第5話 交渉相手
僕達が通された屋敷の一室は、南都のリンスター公爵家の屋敷に勝るとも劣らない豪華さだった。
ミニエーは既に侯爵を呼びに行き、不在。
僕の左隣を確保したフェリシアが小声で囁いてくる。
「(……アレンさん、このお部屋にある物、全部最高級品です。例えば、このソファーです。王都でも滅多に手に入らない、大陸東方の珍しい材料がふんだんに使われています)」
「(みたいですね。屋敷内を警備している兵士達の装備も上質でしたし……流石は、長くララノア共和国の権力中枢にいる、アディソン家、といった所でしょうか)」
「(…………どうして、父はこんな家と話を)」
フェリシアは顔を曇らせ、膝上で小さな拳を握り締めた。
この子の父親であるエルンスト・フォスは、王国動乱後、行方不明になっている。同時に……その社会的立場は『中規模商会の会頭』に過ぎない。
加えて、愛娘の輝かしい未来を捻じ曲げた僕のことを、決して好いてはいなかった。なのに、どうして僕の名前を……?
右隣のティナが不満そうに顔を近づけてきた。
アンコさんを肩に乗せたリリーさん、そしてエリー、ギル、ゾイは後方で警戒態勢を敷いている。
「む……先生、フェリシアさん、内緒話ですか?」
「! ち、違います。た、ただ、調度品が素晴らしいなぁ、って……」
「あ、確かにそうですね。このソファーもふかふかですし」
ティナとフェリシアが僕を挟んで楽しそうに会話。
こういう物怖じしないところは、ハワード公女殿下だな、と思う。
――扉が開き、ミニエーが戻って来た。
「お待たせした。閣下がお会いになられる――ただし、アレン殿、御一人でだ」
部屋の空気が一気に緊迫感を増した。
ティナとゾイは言うに及ばず、普段は抑える側のギルやエリーまで、険しい顔。
……仕方ないなぁ。
僕は立ち上がって振り返り、普段と変わらない様子の年上メイドさんへ目配せ。
すると、リリーさんは嬉しそうに片目を瞑り、唇を動かした。一つ、貸しですよ?
ミニエーへ返答する。
「分かりました」
「先生っ!」「アレン先生っ!」「アレンさん……」
ティナとエリーが叫び、フェリシアが不安そうに僕を見つめてくる。
軽く左手を振り、早くも臨戦態勢のゾイと、『雷王虎』を静謐発動させようといてるギルの魔力を散らす。注意。
「大丈夫ですよ。幾ら何でも、王国からわざわざ呼び寄せておいて、乱暴なことはしないでしょう。ゾイ、ギル、それは過剰だ。あと――見せるべきじゃない。ティナもですよ」
「……はーい」「……うっす」「…………せんせぃ」
後輩達とティナが項垂れる。
エリーと視線を合わせ、頷く。それだけで、天使様は納得してくれる。
手を伸ばし、フェリシアの額を指でつく。
「きゃう。ア、アレンさん……?」
「こういう時、女の子の涙は禁止です。きっと、美味しいお茶とお菓子が出て来ると思うので、吟味しておいてください。ですよね、ミニエー中佐?」
「ああ。期待してもらっていい」
「…………う~。分かりました」
番頭さんは不承不承、頷いてくれた。
その隣では、ティナが前髪を上げ、視線で僕へ無言の要求。
頭をぽん、とし中佐を仕草で促す。
「! せ、先生! 違い、むぐっ!」
「テ、ティナ御嬢様、だ、駄目ですぅ」「大人しく待ってましょうね~♪」
エリーが口元を、リリーさんが肩を抑えティナの動きを封じた。
最悪の場合でも、アンコさんとリリーさん、ゾイがいてくれれば、屋敷だけでなく、都市からの離脱は問題ないだろう。
――それこそ、『勇者』や『彗星』に匹敵する存在が出てこない限りは。
部屋の外からミニエーが僕を呼んだ。
「アレン殿」
「今、行きます」
※※※
屋敷内も贅を尽くした作りだった。
小さな調度品にも手が抜かれておらず、一家庭教師な僕からすると、少々気後れを覚えてしまう。
赤絨毯が敷かれている長い廊下を先に進みながら、ミニエーが口を開いた。
「……無理だとは思うが、そこまで警戒しなくていい。閣下はこの国の誰よりもお前を知っている。下手に手を出せば、すぐさま王国との全面戦争に発展しかねないこともな」
「有難いですが、過剰評価ですよ。まぁ、あの子達に危害を加えたら、そうなるかもしれませんが。いや? その前に都市が永劫の闇に呑まれるかもしれませんね」
「……恐ろしいな」
中佐がくぐもった声で笑う。
――確かに調度品や装飾は素晴らしい。
けれど、それ以上に建材が重厚。下手な軍事施設を遥かに超えているだろう
つまり、ララノアの政情はそこまで。
「着いたぞ」
ミニエーが重厚な木製扉の前で立ち止まり、促してきた。
此処から先は、僕一人、と。
会釈し、ノック。
「――入ってくれ」
老人の声がした。
部屋の中へ。中佐が扉を閉める。
――そこは、共和国を実質的に建国し、百年に渡り国家の重鎮だった家の当主がいる部屋としては極めて殺風景だった。
あるのは古い執務机と椅子のみ。
窓の都市の夜景を眺めていた総白髪で、白の軍服を着ている男性が振り返った。
歳はワルター様や教授よりも、一回り上に見える。
秀麗な顔立ちだが、目の下には隈。疲労の色が濃い。
「よく来てくれた――『剣姫の頭脳』殿。オズワルド・アディソンだ」
「狼族のアレンです」
名乗り、視線を合わせる。
窓の外では、大勢の人々が行進しているようだ。何かを叫んでいるようだが……屋敷内には聞こえてこない。
閣下が顔を顰めた。
「天地党の連中による扇動だ。先の選挙結果の有効を連日訴えている。あれで不満が解消されてくれればいいのだが、一部の強硬派は秘密裡に武装を収集している」
「……よろしいのですか? 外国人である僕が聞いても?」
「構わぬ。百年前の建国戦争では『ウォーカー』と『死神』の力も借りた。王国には何れ分かることだ
「……なるほど」
顔に出さぬよう努力しながら、今の言葉を咀嚼。
……『ウォーカー』はともかく、あの人は当時、帝国にいたんじゃなかったのか!?
閣下が椅子に腰かけた。
「すまないが、もう老人なのでな、座らせてもらう――では、交渉を始めるとしよう。端的に言う。ここまで来てもらった君には悪いが、私が望んでいるのは、王国との講和でない」
「…………と、言いますと?」
二度目の衝撃を受けつつも、辛うじて尋ね返す。
腕を組んだ老人が僕を見た。
「私が望むのは……息子と一族の貴国への亡命だ。近い内に我が母国は滅ばされる。禍々しき魔女に踊らされた者達の手によってな」
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