第4話 魔工都市
ララノア共和国はとても若い国家だ。
今から約百年前——ハワード公爵領へ侵攻せんとしたユースティン帝国軍は、魔王すらも畏怖せしめた『軍神』の前に惨敗に次ぐ惨敗。
帝国は大陸北方に位置しながら穀倉地帯として名高かったガロアを喪い、丸裸にされた帝国南方を守る為、軍備増強を推し進め、再戦を期さんとした。
が……それに、帝国東方の有力者であり、『北方戦役』にも従軍したアディソン侯爵が真っ向から反発。
『ハワード、ウォーカーとの正面戦争なぞ愚の骨頂。陛下と軍部は、ロストレイでどれ程の血が流れたか、理解しておいでではないのかっ!』
議会での演説には、駆り出された多くの帝国東方貴族達も同調したと伝え聞く。
『ロストレイ会戦』と言えば、ハワード公爵が寡兵を持って三倍以上の帝国軍を包囲殲滅してみせた戦いとして、戦史に名高い。
帝国南方をも席捲せんとしたハワードの暴威を、辛うじて喰いとめたアディソン侯爵には分かっていたのだろう。
――今の帝国軍では、王国軍には勝てない、と。
しかしながら、人とは正論だけで動く生き物ではない。
豪華な馬車に揺られながら、話を続ける。
「結果……当時の帝国皇帝は、突如として東方領廃止を布告。そこから、名高き『独立戦争』が始まった。合っていますか? ミニエー艦長?」
「……合っている」
唯一人、同乗しているミニエーは重々しく頷いた。
――四英海沿いの港湾都市で軍艦下船後も、この軍人さんは僕等と行動を共にしている。グリフォンに乗るのは初めてだったらしく、大分驚いていた。
追随している馬車にはティナ達とアンコさん。
リリーさん、ギル、ゾイが一緒の時点で、相手が誰であろうと二撃までは間違いなく防げる。黒猫姿の使い魔様は、万が一の保険だ。
僕は馬車のカーテンを少しだけ開けた。
――異国の夜の街並みが目に飛び込んできた。
多くの塔と外套が立ち並び、馬車や車、そして多くの人々が行き交っている。建物壁には
どうやら、選挙の宣伝用のようだ。
素直に感想を述べる。
「建国して百年でこの繁栄ぶり……見事ですね」
「そうだといいんだがな。わざわざ、俺だけを乗車させたんだ。何か聞きたいことがあるんだろう?」
「ええ」
僕は頷き、カーテンを閉めた。
車内が再び薄暗くなる。
「端的に――貴方が旧アディソン侯爵直々の使命を受けて、使者となったのは理解しています。だからこそ、分からないんです。いったい、何をそんなに恐れておられるんですか?」
「……分からんよ。所詮、俺は一介の軍艦乗りに過ぎない。政治は門外漢だ。だが、閣下は俺の元教官。新米だった時分、散々世話になった。そんな人に『ミニエー、お前にしか頼めんのだ』と言われたら、断れない」
「つまり……光翼党と天地党の直接対決は避けられない、と、旧侯爵はお考えなんですね?」
「…………お前さん、本当に何者なんだ? 知らないことはないのか?」
ミニエーが渋い顔になり、額に手を置いた。
濃い疲労が滲み出ている。
「……旧アディソン侯爵家と言えば、言わずと知れた建国の英雄。共和国成立後、貴族制度は廃されたが、その影響力は今でも健在。閣下も軍を退役後、光翼党の重鎮として活動されてきた」
「けれど、先の選挙で天地党が大勝。初めての政権交代となる所だったのに――不正が発覚。王国との正式講和すら終えてない情勢下で、内乱の恐れが出てきた。だからこそ、当初の強硬路線を大転換し、秘密交渉を、と申し出された」
僕は言葉を引き取る。
馬車が石でも踏んだのだろう、軽く弾む。
道路の整備等は王国の方が先んじているようだ。
僕は小首を傾げた。
「……筋は通っているように見えます。けれど、違和感は拭えません。旧侯爵は何をそれ程、恐れておいでなんでしょう?」
「貴国の介入」
「違いますね。王国は貴国の領土に興味がありません。まして、国内粛清中の帝国は動くことすら出来ないでしょう」
「…………」
ミニエーの顔に苦衷が浮かぶ。
ここまでの数日で、人となりは知れている。
ミニエー・ヨンソン中佐は中々の人物だ。
危ない橋を渡らせてまで、この人を出迎え役にしたのは、間違いなく任を果たしてくれる、という厚い信頼あってのこと。
淡々と自分の意見を述べる。
「――旧侯爵閣下は、確信されているんだと思います。この争いは大乱になり、下手すれば亡国になる危険性を孕んでいる、と。教えてください、天地党とは何なんですか? 建国の英雄が脅威を覚える程の相手、と?」
「………………あんたの異名の意味を、俺もようやく理解したぞ」
ミニエーが額から手を外した。
そこにあるのは、畏怖と賛嘆。
「『『剣姫』ではなく『剣姫の頭脳』こそが重要なのだ!』。閣下は、俺にそう言った。英傑は英傑を知るようだな。あんたなら、閣下や『七天』様とも話が――……着いたようだ」
馬車の速度が落ちて行き、やがて止まった。
すぐさま扉が開き、
「先生っ! 御無事ですかっ!?」「ア、アレン先生っ!」「先輩っ!」
可憐なドレス姿のティナとエリー、ゾイが飛び込んできた。
三人共、臨戦態勢で物々しい魔法を準備済み。
僕はミニエーへ会釈し、立ち上がって下車。
魔法を解除しながら、教え子達と後輩を窘める。
「ティナ、エリー、大丈夫ですよ。落ち着いてください。——ゾイと、止められなかったギルは後でお説教だ」
「「は~い」」「はぁ! な、何でだよっ!?」「うぇぇ!? 俺もっすか」
ティナとエリーは元気に返事をし、ゾイは普段の口調で不満気。巻き込まれたギルは情けない顔をしている。僕の左肩にアンコさんが飛び乗ってきた。
疲労困憊な様子のフェリシアを抱きかかえているリリーさんと視線が交錯。
目の前にはまるで要塞のような古めかしい建物。
――罠の兆候は今の所無し、か。
ミニエーも馬車を降り、正門へ。
完全武装の騎士へ話しかける。
巨大な鋼鉄製の門が左右に開いて行く中、実直な軍人が振り返った。
「こっちだ。閣下はすぐお会いになる。……先程の答えは、一先ずこれで良いかな? 『剣姫の頭脳』殿?」
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