第47話 本命

「アレン!」

「アーサー! リドリーさん!!」


 アリスと軽口を叩きながら、アディソン家からの移動を開始した僕達は、魔工都市の中央広場で、議事堂制圧へ向かっていた、アーサー・ロートリンゲンとリドリー・リンスターと合流した。

 二人共、激戦だった筈だけど、無傷。

 流石と言うべきか、これが『七天』と『剣聖』の実力、と言うべきか。

 ララノアの英雄様は僕の前へ降り立ち、ニヤリ。


「無事で何よりだっ! 此方は、延々と骸骨兵共が相手でなっ! 少々、飽きたぞ!! 芸のない連中だ!!! 取りあえず、全て斬っておいた」

「ははは……」


 骸骨兵――禁忌魔法『故骨亡夢』による大規模召喚だと思うのだけれど。多分、最低でも万単位を斬ったんじゃ?

 リドリーさんへ視線を向けると、僕の左腕を拘束しているアリスを見て顔を硬直させている。

 ギギギ、という音が聴こえるかのように、首を動かし、端的に聞いてきた。


「……『勇者』殿、か?」

「正解です」

「…………オルグレン公、ゾルンホーヘェン辺境伯爵令嬢」

「は、話を振らないでほしいっす。リンスター公子」

「世の中には、直視すると心労で倒れそうになる事態もあるんです。……でも、アレン先輩なので、考えるのを止めた方が楽になれます。もしくは、リディヤ先輩みたいに、全部受け入れる大きな心を持つか」

「………………心しておく」


 リンスターの公子殿下は、諦念を顔に浮かべ重々しく頷いた。

 そんな三人を無視し、アリスがアーサーを見て、口を開く。


「ロートリンゲン。貴方は相変わらず幸運。私じゃなかったら――」


 小さな手で首を斬る真似をした。物騒だなぁ。

 同時に「ん――」と頭を撫でるように訴えてきたので、手を置き、アーサーへ話しかける。


「アーサー、アリス・アルヴァーンです。魔杖は、僕には過ぎた代物だったので、譲渡しました。申し訳ない。――……アディソンの屋敷で、吸血鬼イゾルデ・タリトーと交戦しました。同時に、花竜も降臨したのであちらは任せています。復活はしてこないでしょう」

「イゾルデ嬢が……。了解した。此方は議事堂を制圧。ミニエー、スナイドル達に守備させている。目立った情報は得られず、だ。そして――『勇者』殿! 先祖が犯した多くの過ちは聞いている。だが、今は勘弁願いたい! 貴女が来られた、ということは……何かしら、そういう相手が出て来るのであろう?」


 アーサーは腰の双剣の鞘を叩いた。

 嵐の前の静けさなのか。

 敵の姿も、大きな魔力も感じられない。

 アリスは魔杖『導きし星月』を肩に置き、背伸びをして僕の肩に停まっている氷鳥を撫でた。


「ん。私も今更、貴方を斬る程、暇じゃない。人同士の争いは、コップの中でやっていればいい――でも」


 氷鳥が嫌がり、僕の頭の上に移動した。

 アリスは頬を少しだけ膨らませ、魔杖で自分の肩を叩く。

 宝石のような瞳に、鋭い紫電が散った。


「世界の律を乱すモノは別。死を司る『黒の聖女』は何かを企んでいる。さっきの可哀想な吸血鬼も、【双天】の禁忌魔法を使う思考停止達も、偽『賢者』も、全部前座。もっと言うと――」

『!』「むっ!」


 陽が陰り、魔工都市を覆うように結界が張られていく。

 同時に砂埃が巻き起こり、重苦しい魔力で息が詰まる。

 ギルとゾイが悲鳴をあげた。


「そ、そんな……」「何!? 何なのっ!?!!」

「あれも前座」


 アリスが目を細め、魔杖を掲げた。

 直後――上空を飛ぶ翼持つ空飛ぶ大蛇が口を開き、禍々しい毒を吐き出そうとし、


『!?!!』


 翼を降り注いだ巨大な雷刃で切断され、中央広場へと落下した。近くにある建物を薙ぎ倒し、蠢く。

 アリスはつまらなそうに僕の左腕を再び捕獲し、リドリーさんとギル、ゾイへ視線を向けた。


「長い年月で自らの属性すらも忘れた【龍】を【蘇生】で無理矢理動かしているだけ。何の面白みもない。わんこ達で倒せ。私とアレンは先へ進む。『氷鳥』、貴女も残る?」

「「「なっ!?」」」

「……『勇者』殿。流石に【龍】は厳しいのではないか?」


 アーサーが珍しく懸念を表明した。

 確かに、桁違いの魔力を秘め、早くも周囲を汚し始めている。

 けれど、アリスは頭を振った。


「さっきも言った。あれは前座。本命は別。ロートリンゲンの末子。貴方の先祖が衰退する切っ掛けとなったのは……何が相手だった?」 

「! ――……馬鹿なっ。あれが顕現すると? いったい、何を媒介にすると言うのだ!? 最も可能性としてあり得そうだったイゾルデ・タリトーは、花竜が封印している。聖霊教の使徒や、例の『賢者』でもあっても足りぬっ!!」


 ララノアの英雄様が激しく動揺し、狼狽える。

 ……媒介、か。

 僕は花竜の杖を振るい、


「「「!」」」


 【龍】と呼ばれた存在を、無数の蔦で拘束。

 同時に、純白の雷が走り打ち付けた。【龍】が絶叫し、未知の治癒魔法を発動させ、翼を復元させようとするも瓦礫から水が溢れ阻害していく。

 アリスが胸を張り、満面の笑み。


「ん――雷を足して正解。アレンは賢くていい子。でも、過保護は禁物。可愛いわんこ達は千尋の谷に千回くらい落とすべき」

「……この戦いが終わったら、返すからね?」


 僕は苦笑し、ギル達へ片目を瞑る。

 後輩達は「「は、はいっ!」」と頷き、のたうつ【龍】へ立ち向かっていく。

 リドリーさんは大きく溜め息を吐き「……竜と『勇者』の力をこれ程容易く……いや、そうだった。『剣姫』が選んだ相手だったな……此方は任せよ」、と呟き、疾走を開始した。……誤解が過ぎるな。

 頬を掻いていると、氷鳥が羽ばたき『! !!』拗ねたように僕の頬を突いてきた。どうやら、氷を混ぜなかったのが気に障ったらしい。

 僕はアリスとアーサーを促す。


「一先ず、進みましょう。目的地は――魔工都市最北の地。聖霊教大聖堂です」

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