幕間―2 邂逅

「ねぇ……リディヤ、そろそろ」

「待って。ステラ、カレン」

「大丈夫だと思います」「問題ありません」


 屋敷の一室で、最後の最後まで念入りに僕の礼服を整えていたリディヤが、ステラとカレンにも確認させる。

 王立学校生徒会長と副生徒会長は同意。

 ようやく、紅髪の公女殿下が、ようやく僕から離れる。

 頬を掻き、少しだけ抗議。


「……ここまでする必要はないと思う」

「あるわ」「あります」「兄さんに拒否権はありません」

「…………」


 あっさり、と三人が否定。端から勝ち目なんかないのだけれど。

 ふっ、と息を吐き御礼を言う。


「まぁ……ありがとう。それじゃ、行ってくるよ」

「…………」「アレン様……」「兄さん、私も同席しますか?」


 リディヤは沈黙し、ステラは何処となく心配そう。カレンは準臨戦態勢。

 軽く手を振る。


「大丈夫だよ。ステラとカレンはティナ達とアトラ、リアを見ていておくれ。ああ、あと、リリーさんも。あの人が入って来ると話がねじ曲がる」

「……はい」「……分かりました」

「…………」


 不承不承、と言った様子で二人が頷く。事情は話していないものの、僕の様子が少しおかしいことには気づいているようだ。 

 リディヤの魔力が僕に問うてくる。『直接会って大丈夫なのね? 本当に、本当に大丈夫なのね?? 何かあったら、乱入するからねっ!』。

 僕は両目を閉じる。


「心配は無用です。短い会談ですよ。フェリシア一人でも良いんですが、当初の状況が大きく変わった以上、先方へ説明するのは僕の責務でしょうから」 


※※※ 


「失礼します」


 客人を待たせていた部屋へ入る。

 そこにいたのは、三人。

 一人は眼鏡をかけ『遅いですっ!』と僕を睨んでいる、アレン商会番頭フェリシア・フォス。

 後方に控えているのは、リンスター公爵家メイド隊第四席のエマさん。

 そして、フェリシアとテーブルを挟み真向いに座っている、長い黒髪で礼服姿の美女。髪には所々には羽。鳥人族だ。

 …………心が大きく揺れる。

 落ち着かないと。リディヤが乱入してきてしまう。

 美女が立ち上がり、会釈。


「初めて御目にかかります。『天鷹てんよう商会』会頭のエルゼと申します。御高名はかねがね」

「――……アレンです。ああ、誤解なさらないでください、僕はそこの仕事中毒な眼鏡な女の子に日々、虐められている名ばかり会頭に過ぎ」

「エルゼさん、この人が言うことは無視してください。全権会頭のアレンです」

「…………フェリシア」

「事実ですから」

 

 眼鏡少女が口を挟み、腕組み。

 一瞬だけ交錯した視線は『大丈夫、ですか?』。

 この子も聡い子だ。

 ……やっぱり、覚えてはいない、か。少しホッとする。

 僕は美女を促す。


「どうぞ、お座りください」

「はい」


 王国全土を網羅するグリフォン便の元締めたる美女も微笑み、着席。

 護衛も伴わず、一人でリンスター公爵家の屋敷へ来たのか。相変わらず肝が据わっている人だ。……帰路は、アンナさんとロミーさんに話して、最精鋭の護衛をつけてもらわないと

 僕はフェリシアの隣に腰かける。


「エルゼ様は」

「エルゼ、と。貴方様の方が遥かに地位は上なのですから」

「そんなことはありません。それに、初対面の女性を呼び捨てにせよ、と両親から教わっていないんです。言葉遣いも敬語は抜きでお願いします」

「ですが」

「本題を。此度の件――大変、申し訳ありませんでした」

「「!」」「…………」


 前方の美女と後方のメイドさんが息を飲む。フェリシアが僕を見ている。

 頭を下げたまま、言葉を重ねる。


「南方戦役の講和条件変更に伴い、『天鷹商会』にも大きな御迷惑をかけてしまいました。遠からず、北部五侯国に空路は開かれるでしょうが、まずは汽車が優先となります。フェリシアに責は微塵もなく、講和案を纏めた僕に責があります」

「……頭をお上げください」


 僕は顔を上げ、エルゼ様を見る。

 美女の瞳にあるのは困惑。苦笑される。


「商売と同じで相手があることです。まして、貴方様達は、講和文書調印の場で襲撃を受けたとも聞き及んでおります。このような相手との講和条件が大きく変更されるのは当然です。責も何も、貴方様は平和を回復された。感謝すべきは私達の方です。商業は平和あってこそ、なのですから。有難うございました」

「……いえ。それが僕の務めでしたから」

「エルゼさんは、今後のことについて、話をされたいそうなんです」


 隣のフェリシアがテーブルの下から、僕の震える手を優しく握ってきた。

 微かに視線で謝意。『ごめん。ありがとう』。

 僕は黒髪の美女へ伝える。


「フェリシアと、此度の戦役勝利の立役者ともなった優秀な方々がいる限り、この商会は今後も飛躍していくでしょう。今は王国の南北の品、しかも食品が中心ですが扱う品の数は拡大予定です。また、東部、西部の、オルグレン、ルブフェーラ両公爵家からも内諾を受けました。『天鷹商会』には、南北東、三つの空路をお任せしたい、と考えています。これは、現状行っている王都への輸送、だけでなく」

