第61話 死闘
「もう終わりかしら? ……あの馬鹿王子付きにしては、ま、悪くはなかったわ。中の下ってとこね」
目の前で、赤き死神が淡々と論評してきた。
最早、立っているのはこの女のみ。
今や、仲間達はその悉くが薙ぎ払われ、ぴくり、とも動かない。
あれ程、執拗に張り巡らした耐火結界も焼け落ちた。この屋敷自体に炎が広がるのも時間の問題だろう。
血が出るのも構わず、奥歯を噛みしめる。
よもや……よもや、『剣姫』がこれ程とはっ……!
――あの男を先行させた後に、この少女が示した武勇は想像を遥かに超越していた。噂では、かの『勇者』とすら、渡り合ったと聞いていたが、さもありなん。
間違いなく、この者は剣士の頂点。
故に……半ばから折れた剣を支えに、ボロボロの身体を何とか起こす。
身体中から出血。治癒魔法を恒常発動しても、この様。
私では到底敵わぬ相手。だが、それでも!
剣を構え直す。
『剣姫』が怪訝そうな表情で聞いてくる。
「……力量が分からないような、愚か者には見えないけど? あんたじゃ、私には勝てない」
「委細承知っ! なれど――我は騎士!! 主君に仇名す者は打ち払わんっ!!! ……たとえ、主君が大きく道を踏み外そうとも、我はあの日、あの時、この剣に誓ったのだっ!!!!」
「…………悪いけど、付き合ってられないわ」
何の溜めもなく『火焔鳥』が出現。
死の凶鳥が声なき叫びをあげ、こちらに襲い掛かってくる。
……無為に受ければ、死ぬ。
ならば――最後の魔力と、腰から耐火結界の宝珠を砕き炎の中へ。
肉が焼ける、気持ち悪い臭い。そして、激痛。
火焔を貫いた先にいた『剣姫』は、こちらへ興味を示しておらず、不安気に上を見つめている。
――勝機!!!
「戦場で油断は死を――……」
人は『死』の直前に、過去あった事を全て思い返すという。
嗚呼……つまり、これが……王子……。
軽い音がし、愛剣が今度こそ両断。剣身が飛ぶのが見えた。
全身に走る、激痛を超える激痛。筋という筋が断ち切られた感触。
声をあげる事も許されず、その場に倒れ伏す。
「…………ごふっ」
「あんたのは騎士道なんかじゃない。単なる自己陶酔よ。あの馬鹿王子が、愚かな事をする前に止めるのが、本来のあんたの役目だった筈だわ――まして、こんな、こんな魔法をっ……」
そう言いながら、『剣姫』が走り去る。どうやら、随分と焦っているようだ。
最期まで何とも容赦がない。
視界は暗く、指の一本たりとも動かせない。
しかし、王子の魔力は感じる。
分かっている。こんな事が、間違っているのは。
だが……それでもっ、私は…………。
※※※
「おらおらおらオらおらおラおら!!! さっきまでノ、余裕は何処へいったんだよぉォぉ!!!!!」
全身から禍々しい黒炎を放ちながら、王子が僕を追って廊下を駆けてくる。
この魔力……僕の魔法障壁程度なら、紙みたいに貫通してくるだろう。一発でもまともに受ければ死ぬ。
先程のように、『炎蛇』で相殺したいところだけど、魔法式の構築も、暗号も全て変化。面倒な事に、一発毎異なるようだ。
そう――まるで、生きているかのように。
「早く早く早く早ク早く早く早クゥゥゥ!! 死ぬんだよぉォォォォ!!!」
「御免被り、ますねっ!」
廊下が途切れ、急停止しながら、上階段へ跳躍。
同時に、王子の足元へ『沼』と、顔面に無数の氷弾を投げ込む。
「小賢シいンだよぉォぉぉ!」
全てが燃え落ちる。自動防御か。
見たところ、手持ち魔法で突破可能性があるのは最速の光属性魔法だけだな。
最上階へ駆けあがり、手近の窓から外へ。
見えていた木の枝を掴み、風魔法を補助にして、再度跳躍――屋根へ着地と同時に駆ける。
たった今、僕がいた場所を下層から黒炎の槍が貫く。
通信宝珠を取り出し、オーウェンを呼び出す。
「オーウェン!」
『おうっ! この魔力……あの野郎、遂にか?』
「ええ。現在、僕が追ってきています。部隊を順次、後退させてください。出来れば、リディヤも」
『そいつは無理な相談っ、だっ! あの嬢ちゃんが、んな事聞くわけねぇ』
「けど今回は――!」
咄嗟に自分へ風弾を叩きつけ、緊急回避。
屋根の一部を飲み込む黒炎に包まれ――王子がゆっくりと上がってきた。
上半身に刻み込まれた魔法式は、更に濃くなり、かつ肌の上を蠢いている。
……これは、本格的にマズイな。
『おいっ! どうした!?』
「……屋根の上です。いいですね。屋根の上です。部隊は直ちに撤退を! では」
『おいっ!! アレ』
オーウェンの声が途切れ、相対する。
強い憎悪の目だ。人からここまで負の感情を向けられた経験は記憶にない。
……リディヤは決着をつけたようだ。
覚悟を決めるべきだろう。これはどう考えてみても僕の責任だ。
剣の切っ先を王子へ向ける。
「ハハハハハハハハハハハ。ソンナ剣でどうコウ出来ると思っテいるのかっ? お前ハココデ死ぬンダヨォォォ!!!!」
「お断りしますよ。悪いですけど、貴方はここで僕が」
「先生っ!」
「!!!?」
後方から、この場で絶対に聞こえない筈の声が響いた。振り返ると、そこにいたのは、薄い蒼色の髪をした、僕の教え子。
どうしてティナが? いや、そんな事はどうでもいいっ!
にたぁ、と笑い、王子が僕を無視して突進してくる。
「ティナっ!!」
全魔力を剣と足へ回し、前方へ立ち塞がる。
王子が振り下ろした、魔法で作られた『剣』と激突。
っ……重いっ……!
「せ、先生っ!? こ、このぉ!」
「駄目ですっ! 逃げてくだ」
王子の目がティナを捉える。
『氷雪狼』の発動が終わる前に、黒炎がティナへと迫る。ちっ!
「がはっ…………」
「クハハハハハハハハハハ!!!!!! バカがァァァァァァァァ!!!!!!」
鮮血が飛び散り、激痛。視界が赤く染まる。
――黒炎は僕の脇腹を大きく抉っていた。
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