第49話 鋼

 僕はアリスの言葉聞き、杖を握り締める。


「……一筋縄じゃいかなそう、だね。アーサー」

「カッコよく『先へっ!』と言いたいところだが」

『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 突如、アーティが絶叫。

 どれと同時に、次々と周囲の建物や石壁、石畳がバラバラに分解されていく。この攻撃方法……。

 戦慄しつつも、大きく杖を振り、僕はとある魔法を広域静謐展開。

 アリスが満足気に頷く。


「ん――間違ってない」

「ありがとう。でも」

「来るぞっ!」


 ララノアの英雄様は双剣を十字に重ね、左へ跳躍した。

 僕も慌てて右へ走り、同時に魔法を発動させていく。


 ――瞬間、無数の白い線が空間を走った。


 先程まで、僕とアーサーがいた場所を切り裂き、凍結。

 僕が発動しておいた小さな氷華達が、アーティの放った鈍色の『絃』を浮かび上がらせていく。

 唯一、その場から動かず、襲って来た攻撃を魔力障壁だけで封殺したアリスが目を細め、呟いた。


「……未熟だけど『鋼』。力を完全に引き出したら厄介」


 現在、教科書に載っているのは、炎・水・土・風・雷・光・闇の七属性。

 そこへ『氷』を加えたものが、旧八属性だ。

 けれど、様々な古書の断片を読んでみると、かつての世界に他の属性も存在していたようなのだ。

 杖を振り、空中のアーティ相手に光属性初級魔法『光神弾』を速射する。

 アリス曰く――『人造天使』となった少年は微動だにせず、軽く左手を振り、絃を放ち消失させながら、僕を迎撃する。


アンナさんよりは容赦があるけどっ、魔力は数段上だっ!! アリスっ?」

「ん――『死神』よりは数段温い。でも、困った」

「何が、だっ!」


 僕とアーサーは、凍結させることで無理矢理『絃』に固定化した全包囲攻撃を躱しながら、小さな右手で鋼の線を引き千切りながら困った顔をしている美少女に聞き返した。

 見える、と言っても、僕の貧弱な魔法障壁では『絃』を受けるのは不可能。

 身体強化魔法と、杖の魔力を借りて三属性魔法『氷雷疾駆』を全力発動させながら、逃げ回る。

 視界の外れで、アーサーが石柱を垂直に駆けるのが見えた。


「せいっ!!!!!」


 裂帛の気合と共に、双剣をアーティへ叩きこむ。


 ――凍結した無数の『絃』が砕ける程の金属音。


 アーサーの一撃は、鋼の翼で防がれていた。

 更に鋼翼は形を変容。巨大な槍となり、英雄を刺し貫かん、とする。

 咄嗟に魔杖を振り、


「っ!」


 突風でアーサーを無理矢理吹き飛ばし、同時に植物魔法を発動。

 アーティの両手両足、鋼翼の拘束を試みるも、あっさりと切断される。

 ――かかった。


『!』


 天使の瞳に驚きが浮かぶと同時に、氷が空中を走り、巨大な氷像にして閉じ込める。

 肩の上に停まっていた『氷鶴』が羽を拡げると、アーティを中心に猛吹雪が吹き荒れ、氷の厚みが一段を増した。流石は大精霊!

 僕は左手で自慢気な氷鳥の頭に触れ、感謝を告げた。


「――ありがとう。でも、ティナには内緒だよ? アリス!」

「――……本当に困った。見て」

「「?」」


 苛烈な戦場に佇む美少女は、魔杖でアーティを指し示した。

 早くも氷に罅が入る中、目を凝らし――僕と、体勢を立て直したアーサーは呻く。


「あ、あれは……」

「碌でもないモノで、無理矢理、顕現させられているのかっ!」


 少年の心臓部分が紅く明滅を繰り返している。

 明らかに歪で……人のソレではない。

 アリスが渋い表情になり、魔杖を大きく振った。

 白き雷が穂先に集束し、雷刃を形成していく。


「……ん。【龍】の心臓と世界樹の最も古き新芽。おそらくはその断片。幾ら『白の聖女』候補でも、未熟な身では無茶苦茶。そんなに長くは保てない」

「っ!」「……外道がっ」


 僕は絶句し、アーサーが吐き捨てる。

 『勇者』と『七天』がいれば、完全体じゃない『人造天使』を倒すことは出来るだろう。

 けれど……氷の中で、必死に目を動かし、アーティ・アディソンが僕を見た。


『…………おねが…………こ、ろ…………し…………』


 歯を食い縛り、額に手をやる。

 ……間違いない。

 アーティに外法を施した者は『わざと完全体とせず、僕達が躊躇うことまで計算に入れている』。どうしたら……どうすればいい!?

 ふと――王立学校の入学試験を受ける前、東都の駅で父に肩を叩かれた時の言葉を思い出した。


『アレン、王都では色々大変なこともあると思う。だけど、そういう時は自分を信じてあげよう。大丈夫! 君なら出来るさ。だって――君は、僕とエリンの世界で一番の息子なんだから』


 ……そうですね、父さん。

 少なくとも此処でこの子を見捨てたら――……今後、僕は貴方と母さんの息子だと、カレンの兄なんだ、と胸を張って名乗れません。

 手を外し――僕は花竜の杖を高く掲げた。


「アレン? どうかした――ぬぉっ!」


 アーサーを掠めるように、アリスの雷が石畳を粉砕。

 氷鳥が飛び上がり、歌い始めた。


 ――氷華とが大聖堂前の広場を覆い尽くしていく。


 魔杖を抱きかかえた『勇者』が、アーサーへ鋭い視線を向けた。


「五月蠅い。珍しくアレンが本気を出しそう。黙って、見ておくべき」

「ぬ、ぬぅ」

「……何時も本気だよ?」


 苦笑しながら――瞑目し、名前を呼ぶ。


『アトラ! 僕に力を貸しておくれっ!!』

『♪』


 嬉しそうな返答と同時に、氷の砕ける音が響き渡った。

 張り巡らせていた氷華も一掃され、天使は咆哮。

 先程よりも更に増した魔力風が巻き起こり、双翼から無数の鋼槍を放って来る。


「っ! アレン!! これは――おおっ!?」

「ん――可愛い。とても可愛い。許可」


 アーサーが驚愕し、アリスが腕組みをして頷くのを見ながら、僕は紫電を纏った魔杖を薙いだ。


『!』


 雷刃が走り、鋼槍を悉く両断した。

 、僕は天使へ杖を突きつける。


「悪いですが、アーティは返してもらいます。貴方達の思惑通りにはさせないっ!」   

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