「南の品を北へ。北の品を東へ。東の品を西へ。ですね?」

「正に」


 頷き、手を挙げる。

 エマさんがエルゼ様の前へ薄い資料を置いた。

 さっ、と目を通し、黒髪美女は息を吐き、笑う。


「……これ程の物量、グリフォンを増やさないといけませんね。今の、二倍。いえ、三倍には」

「西方だけは飛竜便となります。近日中、王都にて、エルゼ様、飛竜便の元締めにお越しいただいて、最終合意にしたい、と考えています。飛竜便の方は既に乗り気です。『グリフォンの連中が無理なら、儂の方でやらせていただく』と」

「その提案は御断り致します。『天鷹商会』の名と、私、エルゼの名と――私のに懸けまして、全てお引き受けを」

「分かりました。フェリシア、細かい条件は任せていいかな?」

「あ、はい」

「ありがとう。大変、申し訳ありませんが、僕はここで失礼します。この後も予定が詰まっていまして……貴女様の御活躍を祈念しています」


 僕は立ち上がり、背筋を伸ばしてエルゼ様へ頭を下げる。美女も慌てて立ち上がり、頭を下げる気配。

 ――『野望』か。

 どうか、それがかつてと同じものであることを、僕は祈る。


「エルゼさん、貴女の『野望』とは何ですか?」


 フェリシアが素直に尋ねた。

 黒髪美女が穏やかに微笑み、返答。 


「昔、約束をしたのです。雨の日に泣いていた、獣人族に育てられたらしいある少年と。『私が獣人族の未来を変えて見せる』と。名前も知りませんし、何処の誰かも分かりません。けれど――私は確かに誓ったのです。未だ、その約束を果たすことは出来ていませんが……破るつもりは毛頭ありません」


 ……そうか。覚えていてくれたのか。

 なら、ならば――それだけで十二分だ。

 身体の震えを渾身の精神力で抑え込み、顔を上げ微笑む。


「それでは、また――何処かで」


※※※


 会談を終え、自室へ。

 すぐさま、みんなが駆け寄って来る。

 僕の顔を見て驚く。


「先生!」「ア、アレン先生?」「あ、兄様?」


 ティナ達が心配そうに僕を見てきたので、頭を乱暴に撫でまわす。


「「「!」」」

「……大丈夫です。アトラ、リア、おいで」

「「♪」」 


 幼女二人が飛びついて来たので抱きしめ、そのまま、ベッドに倒れこむ。

 …………疲れた。本当に疲れた。

 後でフェリシアに謝っておかないと。

 リディヤ、ステラ、カレンが覗き込んでくる。


「…………」「アレン様」「兄さん」

「……少しだけ、ほんの少しだけ、あの人とは関わりがあった。でも、それはほんの一瞬だったんだ。人生、何が起こるか分からないよね。ああ、辛いんじゃない。何だろうなぁ……言葉には形容出来ないね。まぁ……疲れたよ。アトラ、リア、ぎゅー」

「「♪」」


 幼女二人を抱きしめると、きゃっきゃっ、とはしゃぐ。

 リディヤがベッド脇へ腰かけ、僕の頭を自然な動作で撫でてくる。


「……凄く動揺してたわね」

「それはそうだろうね」

「…………やっぱり、年上が好きなのね?」

「そうなのかな? 憧れては――……ち、違うって」

「ふふ♪ あんた達、聞いた? ねぇ、今の聞いた? こいつは、『年上』が好きなのよっ! あら? あんた達は全員、『年下』よねぇ??」

『っっっ!!!!!』


 リディヤがわざとらしくティナ達を煽る。どうやら、柄にもなく気を遣ってくれているようだ。

 ……きっと、魔力の動揺を感じ取って、心配していたのだろう。

 『誓約』の魔法の良くない点だ。

 魔力を繋ぐのも、手を繋いだり、キスをしなくても繋げることが出来そうだし――のもより簡単に出来てしまうだろう。

 扉が勢いよく開いた。


「話は聞かせてもらいましたぁ~♪ 『年上』がお好きなら、私の大勝利」

「死になさい、泥棒猫っ!!!」


 リリーさんの戯言に対し、間髪入れずリディヤが炎の短剣を放つ。

 ――が。


「ふっふっふっ~の、ふっ~ですぅ♪」

『!?!!』

 

 短剣が突如消失。魔法介入だ。

 この前の祝勝会会場で、基本のやり方を教えただけなのに……リディヤ並に物覚えが早いなぁ。リリーさんは細かい制御とかも得意だし、地味に隙がない。

 リディヤ達の視線が僕へ集中。『説明っ!!!』。

 僕は苦笑し、アトラとリアへ話しかける。


「……お昼寝、しよっか?」

「「ん♪」」


 幼女二人は嬉しそうに、楽しそうに頷く。

 魔力が高まっていく中――僕は静かに目を閉じ、祈る。

 

 あの日、僕を救ってくれたあの人の道行が、これから先も光に満ちたものでありますように、と。 

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