第1話 謀議
「それで――今日はどういう御用件でしょうか? シェリル様」
「……うふふ♪ そんなに警戒しないでちょうだい。私はただ、貴女達と旧交を温めたいだけなんだから☆ あ、リィネ。その御菓子、とっっても美味しいわよ? 気にしないで食べてね」
「は、はぁ……」
突然、話を振られた私はおずおず、と頷きます。
兄様達が旅立たれてから早数日。
今、私達がいるのは王都王宮の内庭。穏やかな風が心地よいです。
少し離れた場所にシェリル王女殿下護衛隊、ハワード、リンスター両公爵家のメイド達が控えていますが……私達の会話は聞こえないでしょう。
控えめな私服姿のステラ様の足下には白狼のシフォンが座り込み『撫でてください!』と、王立学校生徒会長様へ円らな瞳で要求しています。
そんな白狼を優しくなでながら、ステラ様が訝し気にシェリル様を見られました。
「……『私達』ですか? リディヤさんやカレンを含めて、ではなく?」
「ええ、勿論♪」
姉様とカレンさんは、アトラとリアを連れて買い物へ行かれています。
以前までの姉様は、兄様がいない時は多くの時間、お部屋に引き籠られていたんですが……今回は御自身でカレンさんを誘われていました。
アンナは『嗚呼! リディヤ御嬢様、御成長なされて!』と感動していましたが……少し変です。
シェリル様が優雅な動作で焼き菓子を口にされました。
「端的に。ねぇ……ステラ、リィネ? 私達、不利だと思わない?」
「……不利?」「……ですか?」
「ええ。あ、勿論だけど――アレンとの関係についてよ」
「「!」」
いきなりの強襲に私達は動揺してしまいます。
――兄様との関係。
そ、それって……その、あの…………つ、つまり、そういうことですよね?
ちらり、と隣を見ます。
すると、ステラ様は染まった頬を両手で押さられていました。
くっ……同性ながら、とんでもなく可愛い……メイド達も何やら騒いでいます。
生徒会長様は紅茶を一口飲まれ、咳払い。
「こほん――何を言われるかと思えば。アレン様と私達の関係性は『家庭教師と教え子』です。そうですよね? リィネさん」
「あ、は、はい! 兄様は私達の家庭教師です!」
ステラ様が見てこられたので、慌てて頷きます。
兄様は今回も王都を発たれる前、私達に課題のノートを渡してくださいました。……いったい何時、作られたんでしょうか?
もう少し、御自身を労わってほしいと思います。
ティナとエリーもそう言って――……。
「…………」
私は無言で焼き菓子を頬張ります。
……ティナ、エリーに籤引きで負けたのは一生の不覚でした。
しかも、リリーまで着いて行くなんてっ!!!
シェリル様が悪い笑顔を浮かべられました。
「そうね。確かにアレンは貴方達の家庭教師。そして、私の直属調査官。……でもね? 今のままだと誰とも関係を深く出来ない。厳密に言えば、フェリシアとカレン、半歩譲ってエリーだけがそうなれる。私の言っている意味、分かるわよね?」
「「…………」」
再びの強襲に私達は無言で頷きます。
兄様はとてもとても、とても凄い御方です。
また、王女殿下—―次期女王陛下直属の調査官ともなれば、超法規的な権力行使すらも可能でしょう。
……けれど、それでも。
シェリル様が真面目な顔になられました。
「アレンは獣人の出で……姓もないわ。守旧派貴族の数はかなり減ったとはいえ、世間の常識まではすぐに変わらない。リディヤが時々言っているでしょう? 『ララノアか水都へ行く』。あの言葉はある意味で正しいのよ――今のままだと、私達がアレンと結ばれる可能性は著しく低い。私は『王女殿下』で、貴方達は『公女殿下』だもの。相手の社会的地位はどうしたって見られてしまう」
「……ですが」「あ、姉様とカレンさんが」
「もっと、物事を単純にしてみましょうか。――要は、貴女達がアレンのことをどう想っているのか、なの。私から教える? いいわよ!」
そう言うと王女殿下は席を立たれ、近くの花壇の傍へ向かわれました。
咲き誇る花に触れ、振り返り告白されます。
「私は彼が――アレンのことが好きよ。彼とならこの王国を導いていける、と信じている。……と言うかね? そもそも、彼と運命の出会いをしたのは私であって、リディヤじゃないのよっ! 最初の頃は『べ、別に、下僕よ、下僕!』とか何とか言ってたくせに、王立学校から、ず~~~~っとっ、アレンを独占してぇぇぇぇ……いい加減、私の番だと思わないっ!? いいえ! 私の番にしてみせるわっ! 調査官は、その布石に過ぎないんだからっ!!」
「「!」」
堂々とした宣戦布告に、ステラ様と私を顔を見合わせてしまいます。
…………兄様と、アレンと……そ、その……そ、そういう関係になったら。
脳裏に兄様の優しい顔が浮かんできました。
『リィネは世界で一番可愛いね』
――い、いけません。こ、これはいけません!
隣のステラ様もどうやら、同じ想像をされたらしく「そ、そんな……あぅ………」と恥ずかしそうに悶えています。
シェリル様がニヤニヤ。
「うふふ……どうやら貴女達も私と同じ想いのようね? いい? 私達は一番不利な立場よ? アレンはリディヤをとことんっ甘やかしているし、カレンは妹で、かつ! 合法的に結婚出来る。フェリシアは、おそらくアレンからある意味で一番信頼されているわ。私達が手を結んで対抗しないと、勝負にもならない。――今回のララノアの件が片付いたら後からが、本当の勝負の始まりよ。リディヤにだけ良い想いなんかさせないんだからっ! 」
「……未来のことは分かりません。今は、とにかくアレン様達の無事を祈りましょう。ティナとエリーも着いて行ってしまいましたし」
「シェリル様、兄様は大丈夫なんでしょうか?」
私は少しだけ不安になり、より多くの情報を持っているだろう王女殿下へ質問します。ララノアでは政変が起きつつあり、政情は不安定と聞いています。
兄様は御強い方ですが、無敵ではありません。
すると、王女殿下は力強く頷かれました。
「大丈夫よ。王立学校時代、本気のアレンに勝ったのは、後にも先にも一人しかいないもの。……まぁ、その時は珍しく怒りで我を喪っていたけれど」
「アレン様に勝った方が」「いたんですか?」
「…………ええ」
シェリル様は上空を見上げられました。
透き通るような蒼天です。
「貴女達も名前は聞いたんでしょう? ――ゼルベルト・レニエ。アレンの親友で、恋人との約束を果たす為、自ら半吸血鬼になり、死んだ男。恐ろしく強かった……とにかく、すっっごく嫌な奴だったけどっ! 私とリディヤをからかうことに命を懸けていたっけ……。だけど、アレンとは本当に仲が良かった。本当の兄弟みたいに。墓所の件、彼には秘密よ。きっと……自分を責めてしまうから」
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