第64話 炎麟
『炎麟』が声なき大咆哮。リディヤと派手にやりあったのだろう、もうボロボロな屋上の素材を吹き飛ばす。
魔法で防御――する間もなく、燃え尽き、また凍結し、舞い散る。
リディヤとティナの視線が交錯。君達……。
「で、どうだい? やりあってみて」
「……斬れなくはないわ。ただ」
「ただ?」
「むやみやたらに斬ると暴発しそう」
『真朱』の切っ先上には、今にも突撃してきそうな黒炎の獣。
だけれど、身体からは、ボコボコ、と泡が立ち、形状も安定しそうでしておらず、苦悶するかのように身体を震わせ、あ、前脚が崩れた。
……ジェラルドの魔力では『完成形』を維持出来ないのか?
それとも、あの魔法式自体が不完全なものなのか?
詳しい理由は分からないけれど、これは好機だ。
『炎麟』が『氷鶴』と並び称される大魔法ならば――再度リディヤへ尋ねる。
「君の直感として、邪悪かい?」
「……分かってて聞くの止めなさいよ。気持ち悪いのは、あの黒炎だけね」
「了解。それじゃ」
「せ、先生っ! 今の私なら足手まといにはなりませんっ!」
「小っちゃいの、あんたねぇ」
「リディヤ」
目配せをし、制する。
二人に繋いでいるから、主だった感情の流れは駄々洩れだ。後できちんとお説教はするけれど……今じゃないよね?
ティナの目を見て、手を差し出す。途端に、ぱぁー、と明るい表情になった。
……リディヤ、分かってるよ。
「では、やってみましょう。目標は『黒炎』。それだけです」
「は、はいっ!」
「……駄目そうなら、すぐ私と代わりなさい」
「で、出来ますっ! 私一人では無理でも、先生と一緒なら、何でも出来ますからっ!!」
「……あそ」
痛っ、痛いって。蹴るなよ。
……やれやれ。後がほんと怖いや。
ティナの小さな手を握りしめ、先程、感じた『氷鶴』の力を引き出していく。
――お願いだ。
どうか、この子の声を聞いてあげてくれ!
『炎麟』が、体勢を立て直した。来る。
リディヤが『真朱』を構えた。
『――待たせたなっ! 着弾、今!!』
通信宝珠からオーウェンの声が響き、『炎麟』へ軍用拘束魔法式が複数炸裂。
流石。絶妙ですね。
向こうからは剣戟の音。相当無理をしたようで。
「オーウェン」
『悪いが、これ以降の援護は遅れる。いけるか?』
「何とかします!」
『いい答えだ。最悪の場合は』
「――『最悪』なんか起きないわよ。私とこいつがいるのよ? 超大型豪華客船に乗ったつもりでいなさい。それじゃ、後でね」
『お、おいっ――』
リディヤが無理矢理、通信宝珠を奪い取り、通信を終了した。
今日、何度目か分からないジト目。う、うぅ……そんな目で見るなよ。
し、仕方ないじゃないか。僕はこれでも男で、君達は女の子なんだからね?
右手に爪を立てられる。ティナからもジト目。
……まったく。魔力を繋げるのも、痛し痒しだ。
「先生」
「今は、魔法だけを」
少しずつ、少しずつ、慎重に、慎重に力を引き出していく。
前方に、純白の小さな小さな氷の鳥が形作られてきた。
思わず深く息を吐く。とんでもなく難しいな。
――だけど、出来た。
おそらく、数百年ぶりに人の手で構築された『氷鶴』に列なる魔法だ。
「……綺麗……」
「ふん。随分と可愛らしい氷鳥ね。で?」
「黒炎だけを駆逐する」
「その後は?」
当然、これで片がついてほしい。
だけど、駄目だった場合は……隣で必死に魔法を維持しているティナを見る。この子には無理だろう。
つまり、後は。
「せ、先生! も、もう……」
ティナが悲鳴をあげる。
『炎麟』は――軍用魔法を、燃やし尽くし前進を再開。先程よりも明らかに強くなっている。
もう、時間がない。
「ティナ、いきますよ!」
「は、はいっ!」
氷鳥を解き放つ。
――瞬間、時すらも凍った気がした。
燃えていた屋根の全てを純白に染め上げながら、鳥が飛翔。
『炎麟』は危険を察知したのだろう、今までで最大規模の黒炎の大火球が出現――激突。
大火球そのものを凍結、四散させ、本体へと迫る。
『アレンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!』
歪んだジェラルドの声が、響き渡る。執念、か。
黒炎が勢いを取り戻し、激しく抵抗。
こちらも必死で氷鳥を制御。
……二人と魔力を繋げるなんて生まれて初めての経験だ。その影響なのだろう。さっきから頭痛が止まらない。
脇腹の傷は、どうやら癒してくれたみたいだけれど、今日はこれまでに相当無理をしている。長くはもたないだろう。
なら――ここで終わらす!
ティナも同じ気持ちのようだ。心強い。
前方で『真朱』を構えていたリディヤが、剣を直上へすっと掲げた。
巨大な『火焔鳥』が形作られていく。
何時ものそれではない――羽が四枚。本気だ。
それを見た『炎麟』――ジェラルドが再び絶叫。
『リディヤ・リンスタァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!』
「私の名前を勝手に呼ぶんじゃないわよっ!」
『真朱』が振り下ろされ、『火焔鳥』は急上昇。
ジェラルドの真上から急降下。
黒炎の一部が迎撃。拮抗、相殺――が、氷鳥への対応がその分、薄くなった。
「いっけぇぇぇぇ!」
ティナが更に魔力を注ぎ込む。頭痛が更に激しくなるが、無視。
ただただ、黒炎突破に集中。
そして遂に――抜けたっ!
『!!!!?』
氷鳥がジェラルドに直撃。
瞬時に、巨大な体を凍結。屋根全体をも、白の世界へ変えていく。
――やった、のか?
思わず安堵の溜め息が零れ二人へ笑いかけた――その時、静かな『声』は聞こえてきた。
『――マダダ。ワタシノ鍵ヨ』
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