第3話 迎え
「アレンさ~ん、ララノアの迎えってあのお船ですかぁ?」
先頭を進んでいるリリーさんが振り返った。朝の光が湖面に反射し、長い紅髪がキラキラと輝いている。昨日まで乗っていたティナとエリーの姿はない。
これから僕達が会うのは仮にも敵国の人間。
戦闘の可能性も零ではない為、今日は僕とゾイのグリフォンに分かれている。
ティナ、フェリシアとの熾烈極まる籤引き対決を征したエリーが、僕の背中で呟く。
「大きな軍艦です……」
僕等の眼下には大型帆船が錨を下ろしていた。
甲板上の兵士達は未だ気づいていないようだが、明らかに重装備をしている。
――かつて、そこにあった小島はない。
『勇者』様が約束を果たし、遺跡ごと存在を抹消したのだろう。
流石はアリス。
地形すら平然と変える、か。
少し嬉しくなってしまい認識阻害及び静音魔法を発動。
みんなへ通信宝珠で伝達。
『どうやら、あれが『お迎え』のようです。ただ……事前情報では単なる『帆船』と聞いていました。ギル、ゾイ、こういう時、リディヤならどうするかな?』
『あ~……リディヤ先輩ならまずは『火焔鳥』っすね』
『で、その後『燃やす? 斬る? それとも、両方?』だろっ!』
後輩二人が自信満々に返答してきた。
……否定し辛いなぁ。
ゾイの後ろに乗っている、ティナが左手を挙げた。
『はいっ! 先生、なら、私の『氷雪狼』による先制攻撃を――』
『却下です。ティナの魔法では船が沈みかねません』
『そ、そんなこと……』
『ア、アレン先生、私の魔法で!』
『エリーなら心配はありません。ただ……』
少しだけ振り返り、張り切っている天使様の頭をぽん。
エリーの膝上にいたアンコさんが僕の左肩へ移動した。
『君は『ウォーカー』の御嬢様です。こういう場面で手を汚させるわけにはいきません。グラハムさんに怒られてしまいます――なので』
「「! あ!!」」「アレンさん!」「……はぁ」「あ~!」
僕はエリーに手綱を持たせ、躊躇なく空中へ身体を躍らせた。
ティナとエリー、フェリシアが叫び、ギルとゾイの呆れ声が背中に聞こえる。
見る見る内に迫って来る軍艦。
「よっ、と」
直前で浮遊魔法を発動し、ふわり、と甲板の真ん中へ降り立つ。
――周囲にいるのは艦長らしき男と美青年。それに水兵が十数名だけ。
少し遅れ、
「なっ!?」「だ、誰だっ!」「て、敵襲!!!!!」「総員、武器を取れっ!!!!!」
一気に慌ただしくなっていく。
水兵達が次々と長い奇妙な木の棒——ララノアで量産が進んでいると聞く、魔銃を構え戦列を形成し始めた。
――背中に温かさ。
からかい混じりの問いかけ。
「うふふ~♪ アレンさん、燃やしちゃいますかぁ? それともぉ~斬って沈めちゃいますかぁ?」
「……リリーさんまで来ちゃったんですか? 僕とアンコさんだけで十分なんですけど……」
「ダメ、ですぅ~★」
『!?!!!!』
無数の炎花が舞い散ると共に、虚空から大剣を取り出し、僕を守るように前へ。
大剣を高く掲げ、巨大な炎の凶鳥——炎属性極致魔法『火焔鳥』を現出させた。
リリーさんは不敵な笑みを浮かべ、戦列後方で顔を強張らせている三角帽子を被っている艦長らしき男へ、改まった口調で問いかける。
「――出迎えがある、とは聞いていましたが『完全武装』とは聞いていません。貴方方は私達の敵ですか? ああ、申し遅れました。私、リンスター公爵家メイド隊第三席のリリーと申します。此方は」
僕をちらり、と見て悪戯っ子の表情。
……嫌な予感。
「王国全権委任者のアレン様です。『剣姫の頭脳』の異名、と併せ覚えてください」
