べますね。あと――こっちを見て、可愛い顔を見せてくれませんか?」

「ふぇ」


 真っ赤になった顔をおずおずと此方へ向き直る。

 視線を合わせ微笑む。


「ありがとう。今日は押し掛けてすいませんでした。また、後で会いましょう」

「……アレン様は、とっってもズルい人です……」 


 フェリシアが肩に頭をこすりつけてきた。

 まるでカレンみたい……痛っ。


「……違う女の事を考えていましたね? 仕方ないですけど、でも駄目です。今は私の、私だけのアレン様なんですから」

「ははは……」


 う~ん、案外と独占欲が強い。意外……でもないか。

 この後、何だかんだ言いながら中々帰れず、午前中いっぱい仕事を片付けることになった。


 ――夢の中でも仕事するなんて。僕、思ったより疲れてるのかなぁ。

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