第46話 花竜

 後輩達を促し、僕は花竜へと向き直った。


「――狼族、ナタンとエリンの息子、アレンです。敵対する意思はありません。この『氷鶴』を宿している子は僕の教え子です」


 無数の花々が咲き誇り、光が瞬き、屋敷の周囲が神域化されていく。

 『竜』の力は人知を遥かに超えているのだ。

 ギルとゾイは「「…………」」もう言葉もなく、ただただ僕の両袖を握り締め、目を瞑っている。

 僕の肩に停まっていた氷鳥が羽ばたき、花竜の頭に降り立った。

 アリスは魔杖『導きし星月』をくるくる回し「……ん。ちょっと長い。終わったら短くするかも?」と恐ろしいことを呟いている。この子ならやりかねないからなぁ。

 花竜は目を細め、口を開いた。一斉に植物達が勢いを増す。


『勇敢なる狼の子――水竜から話は聞いている。大精霊に愛され、軛を解かんとする貴方と戦う理由はない。私が此処に来たのは、邪悪な魔力を感じた故。人同士の争いに興味はないけれど、私達には世界樹が育つまで、世界の律を守る使命がある』


 後輩達の震えがますます酷くなる。無理もない。

 竜と相対すれば分かる。


 ……これ相手に戦うのは正しく自殺行為だ。


 けれど、不思議と怖くはない。考えてみれば、黒竜と戦った時もそうだったな。

 氷鳥が花竜の頭の上で翼を拡げ、アリスを威嚇するも、美少女は無視。ギルとゾイに魔杖を突き付け、重々しく命令した。


「ちびっ子わんこ達、邪魔。可愛いアレンは私のもの。とっととどけ」

「なっ!?」「ア、アレン先輩ぃ……」


 後輩達が絶句し、情けない声を出した。

 僕は苦笑し、アリスの頭に手を伸ばし、花弁を摘まんだ。


「アリス、あんまり僕の後輩を虐めないでおくれよ」

「虐めてない。正当な権利の要求。私にも癒しが必要」

「癒しが必要なのは理解出来るけどね」

「必要。あと――紅い弱虫毛虫対策。随分と、繋がりが強くなっているから、私がこうすれば」

「おっと」


 勇者様は僕の左腕に抱き着いて来た。

 数枚の炎羽が舞い、アリスへ襲い掛かるも、霧散。

 ――……えーっと。いや、まさかそんな筈は。

 今、僕がいるのはララノア共和国の魔工都市。

 あの子――リディヤ・リンスターがいるのは、ウェインライト王国の王都なのだ。これだけの距離が離れていて、察知されるわけがない。

 ……ないのだけれど。

 アリスが魔杖を抱えて勝ち誇る。


「むふん。私の勝ち。所詮、泣き虫毛虫なんか敵じゃない。同志にも悪いけど、現実は非情なことを教える良い機会」

「同志――ティナも感知して?」


 アリスに無視されていた『氷鶴』を見つめると、分かり易く視線を泳がせ、樹木に覆われている花竜の頭の奥へ引っ込んだ。

 ……まずいな。

 ティナのことだ。僕達が、想定以上の戦いに巻き込まれていることを『氷鶴』を通して理解したら、強引にこっちへやって来てしまうかもしれない。

 あの公女殿下、最大の強みは行動力なのだから……。

 花竜が美しい花々に彩られた翼を拡げ、口を開く。


『勇敢なる狼の子――私はこの地一帯を封じねばならない。無知な人の子等は、それが何かも理解せず――深き地の底で、黒き扉を無理矢理開けようとしていた。かつて、大精霊【嵐翠】と共に傷ついた世界を癒した『賢者』――の末の名を騙るマガイモノが放った魔法で、箍が大分緩んでいる。開いてしまえば、世界の律を大きく乱す』

「! エーテルフィールド、ですか……? エーテルハート、ではなく?」


 黒き扉。

 四英海の底にあった例の扉だろう。それが、この屋敷の地下にある?

 しかも……『賢者』はマガイモノ。

 確か、『氷鶴』も大魔法をそう言っていたな。

 アリスが僕へ満面の笑み。


「ん――アレン、知りたい?」

「うん。知りたいよ。……でも」

「でも?」


 頬を掻き、僕は無視され続けしょげている氷鳥へ軽く手を振った。

 分かり易く『!』羽を震わせ、氷鳥は僕の頭の上に帰還。……宿っているティナに似たのかな? 北都や王都で声を聞いた時は、もっと威厳があったんだけど。

 疑問を頭の片隅に置きながら、アリスへ素直に伝える。


「……僕なんかが知っていいのかな、と思うんだ。ほら? アリスも知っての通り、僕って、昔は一学生。今はティナ達の一家庭教師で――」

「エーテルフィールドは『始まりの魔法士』。エーテルハートはその弟子。つい数百年前まで、この世界には『フィールド』と『ハート』を冠するそれぞれが存在していた」


 最後まで言わせてもらえず、アリスはあっさりと世界の秘密を教えてくれた。

 ギルとゾイも、


「ア、アレン先輩……」「普通の人は、『勇者』や『竜』と話せません……」


 と、指摘してくる。

 頭の上の氷鳥も氷華を生み出し、同調。……味方がいないなぁ。

 何となく左手をアリスの頭の上に置く。


「……アリスはちょっと意地悪だね」

「そうでもない。アレンには負ける――【扉】は任す」

『――心得た。古き同胞の末よ。誓いを』

「誓いを」


 勇者と花竜は頷き合い、巨大な竜は更に二枚の羽を生み出し、空へと舞い上がった。上空で歌う度、花の勢いが増していき、イゾルデ・タリトーを覆い隠していく。


「……アリス」

「殺しはしない。でも、人為的な吸血鬼は一部を除いて長生きは出来ない。この娘の寿命はほんの僅か。単なる捨て石」

「……そっか」


 僕は顔を顰め、手を自分の胸に押し付けた。

 ……せめて、アーティ・アディソンの遺体を。

 アリスが小さな手を叩いた。


「ん――忘れていた。アレン、他の杖が必要?」

「……必要だけど、その魔杖は返してもらわなくていいよ?」


 頭の上で氷鳥が翼を震わせる。『どうして!?』と訴えているようだ。

 僕は上空を飛ぶ美しい花竜へ見て、目を細めた。


「正直……怖いよ。使いこなす前に、暴走させそうだしね」

「貴方なら大丈夫なのに。でも――そう言うなら仕方ない。代替品を支給」

「……へっ?」


 花竜が歌う。

 すると、花弁が集まり――僕の目の前に一本の杖が浮かびあがった。

 こ、これって……。

 アリスがあっさりと告げた。


「花竜の杖。『導きし星月』よりは格落ちだけど、許してほしい。移動しながら水竜の加護も足せば、そこそこにはなる。私の【雷】も足しておく?」

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