第63話 氷鶴

 リディヤが『真朱』を一閃。白炎の障壁が掻き消える。

 ジェラルドだったモノが形を変え、黒炎が集約。羽を持つ四足獣――これが、大魔法『炎麟』か。とんでもない魔力だ。

 かつて、東都を吹き飛ばした、というのもさもありなん。

 ティナは……って、何を!?


「リディヤ、そ、それは何かな?」

「『火焔鳥』を渡すわ。これで何とかしなさい。ああ、言っておくけれど」

「な、何さ」


 息がかかる位に顔を近づけられる。近いって。

 その目に怒り。そして、僕を喪うかもしれない怯え。


「ごめん。大丈夫だよ、後できちんと怒られるからさ。少しだけあいつを止めておいて。その為なら何を使ってもいい」

「……馬鹿。そういう時は、黙って――大馬鹿」


 拗ね続けているリディヤのおでこにキスをする。

 繋がりが更に深くなり、魔力効率が向上。

 

 ――『炎麟』の揺らめいていた黒炎が定まった。そろそろ来る。

 

 リディヤが、左手から『火焔鳥』を渡してきた。

 『真朱』の光が増した。

 背中から四枚の白炎の翼。久方ぶりに見たけどやっぱり綺麗だ。

 

「ねぇ」

「本気でそう思ってるよ――それじゃ」

「ん。あんたが来るまでに、終わらしておくわ」

「頼もしいね!」

 

 氷の渦に向かって『火焔鳥』を放ち、同時に駆けだす。

 後方から、声なき大咆哮。

 ……何だろう、まるで苦しんでいるような。

 猛吹雪が襲い掛かってくるも『火焔鳥』により、氷の障壁を次々と突破。

 ティナは――見えた! 丸くなって泣いている。

 ……そろそろ『火焔鳥』も限界だ。


「ごめん。もう少し。もう少しだけでいいんだ。頑張ってくれっ」


 炎が最期の煌めきを見せ障壁に激突。消失するも……僕自身は辿り着いた。『白の世界』に。

 ――音が聞こえない。

 外でリディヤが激しく戦っているのは、辛うじて感じられるけれど……それ以外が、ほとんど遮断されているようだ。


「――—!」


 大声で叫ぶも目の前のティナに届かない。

 そうこうしている内に、手足が白く白く染まっていく。このままでは。

 手を伸ばし、ティナの肩を掴み、身体を揺らす。


「――—!!」


 再度、叫ぶ。

 けれど、ティナは、いやいやと首を振るばかり。ああ、もうっ!

 魔力を総動員し、小さな炎を生み出し、足元へ落とす。少しだけ、『白』が弱まった。今だ。


「ティナっ!!!」


 びくり、と身体を震わせたティナは恐る恐る顔を上げた。

 目は涙で真っ赤。僕の顔を見ると更に大粒の涙が落ち、空中で凍っていく。


「せ、先生っ……わ、わ、私……私はっ……」

「ティナ」


 何かを言わす前に強く抱きしめる。

 じたばた、と抵抗するも無視。言い聞かせる。


「……いいですか、ティナ。人は間違います。僕やリディヤでも、誰でもそうです。だから、一度の失敗で自分をそこまで責めないでください」

「で、ですが……わ、私が来なければ、先生は、先生は、怪我されることも……」「なら、後できちんと反省してください。それに――僕も謝らないといけません。ティナ、君の中には大魔法『氷鶴』だと思われるモノが存在しています」

「……この氷を産み出しているのが、そう、なんですか?」

「はい。そして、今、暴走しようとしています」

「暴走、ですか」


 『白』の圧力が強くなっていく。

 リディヤはどうやら、派手にやっているらしい。魔力の乱れはない。

 ……覚悟を決めないといけないか。


「ティナ、自分の中にいる存在が分かりますか?」

「……わ、分からないです。勝手に魔法が発動していくんですっ!」

「――先に謝っておきます。ごめんなさい」

「えっ?」


 ――ティナの唇を奪って、魔力を深く繋げる。

 凄まじい頭痛と、大混乱状態にある感情の奔流。

 僕を経由して、リディヤに届く事は何とか遮断。

 戦闘中に気が散るだろうし……『理解するのと、納得するのは別よ?』という、台詞が容易に想像出来る。で、『火焔鳥』後、膝枕等々を。

 袖を強く引っ張られた。


「……先生。リディヤさんに、何時もそんな事されてるんですか?」

「その話も後です。『氷鶴』が分かりますか?」

「……絶対ですよ? 分かります。でも、そんなに悪い感じはしません」

「僕もそう思います」


 『何か』がいるのは感知した。けど、禍々しくはない。

 むしろ……まるで、子供のように、そして、苦しくて苦しくて仕方ないかのように、ただただ泣いている。

 ティナの両手を握り、頷く。


「助けてあげましょう、この子を」

「は、はいっ!」

「僕が魔力を制御します。ティナは『氷鶴』を抑える事だけに集中してください」

「わ、分かりましたっ」


 少しずつ、少しずつ、魔力の奔流を制御していく。

 すると、やっぱりこれは……泣き声だ。

 どうして泣いているのだろう? しかも、これは――。

 目を瞑っているティナが強く手を握ってくる。


「……お願い。私の声が聞こえるなら……」


 魔力が収束し、ティナの中に吸い込まれていく。

 そして――僕の脇腹を触る、小さな小さな白い手。目が合う。

 ……えっ?

 『白の世界』が一瞬で晴れ、視界が広がる。

 見えたのは、『炎麟』を斬り飛ばしているリディヤの姿。

 ……幾ら完全顕現前とはいえ、大魔法相手にしてまぁ。

 『真朱』を肩に置き、後ろを振り返る。


「済んだの? 小っちゃいのっ! 終わったらとっとと離れさないよっ」

「い、嫌ですっ! ……先生、駄目ですか?」

「あーうん」

「あら? 死にたい――ちっ」


 『炎麟』が、黒炎を放ってきたのを、リディヤが防ぎつつ僕の隣まで後退。

 ジト目。余裕だね。

 相手は伝説上の存在なんだけどな。

 さて、今度はこっちをどうにかしよう。

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