第16話 奸計

「…………で、どういうことです? これは、教授、学校長」

「ん? 何の事だい?」

「天下の大英雄殿を迎えるのだ、この程度はしても構うまい」

「………………誰のことです、誰の」


 王都中央駅から、王宮へ渋々直行した僕を待っていたのは、王国が誇る二人の大魔法士様だった。

 ……しかも、文句を言う前に、ロッド卿の転移魔法で、僕だけいきなり跳ばされ王宮の最奥にある内庭へ。

 攻防戦で散々破壊した内庭は既にすっかり修復が終わり――少ないながらも、明らかに上質な長テーブルと椅子が揃えられ、明らかに祝宴の会場、という景色。

 忙しなく動き回っているのは――何と王族護衛隊の方々だ。

 見知った人達から、惚れ惚れとする見事な敬礼を受け、答礼しつつも顔が引き攣る。……いや、この人達にこんなことさせちゃ、ダメだろう。どう、考えても。

 僕は現実逃避を選択し、二人へジト目。


「……そう言えば、教授、学校長、水都へ増援に来て下さらなかった件ですが」

「アレン、僕は老兵だ。ただ、消え去るのみさ」

「なにやら、骨竜とやり合ったそうではないか。行かなくて正解だった!」

「……南方の後始末は済ませました。後は、そちらで全てをですね」


「今更、そんなことさせるかっ!!!!!」


「? あ、リチャ――っっ!」


 後方から快活な大声がした。

 振り向き、名前を呼ぶ前に――赤髪近衛副長に思いっきり頬を殴られた。

 転ぶ前に胸倉を掴まれ、ギリギリ、と締め上げられる。


「……ア・レ・ン! 王宮では、よくもまぁ、やってくれたねぇぇぇ……」

「リ、リチャード、ご、ごぶじで、何より、です……」

「だ・れ・か・さ・んの御蔭でねぇぇぇぇ……ふふ……ふふふ……。流石に、頭にきたよ……。悪いが、君には偉くなってもらうっ!!! 君の気持ちやら、考えやらなんて、知ったこっちゃないねっ!!!!!」


 凄まじい数の炎羽が周囲に撒き散らされる。……ひぇ。

 僕は手を叩き、降伏の合図。

 ようやく、手を離してくれた赤髪の近衛副長様は、満面の笑み。怖っ!


