第15話 王都帰還

「先生、先生! 見えてきましたよっ! 王都ですっ!」

「ティナ、危ないです。窓から、身を乗り出すのは止めましょう」


 薄蒼髪の公女殿下は、髪が乱れるのも構わず汽車の窓を大きく開け身を乗り出し、嬉しそうに僕へ報告。

 ティナの腰を抱きしめているエリーは困り顔。

 赤髪公女殿下が呆れた口調で呟く。


「……はぁ。首席様は何時まで経っても子供ですね」

「む! リ、リィネだって、本当はこういうの好きじゃないですかっ! 先生の前だからって、猫を被って。そういうところはリディヤさんにそっくりですねっ!」

「猫なんて被ってません!」

「被ってますっ!」

「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様、リ、リィネ御嬢様、け、喧嘩はダメかなって、思うんですけど……あ、あと、髪が凄いことにぃ……」


 窓側の席に座っている赤蒼の少女がじゃれ合い、天使なメイドさんはティナの髪を直しにかかる。平和でよろしい。

 僕は膝上のアンコさんと、使い魔様にくっつき寝ている幼獣姿のアトラとリアを撫でながら、考える。

 ……駅に着いたら、取り合えず下宿先へ


「行けないわよ」「アレン様、まずは王宮直行、です」


 両隣に座っているリディヤとステラが朗らかに駄目出し。

 僕は縋る思いで、目の前の妹に救援要請。

 ……が、しかし


「兄さん、自業自得です。諦めてください」

「…………カレンまで。酷いよ。そう思うだろう、フェリシア?」


 カレンの隣に座っている眼鏡少女に同意を求める。

 すると、フェリシアは楽しそうに笑った。


「いいえ。まっったくっ、思いませんっ! あ、私は、御仕事があるのでそのまま商会へいきますね♪」

「そ、そんな……! ぼ、僕を見捨てる、と!?」

「アレンさんは、とっとと偉くなってください。貴方が偉くなると、色々と物事がとてもとても円滑にいきます。アレン商会の利益の為です★」

「…………」


 これは拙い流れだ。とても拙い流れだ。

 南方戦役の諸々を引き受けることは……まぁ、仕方ないとは思う。

 功績自体もリディヤ達やフェリシアにも分散するだろうし、抱えきれないものでもない筈。

 ……けど、何となく嫌な予感がする。このまま、王宮へ行って良いものか。


「いいですか? ニコロ。よく見ておきなさい。あれが、数多の功績を他者に全部、押しつけ続けた結果、身動きを取れなくなり、哀れ、王宮へ強制連行されてしまう人の姿です。貴方は間違ってもああなってはいけません。あと、引っ掛ける女の人はトゥーナだけにしておくこと!」

「は、はい! えっと……お、御師匠様、引っ掛けるってどういう意味ですか??」

「ニ、ニコロ坊ちゃま!? テ、テト様!!! そそそ、そういうことは、ま、まだ坊ちゃまには早いかとっ!!!!」


 奥の席では、ニヤニヤしながら後輩がわざとらしく少年を教育中。少女は顔を真っ赤にして、魔女っ娘に喰ってかかっている。

 …………僕は、後輩の教育も誤ったようだ。

 けれど、僕はこのことを忘れないだろう。ああ、きっと忘れないだろう。

 溜め息を吐くと、両頬を軽く摘ままれた。


「心配しなくても大丈夫よ。私も一緒に行くわ」

「アレン様、私も同じくです」

「ステラは長旅で疲れたでしょう? カレンと一緒にハワードの御屋敷へ行ってもいいのよ?」

「リディヤさんだけでは、アレン様の御心がお休まりにならないと思うので」

「…………へぇ」


 僕を挟んで、炎羽と雪華が激突し、消えていく。

 カレンのジト目。


「……やっぱり、兄さんの自業自得です。当然ですが、私もついて行きます」

「あ、うん。カレンには最初からついて来てもらうつもりだったからね。他の子達はともかくとして」

「……え?」

『!?』


 何故か、カレンの頬が染まっていく。

 リディヤ、ステラ、じゃれ合っていたティナ達の動きが停止。

 眼鏡少女が僕へジト目。「……アレンさんは、いい加減、言い方を考えた方がいいと思います。何時か本気で刺されるか、刺された挙句誘拐されるか、一服盛られて、起きたら、ベッドの上…………こ、この、へ、変態っ!」。

