第60話 気付き
姉様と兄様達が出て行かれた後、部屋の中はずっと静かなままでした。
何時もは騒々しいティナも、気を遣ってくれるエリーも、カレンさんやステラ様も皆、一言も喋りません。
教授は、外で結界を張る、とのことであの後すぐ出て行かれました。この重い空気に耐えられなかったのかもしれません。
……正直に言えば、ついさっきまで私は自惚れていました。
姉様と兄様は凄い方々です。
とてもじゃありませんが、まだまだ敵いません。その事はよく分かっています。
けれど、それでも……自分が未だ足手まといだと、断定されてしまう事は思っていたよりもずっとずっと辛い事でした。
……いえ、違います。
私はあの時、嫉妬したんです。大好きな――姉様に。
この中で、たった一人だけ兄様に選ばれた姉様に。
自分の気持ちにはずっと前から分かっていました。けれど、気付かないふりをしていました。時折、ティナ達と一緒に、甘えてみせるのが限界……それ以上、踏み込むのはまずい、と自制に自制を重ねてきたんです。
嗚呼、それなのに……。今日という日に、それが決壊してしまうなんて。
ごめんなさい、兄様。リィネは悪い子です。姉様。リィネはリィネは……。
―—手を叩く音が響きました。
ステラ様が、何時もの快活な表情を浮かべられて口を開かれました。
「ここで塞ぎこんでいても仕方ないわ。私達も、出来る事をやらないと。教授の結界強化を手伝いましょう」
「……ステラ」
「カレン。心配なのは分かるわ。私だって心配よ。でも――貴方のお兄さんは約束を破る人なの?」
「そ、それは……そうね。出来る事をしないと、ね」
「ええ。ティナ、エリー、リィネも。それいいわよね?」
「…………」
「は、はい……ぐすっ」
「……分かりました」
「良し。それじゃ、行動開始よ。行きましょう!」
ステラ様が部屋を出て行かれます。カレンさんは、まだ泣いているエリーの肩に手をやり、一緒に出て行かれました。
次に私も――立ち止まって、未だ俯いている少女に声をかけます。
「あら? 首席様は、御留守番するつもり?」
「……リィネ」
「何です」
「……貴女は、悔しくないんですか?」
「…………ほら、早く行きますよ」
「私は……悔しい……んですっ。それと、浮かれてた自分が許せないっ……もっと、もっと、もっと、努力していればっ……結局、私は、まだあの人からっ」
「……そんな事、貴女に言われなくても、分かってますっ! でも、だけど、どうしようもないじゃないですかっ! ……姉様に、リディヤ・リンスターに私達は勝てない。それどころか、足元にも及ばない。今の私達じゃ、力の差すらも測れないんです。兄様の御判断が間違ってるとでも言いたいんですかっ、貴女はっ!」
「そんな事を言ってませんっ!」
「なら!」
「だけどっ!」
――冷静な自分が、嘲っています。
あーあ、二人して、大泣きしながらどうにもならない事で、言い合いをしてる。何て愚かで、滑稽で、生産性のない光景。
同時に、自分の心はこうも言うのです。『違う。これは必要な事。これから先、私が進むべき道は何処なのか。それは何なのか、をはっきりさせる為に、絶対に必要な事』と。
「お、二人共……ぐすんっ。け、喧嘩は駄目、です、よぉ。アレン先生が、戻られた時、心配――ぐすっ……わ、私も着いて行きたかったですぅ……ア、レン、先生の、隣、に、立ちたかったんですぅぅぅぅぅ」
私達が来ない事を気にしたのでしょう。引き返してきたエリーが何時ものように仲裁し、その場で大泣きし始めました。
その勢いに、気圧され、思わず二人して苦笑。
「な、何を笑って、るんですかぁ。わ、私は、ほ、本気で、悲しく、て、悔しく、て……アレ、ン先生の、御役に、立ちたく、て……」
「エリー」
思わず、この一つ年上で、私にとってかけがえのない友人を抱きしめます。
……こんな時ですけど、兄様の御気持ちが分かります。この子、とっても抱き心地がいいですね。
後ろから、誰かさんが重なってきます。ジト目。
「……何ですか。いいじゃないですか」
「別に悪いなんて言ってません」
「目! 目で言ってるんですっ。もうっ、そうやって、何時も何時も何時も私を」
「……仕方ないでしょう。貴女は兄様に気に入られているんですから。少し位は私の鬱憤のはけ口になってください。さ、エリー」
「なっ! あ、貴女の方こそ、先生から凄く可愛がられてるじゃないですかっ。……私にはまだ敬語なのに。貴女の時は違うし」
「あ、そ、それは私も思って、まし、た……リィネ御嬢様は、アレン先生と近いなって……」
「―—さ、行きましょう」
この話題は不利です。だけど……うふふ。その点はこの二人に対する優位点ですね。兄様は、あれで頑固な方なので、早々、敬語を崩されはしない筈です。
先程まで、荒れ狂っていた心の動きが、収まってきました。ステラ様の仰る通りです。出来る事をやる。そして、何時か必ず兄様の。
部屋を出ると、ティナが違う方向へ歩き出しました。
「どうしたんですか? まさか、抜け駆けを」
「……お手洗いです。一緒に行きますか?」
肩を竦めて手を振ります。まったく、この首席様は。
―—教授とステラ様達に合流し結界強化を始めた私とエリーが、その事に……あの馬鹿首席様が、いない事に気付いたのは、屋敷から禍々しい炎が噴き出し、夜空を照らし出した時でした。
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