第44話 水都騒乱 災厄殺し 上

 ロミーさんの眼鏡が、キラリ、と光った。


「……『アンナ』? 『ロミー』?」

「! あは、あはは……ち、違うんですぅ~。……えへ、えへへ」

「リリー! まったく貴女はっ!! いいですか? 『メイドになりたいんです!』と言ったのは貴女なんですよ? ……それとも、お戻りになられますか? リリー御嬢様?」

「ひぅっ! ふ、副メイド長は意地悪です……ぐすん……」

「ロミー、リリー、一応、此処は戦場なのですよ~? ……また、醜悪な魔法式でございますね」


 珍しく顔を顰めたアンナさんが、残り三頭の小骨竜をバラバラに切断。

 立ち上がろうとした骨竜が再度、よろめき、無様に転がる。

 リディヤと僕を除く子達は呆気に取られている。

 ……相変わらず怖い技だ。初見でこれを破るのはまず不可能だろう。

 音も気配もなく、二人の熟練メイドさんが僕達の傍へ。


「アレン様、リディヤ御嬢様、お待たせ致しました! アンナ、ただいま参りました☆ 本当に大変でございました。奥様と『翠風』様が来られると言われて……嗚呼! 旦那様とルブフェーラ公爵殿下の御勇姿! 私、久方ぶりにときめいてしまいました♪」 

「奥様より『万事、アレンから指示を仰ぎなさい』と仰せつかっております。御指示を!」

「アンナさん、ロミーさん、すいません。有難うございます。……増援はテト達と御二人で、打ち止めですか?」

「いえ♪」「……御止めしたのですが、もう御一方、どうしても! と。転移魔法の調整に少々、御時間がかかっている模様です」

「了解しました」


 リサさんやリンジー様は来られない。

 東都にいるワルター様、リカルド様も同様。

 ……教授か学校長が来てくれると、正直、助かるんだけど。

 轟音と共に骨竜が起き上がり、咆哮。


『聖霊ガ、聖女様ガ、ソレヲ望ンデオラレルゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!』


 『聖女』か……かつての英雄の異名を継いでいるのは『勇者』だけだと思っていたんだけどな。

 各人に指示を飛ばす。


「僕とリディヤ、ティナ、カレンは状況を打開出来る魔法を紡ぎます。ただ、時間がかかるので……前衛はリリーさんとロミーさん」

「はいぃ~」「承りました」

「中衛はギルとイェン」

「うっす!」「はっ!!」

「後衛はテトとリィネ」

「はい!」「兄様! 私は前衛にっ!!」

「リィネ」


 膝を曲げ赤髪公女殿下と目を合わす。そこにあるのは強い強い意志。

 やっぱり姉妹だな。

 こういう時、真っ先に危険を冒そうとする。

 僕は手を伸ばし少女の頭を撫で、微笑む。


「テトのやり方をよく見ておいておくれ。とっても勉強になると思うから」

「せ、先輩っ! いきなり難易度を上げないでください!!」

「上げた方が頑張る。それが僕の知っているテト・ティヘリナだからね」

「先輩はっ! ほんとっ!! 意地悪ですっ!!!」


 テトが呪符を骨竜へ放り投げ紙の触手を形成。骨竜を抑え込む。

 けれど、胴体に浮かび上がったルフが嘲笑。


『ソノ程ドデェェェェ!!! 我ラガ信仰心ヲ、妨ゲ、!?!!!!』

「……五月蠅いんですよ、さっきから。黙っててくださいっ! 先輩が話してるんですっ!!」


 触手は、胴体の顔面を封じ、大顎を締め上げていく。

 リィネが小さな手を握りしめた。ティナを見る。


「……兄様の足を引っ張らないでくださいねっ!」

「分かってますっ!」 


 僕は赤髪公女殿下の頭を、ぽん。

 立ち上がる。リディヤ、カレンが僕へ抗議の視線。これは仕方ないと思うよ?

 さて……と。

 控えているメイド長が僕へ注意喚起。


「アレン様」

「アンナさん、見ての通り、少々厄介な相手です。かと言って、このまま倒せば、少年とそれを守ろうとした少女が死にます。アンコさんには、住民の避難をしていただいてます」