 ……僕は泣いても許されると思う。

 二人の公女殿下の手を外し、みんなへ大仰に説明。


「僕はともかく、カレンは獣人。王宮へ入り、かつ陛下への謁見が出来れば――それは一族全体への栄誉となります。こんな機会は逃せません」

「……兄さんだって獣人です!」

「うん。僕もそうありたい、と思ってるよ。でも」


 妹の頭に手を伸ばし、微笑む。


「まぁ……僕は宙ぶらりんと言えば、宙ぶらりんだからね。ほら、獣耳と尻尾もないしさ」

「それはっ!」


 膝上で幼獣達がもぞもぞ。光を発し、幼女の姿に。

 アトラとリアの小さな手が僕の頬に触れ、にっこり。


「アレン」「リア、獣耳と尻尾ある!」

「リア、やっ」「アトラ、だけじゃない~♪」


 幼女二人が膝上で掴み合う。僕は妹と腐れ縁へ目配せ。

 カレンがリアを抱きかかえる。

 僕はアトラの頭を撫でつつ、苦笑。


「まぁ……みんなで行きましょう。フェリシアも」

「! ア、アレンさん、わ、私は仕事があるって……そ、それに、わ、私は一般平民ですっ!!」

「それは奇遇ですねぇ。僕も一般平民なんですよぉ。『南方戦役勝利の立役者』様ぁ? リンスター公爵殿下とリサさんからは、既に許可をいただいています」

「!?!! は、謀りましたねっ!? は、恥ずかしくないんですかっ!!」

「全然。むしろ、誇らしいですね」

「うぅぅ~……」


 眼鏡少女を論破し、捕獲成功。これで道行が増えた。


「いいですか、ニコロ? 『一般平民』という称号は先輩の身内で、この私、テト・ティヘリナだけに許されているものです。努々、忘れないように」


 ……テト、僕がそんなことを許すと思うのかな?

 ティナが挙手。


「先生! 質問です!」

「はい、どうぞ、ティナ・ハワード公女殿下」

「公女殿下は禁止です! えっとですね……もし、もしもです。アトラとリアのことで、まだ王家が何か言ってきたら、どうされるおつもりですか?」

「そうですねぇ。その時は仕方ないので、西方にでも行きましょうか」

「…………先生だけで、ですか?」 

「当然」「私も一緒に決まっているでしょう?」


 リディヤが口を挟んできた。次いで、僕を睨む。

 肩を竦める。


「……リアを置いていくのは可哀そうですしね。そうなると思います。レティさんからは『何かあったらすぐにでも来るがいい!』と言われています」

「………………先生」

「ティナも来ますか?」

「~~~♪ は、はいっ! はいっ!!」


 薄蒼髪の公女殿下は、顔を明るく輝かせ何度も頷く。

 前髪は、ピコピコ、と忙しなく右へ左へ。


「「「「…………」」」」


 他の子達は何処となく不満気。

 車両の豪華絢爛な扉が開き、護衛役として着いて来た紅髪の年上自称メイドさんが大声。


「話は聞かせてもらいましたぁ~!!! その時は、私もメイドとして」

「あ、リリーさんはいいです」

「何でですかぁ~! 好きな女の子を虐める男の子なんてぇ~今時、流行らないんですぅぅ~!!」

「…………貴女とレティさんとか、僕の胃がもたないです。それに――そんなことにはなりませんよ。ですよね? ステラ」

「はい。問題ない、と思います。ですが」


 王立学校生徒会長が冷静に同意。

 けれども、瞳には強い拗ね。


「……リディヤさんとティナだけに言及なさるのは、ダメ、だと思います」

「あり得ない想定ですよ。リィネなら分かって」

「分かります。でも、納得はしません」

「……エリー、みんなが僕を虐めるんです」

「ア、アレン先生が、その、悪いと思います!」


 天使様までもが、僕を責めてくる。

 妹と眼鏡少女は呆れ顔をし、リアと戯れつつ『処置無し』という視線。

 …………味方がほしいなぁ。

 やっぱり、ニケを連れて来るべきだったか。でも、ユッタのことでいっぱいいっぱいみたいだったしなぁ。僕も流石にそこまで悪魔では。

 

 ――大きな汽笛が鳴った。

 

 僕達は一斉に窓の外へ視線を向ける。ニコロが歓声。

 遂に汽車は王都の中へ進入。巨大な駅も見えてきた

 リディヤが耳元で囁いてくる。


「(……何もない、とは思うわ。陛下もあの子もそこまで馬鹿じゃない。けど、いざ、という時は)」

「(……西方云々は冗談にしても、仕方ないから、世界一周でもしよう。ティナは連れていくよ。残すのは危険過ぎる)」

「(…………ん)」

「あー! せ、先生! リディヤさん! 何をしているんですかっ!!」


 僕達の密談に気づいた薄蒼髪の公女殿下がいきり立つ。

 軽く手を振り「何でもありません。本当ですよ?」とたしなめる。

 ――汽車は停車場へ。

 アトラを抱え立ち上がり、アンコさんを右肩へ。みんなを見渡す。


「長旅、お疲れ様でした。申し訳ありませんが、もう少し付き合ってください。テト達は大学校へ。後で顔を出すよ。……多分ね」

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