第48話 大聖堂

 【龍】と呼ばれる、翼持つ大蛇をギル達に託し、僕とアリス、アーサーは魔工都市を疾走した。

 正直言って、僕が使える身体強化魔法だけじゃ、二人について行くのは到底無理だったろう。


「……花竜に後で御礼を言っておかないとな」


 建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、僕は魔杖を握り締めた。

 先程放った雷でも、相当な魔力を使った筈なのだけれど、底がまるで見えない。

 『竜』と『勇者』ってやっぱり凄い――頭の上の氷鳥が地団駄を踏んだ。


『! !! !!!』


 どうやら『私だって凄いのっ! 問題はティナなのっ!!』と言いたいらしい。

 ……思ったよりも拗らせてるなぁ。

 左手の魔杖を握り直し、周囲へ感知魔法を発動。

 どうやら、住民の多くは建物内で息を潜め、一部は都市の外へ退避しているようだ。けれど。

 

「……兵どころか、聖霊騎士や魔導兵もいない? これって――アーサー?」

「分からんっ! 議事堂の抵抗も微弱であったっ!! 主だった連中の姿もなしだっ!!!」


 先行している英雄様が、空中で器用に半回転しながら教えてくれた。

 判明している敵の大駒は使徒達と『賢者』。そして、使役していた骨竜。既にイゾルデは封じた。てっきり、ここで天地党側についた強者達が現れる、と思っていたのだけれど、違うのか?

 疑問に思っていると、アリスが建物の壁を蹴りながら、淡々と指摘してきた。


「簡単――全部『贄』にされた」

「「!」」


 僕とアーサーは思わず絶句。

 『贄』って……天地党側についた人々の数は、少なく見積もっても軽く万を超えている。

 その人々全員を犠牲にした!?

 本当なら……


「狂ってるっ」「だからこそっ! 我等で止めねばならんっ!!」


 アーサーが速度を上げ、僕達の先頭へと躍り出た。

 ――前方に、周囲を巨大で古い聖堂が見えて来た。

 聖霊教大聖堂だ。

 周囲には重厚な戦略結界が張り巡らされている。探知魔法を防止しているのだ。

 地面へと降り立ち、アーサーとアリスへ問う。


「どうします? あの、結界を破るのはそれなりに――」

「無論っ! 押し通るっ!!!!!」


 ララノアの英雄様は双剣を抜き放つと、高く掲げ、容赦なく斬撃を放った。

 結界に接触し――


「っ!」


 アーサーの斬撃は、轟音と共に戦略結界を切り裂き消失させた。同時に、大聖堂の正門や石壁をも崩壊させ、丸裸にする。

 ……ララノアの『七天』、とんでもないな。

 僕が若干呆れていると、アリスが真剣な口調で口を開いた。


「アレン――今回、想定される相手は恐ろしく強い。決して油断しないで。顕現した場合、花竜の杖は使い潰していい。最悪の場合、【氷鶴】【雷狐】【炎麟】の力を行使することも許可」

「……了解」『!』


 『勇者』の言葉を疑うような習慣は持ち合わせていない。

 ……それにしても、花竜の杖を使い潰すだけでなく、大精霊三柱の力を引き出す、か。頭の上ではしゃいでいる『氷鶴』程、自信はないな。

 戦慄していると、アーサーが金銀の瞳を細め、前方へ叫んだ。


「そこにいるのは分かっているっ! 出てこいっ!! 出て来ないならば、大聖堂ごと、葬るっ!!!」

「――……五月蠅い男だ。ロートリンゲンだというのに、覇気を持ち合わせているとは、不快極まる」


 土煙を吹き飛ばし、やって来たのはフード付き外套を纏った男だった。手には古めかしい杖を持っている。

 ……この男。

 僕は険しい口調で問う。


「貴方が本物の『賢者』」「アレン、違う。紛い物」

「……言ってくれる。相変わらず、『勇者』とは傲慢だな」


 男は苦々しそうに吐き捨て、杖で地面を打った。

 すると、魔法陣が出現し、三人の使徒と少年が転がる。アーティ・アディソン!

 使徒はイーディス、イブシヌルと……もう一人は増援か?

 僕が相手の想定戦力を上方修正していると、使徒達は『賢者』に跪く。


「準備完了致しました」「何時でも」

「――そうか。使徒イライオス。本当に、本当に良いのだな? この魔法を使えば、お前は間違いなく死ぬぞ?」

「はっ! ですが――我が身は聖女様に捧げております。私の命で、あの御方の望みが叶えられるならば本望!!」

「――よくぞ。イーディス、イブシヌル」

「……はい」「……悔しいですが、仕方ありませぬ」


 上気した様子を見せる新手の使徒に対し、前回交戦した二人の使徒は不服そうだ。いったい、何を?

 アリスが魔杖をくるくる回しながら、高く掲げた。

 人の域を遥かに超えた魔力が集束し、天地が鼓動を始め、数えきれない雷が大聖堂を、地面を穿つ。

 白金髪の美少女が『賢者』達へ冷たく言い放つ。


「茶番はもういい?」

「ああ、良いとも、当代の『勇者』殿! お前と『竜』の出現は予想よりも少々早かったが――」

「! アーサーっ!!」「おおっ!」


 僕は、咄嗟に植物魔法をイライオスへ発動し、拘束。

 アーサーも双剣を交差させ、情け容赦ない斬撃。アリスも雷柱を放った。

 『賢者』がフードを指で上げ、紅く光る瞳を僕達へ向け、嘲る。


「もう遅いっ!!!!! ヴィオラっ!!!!!」


 ――使徒達の影から、灰色ローブの少女が飛び出し、イライオスの心臓を片刃の長剣で刺し貫くのがはっきりと見えた。

 閃光が走り、次いで大衝撃が走る。

 杖を前に出し耐えていると、アーサーの独白が耳朶を打った。

 英雄の声は……信じ難いことに震えている


「…………そうか。最初から、そのつもりだったのかっ」


 僕自身の身体も勝手に震え始め、杖を痛いくらいに握り閉め抑え込む。

 ――この魔力は。

 アリスが目を鋭くし、剣の柄に触れ、


「「!」」


 いきなり抜き放った。

 けたたましい金属音が響き渡り、前方から投げつけられた巨大な鋼槍が切断され、石畳に深々と突き刺さった。

 ――土煙が晴れていく。

 半壊した大聖堂を背にし、空中に鈍色を放つ金属製の双羽持つアディソンが浮かんでいる。こ、これは!?

 先程ヴィオラに刺されたイライオスの姿は掻き消え、鮮血の魔法陣だけが不気味に輝くのみ。『賢者』達が大聖堂内部へ入って行くのが見えた。

 アリスが苦い言葉を吐き出す。


「アディソンの家は、ユースティンとの独立戦争に勝ち抜く為、多くの魔法を研究していた。その中には、ロートリンゲンが密かに隠し持っていた禁呪も含まれる。あれは、中でも最凶最悪――『人造天使』の顕現式。大陸を征した旧帝国衰退の要因ともなった、神亡き時代に神の力を行使する存在を模したもの。……気を付けて。アレはかつて、数頭の『竜』をも殺している」

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