第62話 暴走

「シネシネシネシネ!!!! トットト死ヌンダヨォォォ!!!!!」

「くっ!」

 

 第二撃を転がりながら躱し、途中で立ち上がり、魔法矢で反撃しながら屋根の上を駆け、距離を詰める。

 痛みは無視。

 服の中に、耐火結界は仕込んでおいたけれど……焼け石に水か。

 治癒魔法を発動するも効果は薄い。リチャードを苦しめていた魔法と同種。長時間戦闘は難しいだろう。まして、ティナを守りながらは無理だ。

 リディヤは――こちらに向かっているようだ。


 結論、接近戦に持ち込み時間を稼ぐ。

 

「無駄ナンダヨォォォ!!」


 黒炎を掻い潜り、剣の範囲まで接近。即座に振り下ろす。

 ……が、駄目。完全に見切られ、剣で弾かれる。

 こんな風になる前まで、この人は間違いなく近衛騎士だった。加えて、恐ろしい位に身体能力が向上している。

 切り結びながら、叫ぶ。


「ティナ! 逃げてくださいっ!」

「せ、先生っ!」

「バカがァァァ。オマエもアノムスメモ死ぬンダヨォォォ!!」

「うぐっ……」


 受ける圧迫感が更に増し、脇腹に激痛が走る。

 再度、叫ぶ。


「ティナっ!!」

「わ、私、私、私は……」

「余ユウヲミセテルンジャナインダヨォォォ!!!」

「しまっ」


 剣を大きく弾かれ、防御が遅れる。

 後方へ跳躍するもジェラルドの剣撃で、身体中を斬られる感覚。

 深手はないものの、各所で出血。口の中にも、血の味。


「~~~っっ!!!」


 後方から、ティナの声にならない叫び声がする。

 黒炎の追撃を必死に回避。

 ……くそっ! 

 完全に遊ばれている。ティナの前でなぶるつもりか。


「ホラホラホラホラ! ドウシタンダヨォォ。ソコノ忌み子モヨクヨク見てオケ。お前のせいデ、コノ下賤ナ男が惨タラシク死ヌ様ヲナァァァ!!!!」

「ティナ、聞く必要はありません。早く、逃げてくださいっ!」

「せ、せ、先生っ! わ、私……え? な、何なの? こ、これって?」


 まずい。この魔力は。

 ――屋根全体を覆うように、氷華が舞い始める。

 黒炎の追撃が止み、激しい音と共に、ジェラルドが両手をつき苦しみ始めた。


「ウガガガガガガガガガ……ナ、ナンダ……ヤ、ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロッ!!! オレサマノナカカラデテイケッ!!!」 

  

 身体から黒炎が産まれ、渦となり姿を覆い隠す。

 呆然とする、僕の後方からはそれよりも更に強い魔力の奔流。

 振り返ると氷風に包まれ、両手で顔を覆ったティナの姿が見えた。


「ティナ!」

「先生……私、私、と、止められないんですっ。こ、こんな――先」


 いきなり吹雪が吹き、身体を大きく弾き飛ばされる。

 辛うじて屋根から落ちる寸前に、剣を刺し落下を防止。身体が悲鳴をあげる。

 ……考え得る最悪の展開だ。

 おそらく、ジェラルドの『炎麟』が、衝撃を受け感情のたがが外れた事によって反応した、ティナの中にいる『氷鶴』と反応して、暴走を開始した。

 このままだと、東都どころじゃない。

 二体が完全顕現となった場合、地域一帯に被害が及びかねない。

 どうする。考えろ。考えるんだ。 

 今、この状況で取り得る最良の策は。

 ――息を切らしながら、屋根へと上がる。

 

 黒炎の渦と吹雪の渦とが、遥か上空まで立ち上り少しずつ形になろうとしている。周囲は、既に炎上し、また凍結が始まっている。

 

 どうにかしてティナを助けないと。

 足を踏み出そうとしふらつく。

 まずい、思ったよりも血と魔力を喪い過ぎて――倒れ込みそうになったところを、抱き留められた。即座に円形の白炎障壁が形成。


「……バカ。大バカ。何、勝手に血塗れになってんのよ。斬るわよ?」

「今これ以上、斬られたら、流石に死ぬかもね。ああ、ごめん。服が」  

「……本気で言ってるなら、怒るわよ」


 そう言いながら、心配そうなリディヤが物凄い数の治癒魔法を発動してくれる。

 脇腹の傷を見て、顔をしかめるも、耐火結界を更に上がけ。

 これで、当分はもつだろう。


「ありがとう。随分、楽になったよ」  

「……で、どういう――ああ、そういう事ね。あんたが私に隠してた秘密の一つがコレってわけ。やっぱり、斬るべきかしらねぇぇ。御主人様にこんな大事な話をしてないなんて! この魔力、大魔法ってやつじゃないの!」

「ごめん。だから、お願いがあるんだ」

「嫌よ」

「リディヤ」 

「い・やっ! 誰が、あんたを置いて逃げるもんですか。策はあるんでしょう? なら、最後まで付き合ってあげる。……今更、私を一人にしないで」

「……うん。そうだね。ごめん」

「さっきから、ごめん、が多いのよ、バカ」


 まったくこの御嬢様には敵わない。下手をすれば死ぬのに。

 こんな状況下にも関わらず笑ってしまう。

 目の前で、僕の血がつくことも構わず、傷を確認している少女の頭を乱暴に撫でる。


「ち、ちょっと、な、な、何するのよ」

「うん。君がいてくれて嬉しいなって」

「なっ!?」

「さて――通算、何度目か分からないけれど、王国を救おうか。相手は大魔法『炎麟』。それと『氷鶴』だ。リディヤ、君は」

「……分かってるわよ。『炎麟』の足止めでしょう? あれよね? 殺しても文句は言われないわよね?」

「殺せないと思うけどね。僕はティナを救う。この傷だ。君の本気にはついていけないと思うから」

「…………救い方に疑義があるんだけど? あんたの秘密の二つ目はこれね? 浮気者は死刑なんだけど?」


 魔力を繋ぎっぱなしかつ、こんな至近距離にいればほぼ分かってしまう。

 ……ジト目が怖いです。

 深い深いこれ見よがしな溜め息。



「まぁいいわ。良くないけどいいわ。全部終わってからね。……覚悟しておきなさいよっ!」

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