「…………次やったら――容赦なくリンスター公爵を継がせると思いなよ?」

「か、か、身体を張らないでくださいっ! あ、貴方が継ぐべき家ですよっ!?」

「はんっ! 知ったこっちゃないねっ!」


 僕は頬に治癒魔法をかけつつ、教授と学校長に助けを求める。何とかしてくださいっ! が――二人はニヤニヤ。


「アレン、自業自得だよ」

「諦めよ。水都に海外領土を持ったそうではないか。しかも、神域の。そのような人物――最早、何かしらの処遇をする他はなし。で、よろしいですな? シェリル王女殿下?」

「――ええ、勿論です」


 涼やかな、それでいて……明らかに不敵な声が耳朶を打った。

 僕の足下に、白犬が駆けてきてお腹を見せる。

 撫でながら、自然と精神回復。


「シフォンはいい子だねぇ……」

「アレン――私を見なさい。シフォン!」

「わふっ!」


 突然、白犬が大型化。魔獣の姿に。

 器用に襟を噛まれ――白の礼服姿をばっちりと着こんでいるシェリル・ウェインライト王女殿下の下へ連れて行かれ、降ろされる。

 ――直後、足が不可視の鎖に捕らわれ動かなくなる感覚。

 僕は目を見開き、近くのソファー上におられる頼りになる黒猫様の名前を呼ぶ。


「そ、そんなっ!? ア、アンコさんっ!?!!」 

「アレン、今、この場に貴方の味方はいないわよ? ああ……厳密に言えば、みんな味方なのだけれど」

「シ、シェリル……ま、待った! 待ったっ!!」

「待ちません♪」


 シェリルが、それはそれは、素敵な笑顔を見せる。

 …………まずい。本気でまずい。何かは分からないけれど、とにかくまずい。

 僕は半瞬、葛藤。

 どうする? どうすべきだ?? どうすれば――……決定。仕方なし。

 息を吸い込み


「リディヤ! 助けてっ!!」

「――言われなくても助けるわよっ!!!」


 上空から紅光と共に、腐れ縁が急降下。

 振り下ろされた剣の一撃を、シェリルの魔法障壁が受け止める。

 とんでもない魔力の激突。その間に僕はアンコさんの拘束を解き、後退。

 すぐさま、震える僕を守るようにリディヤが前衛に入った。

 王女殿下が余裕の笑み。


「リディヤ、遅かったわね」

「……このっ、腐れ王女っ! こいつは私のなのっ!! 手を出そうとしてんじゃないわよっ!!!」

「ええ、そうね。アレンは貴女のだわ」

「――……ふぇ?」

「ば、馬鹿っ!!!!」


 あっさり、とシェリルが肯定。

 リディヤは、ポカン、としてしまい、致命的な油断が発生。 

 紅髪の公女殿下の足下に闇が発生。姿が掻き消える。

 僕は歯軋り。


「シェリルだけならともかく、相手にはアンコさんがいるのは分かってただろうにっっ……! 何十回、落ちれば、理解するんだよっ!?」

「ふふ……リディヤは本当に、貴方関連だけは素直で助かるわ。さ――判決の時間よ、アレン」

「っぐっ! シ、シェリル、は、は、話し合おう! 話せばわかるっ! な、南方戦役最大の功労者は」

「フェリシア・フォスさんでしょう?」

「あ、何だ。知ってるんだ。なら、話は早い。爵位は難しくても、アレン商会に何がしかの権限をくれればそれでいいよ。僕の功績もあるならそこに上乗せしてもいい」

「あら? 上乗せしていいの? ……そうしたら、大変なことになるけど」

「………………今のは無しで」


 ニコニコと王女殿下が聞いてきた。

 ……風向きが怪しい。

 ちらり、と後方を確認。

 悪い悪い大人二人はニヤニヤ、ニヤニヤ。

 赤髪近衛副長は『逃げられると思うなよ? 精々、偉くなってしまうがいいさっ!』。

 アンコさんは、僕が動けばすぐさま無数を超える程に仕込まれた闇魔法を使いそうな雰囲気。

 唯一、シフォンだけは『動いたら、思いっきり遊んでくれるんですよね☆?』と瞳をキラキラ。発生する風が痛いくらい、尻尾をぶんぶんしている。

 なお……この子の『思いっきり』は、下手な山が更地になる位の規模となる。

 い、幼気で純粋なこの子に、何を、何を吹き込んだんだっ! シェリル・ウェインライトっ!!

 ……リディヤは――ダメだ。

 アンコさんの闇牢を破壊しているけど、すぐには脱出出来そうにない。いやまぁ、普通、脱出とか絶対不可なんだけど。

 か、かくなる上は


「アレン様、アトラとリアに頼るのはどうかと思います」

「兄さん、諦めてください。もう、詰んでいます」

「! ス、ステラ? カ、カレン? み、みんなも……」


 穏やかな声で、僕に駄目出しをしたのは、リアと手を繋いでいるステラ・ハワード公女殿下。

 アトラはカレンに抱きかかえられて、指を咥えながらねむねむ。

 ティナ、エリー、リィネは、ぐったり、としているフェリシアを囲んでいる。

 護衛役である筈のリリーさんは、戦場でもあるまいに大剣を二振り持ち出し、臨戦態勢。鼻歌まで歌っている。

 

 ここにおいて、全体像が見え――……気が思いっきり遠くなった。


 僕はシフォンの身体に頭を埋め、さめざめと泣く。

 白狼はくろうが『だ、大丈夫ですか? 遊びますか??』とおろおろ。

 どうにか、言葉を絞り出す。

 