『!』「っ!」
「……お前が『剣姫』の相棒、か」
士官と兵士達が蒼褪め、後退り。魔銃を構えている手もブルブルと振るえている。
艦長も苦々しい表情だ。
この反応――……ふむ。
僕は全てを察して会釈。
「そこの貴方は――ミニエー艦長ですね? そして、そちらの若い方はスナイドル副長。先の事変の際は、僕の相方が大変御迷惑をおかけしました。艦を喪われながらも生還出来たようで何よりです」
「! な、何故、我等の名を知って!?」「…………」
スナイドルが動揺し、ミニエーは額の皺を更に増やした。
手を握り、リリーさんの『火焔鳥』を消す。
「あ~酷いですぅ~」年上メイドさんが唇を尖らせるけれど、無視。『えへへ~♪ 手が滑りました~★』とか言って燃やしかねない。
上空でやきもきしているティナ達へ光魔法で『待機』と送りながら、答える。
「王国の各公爵家の諜報機関、特にハワードとリンスターを舐めない方がいいですよ? 調べる気になれば、貴方方の素性、七代遡って全て知れます。まして、リディヤと交戦されたのなら猶更です。リンスターは家族に手を出した相手に一切の容赦をしません。貴方達が五体満足なのは偶然が重なった奇跡です。幸運でしたね。——……それと」
「う、打てっ!」「! 止めろっ!!!!! ヤーゲルっ!!!!!」
ミニエーの制止より前に、僕等の後方に隠れていた若い士官の命令を受け水兵達が魔銃を一斉射撃。
無数の光属性初級魔法『光神矢』が僕とリリーさんへ迫り、
『!』
全てが闇に呑まれ消失した。アンコさんがお澄まし顔をされる。
僕は何度か頷き、魔銃を論評。
「なるほど、なるほど。既存全魔法の中で最速の『光神矢』を誰にでも使えるようにし、かつ連射と速射で圧倒する、と。おそらく、他の初級魔法も弾丸を変更すれば使えるのでは? よく考えましたね。汎用性がありそうで大変興味深いです」
「…………」
僕は苦衷に満ちた顔になっているミニエーへ視線を戻した。
――頭上では、膨大な魔力反応。
氷華が暴風で吹き散らされ、無数の稲光。
ゾイはグリフォンの背に立ち、両手を掲げ、魔力を集束させつつある。加減を知らないからなぁ。
僕は軽く左手を振った。
氷風が甲板上を駆け巡り――
「!? ま、魔銃がっ!」「銃口が凍った!?」「う、嘘だろ……」「こ、こんな精密な魔法制御、人間が出来る筈ないっ!」
全ての魔銃を封殺。便利そうだけど、これが弱点かな?
ミニエーへ微笑む。
「僕達は戦争をしに来たわけじゃありません。王国と共和国との間の緊張緩和。そして――」
「…………分かっている。部下が大変な失礼をした。この場は収めていただきたい」
男の瞳に深い憂慮。
旧アディソン侯爵が僕との膝詰め交渉を望んでいる、という情報は伝わっているようだ。
僕は頷き、リリーさんへ目配せ。
年上メイドさんは大剣こそ虚空へ消したものの、炎花はしれっとそのまま。
……忘れてはいけない。
この人の名前は『リリー・リンスター』。次、共和国側が僕へ危害を加えようとしたら、一切の容赦なく艦を沈めてしまうだろう。
上空でますます荒れ狂っている、ティナ達へ手を掲げ、降りて来るよう指示。
ミニエーへ告げる。
「――乗船希望者は総員七名とグリフォンが四頭」
頬を前脚で、てしてし、される。
大変失礼しました。
「と、アンコさんです。僕等の中で一番偉い方なので、気を付けてくださいね? 共和国へ着くまでに、少しそちらの話を聞かせてください」
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