「なるほど……了解致しました。私は彼女の相手を★ 御存分になさいませ!」


 ――後方から、僕等へ向けて各属性の攻撃魔法が襲いかかってきた。

 対して、アンナさんは笑みのまま、悠然と踵を返し、全魔法を切断。

 テト達が蹴散らし退いていた聖霊騎士団の残余が騎士剣と長槍、大楯を構えこちらを包囲しつつある。その数、百は超えているだろう。

 最後方には――灰色ローブの女性。ヴィオラと呼ばれていた少女だ。

 騎士達は既に『蘇生』の乱造品を発動。魔法式が身体中に蠢いている。

 大唱和。


『聖霊が、我等の殉教を、望んでおられるっ!!! 我等、聖地への路の礎とならんっ!!!!』


 アンナさんが僕へ目配せ。了解です。お任せします。

 後輩へ発破をかける。


「みんな! 出来る限り時間を稼いでおくれ。テト、指揮は任せるよ! ただし、倒しちゃ駄目だっ!!!」

「っっっ! そうやって、先輩は何時も何時も何時もぉぉぉ!! 終わったら、紅茶、淹れてもらいますからっ!!! 皆さん、いきますよっ!!!」


 テトの号令に、リリーさんとロミーさんを先頭に骨竜へ、みんなが突撃していく。

 ここにいる人達は強者揃い。

 だけど……力の全てを使えなくても『竜』は、人が本来、挑むような相手じゃない。急がないと。

 僕は、三人の少女に向き直る。


「さ――始めようか」

「は、はいっ!」「兄さん、私、私……」「――……私だけでいいのに」

「「リディヤさん!?」」

「今回はそうも言ってられないからね――三人共、僕に力を貸してほしい」

「「「勿論!」」」


※※※


 先輩の周囲に炎・氷・雷の障壁が生まれていきます。

 この時点でとんでもない魔力なんですが……それよりも何よりも、『あの』先輩をして、時間がかかる、と言わしめる魔法、ですか……興味深いですが。で

 も、今は。


『テト、任せるよ!』


 私は帽子を深く被りなおします。

 ええ、任されました! 

 先輩から、こんな風にたくさん任せてもらうなんて、初めてですし!!

 骨竜は既に呪符を断ち切り、攻撃態勢。飛ばれると少し厄介ですね。

 皆さんに指示。


「絶対に飛ばせないでくださいっ!」

『了解っ!!』


 相変わらず奇妙な恰好のリリーさんと、正統派メイドのロミーさんが先陣を切って突撃。イェンとギルは、風槍と雷槍をとにかく連射。

 それに倣い、私の隣の赤髪公女殿下――話の流れからして、リディヤ先輩の妹さんである、リィネ・リンスター公女殿下も炎槍を速射。

 先輩が家庭教師をしている、という話は聞いていましたが、さもありなんです。この子、とんでもないですね。将来は、きっとリディヤ先輩みたいに……いけません。それだけは、それだけは何とかして回避しないとっ! 先輩は良くても、私達の胃が持ちません。生贄に出来る教授は一人しかいないんです!

 私は魔法を紡ぎつつ、無数の攻撃魔法を防御している骨竜を観察。じー。


『小癪ナァァァァァ!!!!!』

「五月蠅いですぅぅ~」「木偶程、よく吠えるものです」


 リリーさんがやや小さめの金槌、ロミーさんが大金槌で右翼を強打。骨が砕ける嫌な音。骨翼が半ばまで折れ曲がります。

 血で濁った水に包まれている頭部の少年が身体を動かしました。

 ですが、無傷は不可能です。この程度は許容してもらわないと、私達が死にます。

 死んだら、先輩が怒ります。

 怒った先輩は――……いけません。こ、これは、駄目です。封印した何かが心をざわつかせるだけで、震えが止まりません。

 あの先輩なら、私達に御説教する為だけに『蘇生』を完成させかねませんっ!


「イェン! ギル!!」

「おうっ!!!」「いいとこ、見せるっすよぉぉ!!!」


 私の騎士様とギルが折れた翼へ追い打ち。

 風の馬上槍で骨を貫き、雷の斧槍が翼を断ち切ります。


「リィネさん!」

「は、はいっ!!」


 赤髪公女殿下は即座に剣の切っ先から炎属性極致魔法『火焔鳥』を発動。

 ……使えると思ってました。ええ、思ってましたっ!!

 リディヤ先輩のそれよりも小型な『火焔鳥』が落ちた翼に直撃。

 私は長杖を振り、再生しようとしている断面に水・風・土、三属性複合の毒魔法を発動。再生を阻害。


『キサマラァァァァァァ!!!!』

「もう一つの翼も!」

『了解!!』


 うん、やれなくはないです。やれなくは。

 ただし――私は呪符を放り投げ、紙の大蛇を数頭生み出します。

 毒魔法で覆っていても骨竜からは血と灰が零れ落ち、小骨竜が出現。



「先輩、早めにしていただかないと……これ、大変ですよ? でも私、頑張りますけどっ!!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る