第2話 飛翔
「先生、先生! 見えてきましたっ!!
「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様、あ、危ないですぅぅ~」
先行する、リリーさんが操るグリフォンの最後尾に騎乗し、真ん中のエリーに抱き着いているティナが振り向き、僕へ報告してきた。風魔法を使っているので、会話に不便は全くない。
長い紅髪を靡かせた年上メイドさんのはしゃぐ声。
「おっきいですねぇ~♪ まるで、海ですぅ~。此処を渡ったらもうララノアですかぁ☆」
――僕達の眼下に広がっているのは、夕陽に染まっている広大な湖。
大陸最大の塩湖、四英海だ。岸には建物が幾つか見える。ギルが言っていた、今晩泊まる予定の古い別荘だろう。
右隣でグリフォンを操っているギルへ目配せ。
「うっす! ゾイ、行くぞっ! 落ちるなよっ!」
「お、おいっ! オ、オレは高い所、あんまり得意じゃないってぇぇぇぇぇ」
公子殿下は見事な手綱捌きを見せ、グリフォンを急降下。背中に乗っているゾイの悲鳴を残し別荘へ。
それを見たリリーさんが楽しそうに叫んだ。
「むむむぅ~! メイドさんたるもの、後れを取るわけにはいきませんねぇ~♪ ティナ御嬢様、エリー御嬢様、いっきますよぉぉぉぉ☆」
「ふぇっ!?」「リ、リリーさん!?」
年上メイドさんが手綱を引くと、グリフォンが嬉しそうに一鳴き。
クルリ、と背面になり、凄まじい速度でギル達を追いかけて行った。
……リリーさんって、本当に何でも出来るんだよなぁ。
半ば呆れていると、東都を出て以来、僕の背中にずっと抱き着いている少女が咎めてきた。こんなに高く飛んだことはなかったそうだ。
「ア、アレンさんも、同じ、だと、思います」
「まさかまさか。僕は到底、あの人には敵いませんよ。それよりも……フェリシア、この状況でそんなことを言っていいんですか?」
振り返り、番頭さんへ意地悪な視線。
外套を羽織り、胸元にアンコさんを入れているフェリシアの瞳に動揺が浮かんだ。
「な、何ですか? そ、そんな顔をされても、私は、怖くなんか」
「いえ、僕もこう見えて男なので――」
手綱を少しだけ動かし、グリフォンにお願いする。
すると、今まで出来る限り穏やかに飛んでくれていた子は歓喜を詠った。翼に魔力を集束させていく。
異変に気付いたフェリシアが慌てる。
「ア、アレンさんっ!? ま、まさかっ!?!! 待って」
「追いかけたくなるんですよ」
「! きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
少女の悲鳴と背中に柔らかい双丘。
そして、潰される形になったアンコさんの抗議を聞きながら、僕達の騎獣はティナ達を追いかけるべく、一気に速度を上げたのだった。
※※※
「まったくっ! 先生!! フェリシアさんを乗せているのに無理を為さらないでくださいっ! ……明日以降は私は後ろに乗って監視しますから」
「そうですっ! アレンさんは少し常識を学んでくださいっ! ……ティナさん、それは必要ないです。明日もそのままで」
「遠慮しないでください! ……もしくは交代制にしませんか?」
「一般人の私がいることで、アレンさんは無理無茶を自重されると思います。ティナさんは御強い――あ、もしかして。背中に抱き着きたいから、という理由での提案ですか?」
「!? そ、そんなこと、ない、ですけど……」
「そうですか。てっきりそうかと思ったんですが……なら、お気遣いだけいただいておきますね★」
「グググ…………」
ティナがアンコさんを抱えたフェリシアの前にあっさりとやり込められ、呻いている。流石はアレン商会番頭。
天才、ティナ・ハワード公女殿下相手でも、口では負けないなぁ。
別荘の内庭に降り立ったグリフォン達を一頭一頭、撫でて慰労しながら、僕は苦笑した。
既に陽は落ち、頭上には星空が瞬き始めている。
僕とリリーさんが生み出した魔力灯の下では、簡易キッチンを拵え今晩の夕食の支度しているエリー。
土魔法の応用で石の鍋を作り、手早く持ち込んだ食料を調理していく。手伝おうとしたのだけれど『メイドさんのお仕事でしゅっ! あぅ……』と断られてしまった。
「アレン先輩、薪はこんなもんで足りると思うっす!」
荒れ果てている別荘内を探索していたギルが戻ってきた。肩には机や椅子を分解したのだろう。木材の束。
僕は軽く左手を振る。グリフォン達は翼を羽ばたかせ飛び立っていく。自力で食事に出かけたのだ。
「お帰り。異常は?」
「ない……と、言いたい所なんすけど、少々。ゾイとリリーさんは屋根の上で結界の準備中っす」
「ふむ」
ギルが木材を降ろし、焚火の準備をしていく。
僕は植物魔法で、人数分の椅子と大きなテーブルを作成。後輩へ尋ねる。
「叛徒共が使っていた形跡でもあったかい?」
「……敵わないっすねぇ。当たりっす。確たる証拠はなかったっすけど」
ボッ、という音と共に木材に火が付いた。ギルは、大学校の後輩達の中で、器用さではテトに次ぐのだ。
今や、オルグレン公爵となった後輩が拾い上げた棒で火の調整をしながら続ける。真剣な口調。
「――王国の魔法式とは異なるものが微かにありました。ララノアか聖霊教とのやり取りに使っていたんだと思います。元々この別荘はルパードの持ち物でしたからね」
「……ルパードって、あの?」
「……ええ『あの』です」
僕は眉を曇らせる。
――ルパード元伯。
東都獣人族から最も憎悪の対象となっている人物だ。
十数年前、彼は……獣人の幼女を馬車でひき殺した。
しかも、あろうことか大樹の前で。
その後、聖霊騎士団領へ一族ごと亡命したと聞く。
僕は溜め息。
「……念の為、調べておいて正解だったね。ギル」
「連絡は既に王都へ」
出来る後輩だ。今回のララノアとの交渉事でも活躍してもらおう、うん。
――屋根の上から、紅と翠の光が別荘を囲むように広がっていく。
「わ~わ~わ~! 先生! あれって、リリーさんとゾイさんの魔法ですか?」
ぴょんぴょん跳びはねながら、ティナが僕へ抱き着いて来た。
フェリシアは年上のお姉さんの表情を浮かべながらも、アンコさんを抱きしめている。黒猫姿の使い魔様が情けなく鳴かれた。
腕の中の公女殿下を窘める。
「ティナ、火の傍です!」
「わかってま~す♪ ……えへへ」
「ア、アレン先生、テ、ティナ御嬢様! わ、私も……う~」
鍋をかき混ぜていたエリーが小さくむくれている。
音も振動もなく、リリーさんとゾイが内庭へ着地。
僕はみんなへ告げた。
「みんな、今日は長距離の移動、御苦労様でした。さ、夕食にしましょう。明日はいよいよ、ララノアの遣いとの接触ですからね」
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