「…………………シェリル、僕を嵌めたね? いや、僕とリディヤ、をと言うべきかな? これ、絶対に受けないと駄目なんだろう?」

「理解が早い貴方のことが、昔から大好きよアレン♪ ああ、知らなかったのは、貴方とリディヤとフェリシアさんだけ★ 他の関係者はみんな知っているわ。既に全員、承認済みよ。ハワード、リンスター、ルブフェーラ、新オルグレンの四大公爵。勿論、御父様も、ね。貴方に拒否権はないわ」

「…………爵位は無理だよ。受けられない。あと、アトラとリアを渡せ、も無理だ。そうするのなら、僕は本気で」

「バカね」


 シェリルが近づいて来て、僕を立たせる。

 そして、頬に優しく手を置き、微笑んだ。


「そんなことはしないわよ。貴方は今や、王国の新しき柱石なのよ? バカな事をして、喪えやしないわ。誰かさんの活躍が過ぎたせいで、王位継承権第一位になってしまった、可哀想なシェリル・ウェインライト――……としてではなく、貴方を良く知る単なるシェリルとして、ね★」

「………………言い方が酷い。で、何をすればいいのさ? 最優先は」


 おそらく、かつてない程、死んだ目になっているだろう僕は、ティナ達を見た後、視線を戻し条件を提示する。


「あの子達の家庭教師だ。それが出来ないなら全力で拒否を」


「アレン――貴方を、私、シェリル・ウェインライト付き全権調査官に任命します」


 ――……意識が一瞬、飛ぶ。

 無駄に察しが良い、僕の頭はその意味を理解。

 その役職が意味するところはつまり


「ああ、貴方なら理解していると思うけれど――私が命じたならば、王家の権限を用いて、よ。ふふ……『調査』って素敵な言葉よね? 魔王と調査名目にして、交渉でもしてみる? 貴方がしたいことを言ってくれれば、全部、全部命じるけど★」


 幾ら何でも酷い。酷過ぎる。

 僕は振り返り、悪い大人二人とリチャードを力なく睨みつける。

 ……が、教授と学校長は親指を立て、背中を向け身体を震わせ笑うばかり。

 赤髪近衛副長は目を見開き、少しばかり驚いた様子だったが――ふっ、溜め息。少し遅れて、親指を立ててきた。は、はくじょうものぉぉぉぉぉ。

 教え子達は、教え子達で頬を染め、高揚した様子。

 最後の望みである妹は


「に、兄さん…………良かった……ほんとに、ほんとに……良かった……」


 涙まで零してしまっている。

 こ、ここまで、計算して、いる、だと?

 ティナ達に囲まれている眼鏡少女は肩を竦め『……うん。もうこれは仕方ないです。利益だけを取りましょう。そうしましょう。頑張ってください! アレン商会発展の為に!』。…………当分、獣耳メイド服は決定っ。

 僕は哀願する。


「……シェリル、僕の出来が悪ければ、罷免してくれるんだよね?」

「え? もう向こう数十年分、下手すると百年分以上の功績を挙げた人の出来って、悪くなるものなの? しかも、そんなことしたら私の立場も悪くなったり、リディヤにも悪評が立ったり、教え子達にも後ろ指を指されかねないのに?? ああ、カレンも大学校で何か言われてしまうかもしれないわね」

「……………………これを、君に、入れ知恵したのは、何処の誰かな?」

「アレン。貴方は凄いわ。本当に、本当に、本当に凄いわ。私は貴方の同期生であることを、心の底から誇りに思ってる。でもね?」


 シェリルが満面の笑みを浮かべる。

 ステラ、カレン、リィネ、エリーも笑み。

 そして――ティナが胸を張った。


「私達だって、全員で頑張れば、こういうことも出来るのよ? 貴方とリディヤがどんなに強くたって、ね♪」

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