第38話 予兆

「副団長、全員配置につきました。最早、この屋敷から逃げ出すことは不可能です。御命令があれば何時でもとりかかれます」

「ありがとう。取りあえず待機を」

「はっ!」


 緊張した様子で、部下の近衛騎士がさがってゆく。

 さて、あちらはどうかな?

 懐から通信用の宝珠を取り出し、呼びかける。


「『大剣』、準備はよいかい?」

『リチャードか。遅いぞ。こちらの準備はとっくの昔に完了している。どうやら、鍛え方が足りないようだな。帰ったらまた訓練だ!』

「団長、名前を出したら意味がないだろう? 傍受されたらどうするのさ。僕は嫌だよ、こんな僻地をこれ以上転々とするのは……もうかれこれ、一ヶ月じゃないか。いい加減、王都が恋しい。この前だって誰かさんが派手に暴れなければ逃すこともなかったんだから、今回は確実にいこう」

『ははは。貴様は心配性だなっ! 問題あるまい。周囲は完全に囲んでいる。袋の鼠だ! 余り色々気にし過ぎると、禿げるぞ? そうしたらあの可愛らしい婚約者にも愛想をつかされてしまうだろう? あのお嬢さんにとってはその方が良いかもしれんが。何しろ、貴様の溺愛っぷりは、流石の俺でもひくからなっ!』

「……それ以上、不吉なことを言ったら如何なる手を使ってもお前を殺す……」

『ほぉ、我が副団長殿はこの俺に盾突くつもりか。面白い。何時かは決着をつけねばならないと思っていた。こんなつまらん任務よりも……いっそここでやるか!』

「そんな事を言っていいのかい? 僕が何も知らないとでも?」

『な、何をだ。つまらんはったりをつかって動揺を誘おうとも、この俺には通じんぞ!』

「へぇー」

『……つ、通じんぞっ!!』


 宝珠からは動揺した声。

 どうやら、思い当たるふしがあるらしい。

 当然だ。既にネタはあがっている。後はこれを誰に渡すか、だけ。

 そして、当然渡す相手は決まっている。


「今回の任務中に行った娼館」

『悪かったっ! 俺が悪かったっ!! だから……頼む。あ、あいつに……嫁にだけは言わないでくれっ。こ、殺される……殺されてしまう。む、娘にゴミ屑を見るよう目で見られるのは嫌だ……嫌だぁぁぁ』

「ははは、団長。僕と君の仲じゃないか。そんな事はしないよ。何年の付き合いになると思う? 僕は味方だよ」

『リチャード……すまない。てっきり、お前はあいつの回し者かと』

「当然、彼女のね。大まかな内容は文面で逐次報告済みさ。おや? 僕が持っているこの宝珠はなんだろう? おお! 我が近衛騎士団団長が、酒場で羽目を外している姿が映っているじゃないか。しかも、女の子にデレデレして。何々? 『うちの嫁は昔は可愛かったんだ……昔は。それが今じゃ』」

『――よし! 仕事の時間だ。とっとと終えて色々話し合おうじゃないか。中でな』

「了解。手練れは本人しかいないと思うけど、気を付けて」

『ふん、誰に言ってるのだ。貴様もな……間違ってもその宝珠、王都へ送るなよ? 信じてるからな?』


 通信が切れると同時に聞き耳を立てていた、騎士達から失笑が漏れる。

 ま、緊張がほぐれてくれたのなら何より。

 事前情報だと、危険はない筈だけど、油断は大敵。けれども、肩に力が入り過ぎていても困るからね。


「総員傾注」


 周囲にいる部下達に声をかける。今回の任務は、特殊も特殊なので精鋭揃い。近衛騎士団の屋台骨を支えている熟練者ばかりだ。

 適度な緊迫感。良いね、本当に素晴らしい。


「既に皆、理解していると思うが改めて明言しておく。今回の作戦目的はあの御方――ジェラルド王子の拘束だ。知っての通りあの御方は、まぁやんちゃが過ぎて、春先に王国東部地区で謹慎となられた訳だが、それを逆恨み。一部の貴族や、商人と結託し、あろうことか王国への謀反を画策している。そして、僕等がそれを潰して回っているわけだね」

「副団長」

「何だい?」

「この一ヶ月余り、あの愚……王子を追い続けて思ったのですが、どうしてここまで金と人が集まってるんでしょうか? そこまで人望があるとは到底思えないんですが……」

「彼に価値はないよ。あるとしたらそれは彼の『血』さ」

「『血』ですか?」


 どうやら、ピンとこなかったらしい。

 当然か。叩き上げである彼等からすれば、何事もあくまでも実力ありき。  

 海千山千の熟練者達だから、『血』なんてものが最重視されて、それによって人と金が集まってくることを、理解は出来ても納得出来ないのだろう。

 そう言えば、うちの母親も明確な実力主義者だ。何しろ、自分の娘達とアレンを積極的にくっつけようとしてる位なのだから。

 確かにアレンは、リディヤとリィネに相応しい男だと思う。今までもそうだったけど、この数ヶ月の活躍ぶりはリンスター家の内外で絶賛されている。何しろ、あっと言う間に王都内の各種利権に風穴を開け、一目を置かれるようになっているのだ。並大抵のことじゃない。

 このまま出世していけば、いずれ本気で婚姻が成立する可能性もある。まぁ、その前に色々なところからの申し出が凄そうだけど……うちの妹達が荒れ狂うのはまず間違いない。アレン、頑張れ。応援だけは何時でも何処でもしよう。

 何にせよ、実力で今までの階級制度を崩し、社会全体の新陳代謝を促す存在は確実に増えつつある。それが時勢。

 

 ……が、世の中にはそう思わない馬鹿も未だ多いのだ。


 人の出自のみだけを重くみて、それ以外は徹底的に軽んじる連中は、他国に比べれば少なくなってきているものの、しぶとく生き残り続けている。

 現国王陛下の時代になって、実力主義が勢力を強めた経緯もあり、その鬱積した思いが『第二王子』と結びつき今回の面倒事になった、という訳だ。

 


「いいかい? あくまでも拘束だ。殺害じゃないことに留意せよ」

「「「はっ!」」」

「それでは、諸君。お仕事の時間だ。とっとと終えて、帰ろう。我等が王都へ」



 ――この時、僕はまだ甘く考えていた。いや、僕だけじゃなく、王国内でこの一件を知っていた上層部の全員がそうだったのだろう。

 ジェラルドが愚か者であることはよく知られていたし、たとえ少数の不満分子と結託してもたかがしれている。そう誰しもが考えていたのだ。

 謹慎(実質的には軟禁だ)していた場所で、彼が何を見つけ、何を呼び起こしてしまったのか……それを身をもって知ることになるのは、もう少し先の話。

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