第43話 水都騒乱 覚悟

 聖堂外へ飛び出し、既に準備を整えていた後輩の少女へ叫ぶ。


「テト、対竜用封呪符、最大展開! 説明はカレンから受けたね? イェン、援護!! ギル、僕は『政治的に可能な人』と言ったけど?」

「分かって、ますっ!!」「了解!」「うぇぇぇぇ。俺にだけ厳しいっすよぉぉ」


 帽子を深く被り直し、テトが左手から呪符を放り投げた。空中で待機。

 同時にイェンは突撃態勢。ギルは文句を言いながら、斧槍の穂先に雷魔法を紡いでいる。

 後輩三人の真横まで退き、状況を確認。

 ――聖堂外の光景は一変していた。

 騎士達で既に立っている者は一人もおらず、先に退いた筈の聖墓騎士団も見えない。

 水都の住民達は周囲から様子を覗っているようだけれど、将兵はいない。

 魔力の感じからしてテトが思いっきり暴れたようだ。

 右肩に重み。そして、後輩達の後方には、教え子の公女殿下と可愛い妹。未だ蒼褪めている。

 胸に手をやる。

 ……アトラは疲れ切ってしまっている。先程の注意喚起が限界だったのだろう。


「アンコさん、助かりました。ありがとうございました。ティナ、リィネ、カレン。ここからは死地です。僕とリディヤ、リリーさん、それに後輩三人は何時ものことなので仕方ないですが、貴女達は退いてください」

「先輩! あの、ですね……」「飛び込みたくはないのですが」「アレン先輩って、所々でリディヤ先輩よりも酷いっすよねぇぇ」

「……テト達も退いても」

「「「が! 断固、拒否!!」」」


 後輩三人達が、嬉しそうに一斉唱和。

 まったくこの子達は。どうして、こんな風に育ったんだか。

 ――古き聖堂が大震動。来る!

 リディヤが『真朱』を構え、リリーさんが両手の斧をくるくると回す。

 僕は魔法を紡ぎつつ、指示を飛ばす。


「前衛はリディヤとリリーさん。イェン、ギル、出過ぎないこと。あっさりと死ぬよ。テトは援護! アンコさん、ティナ達を」

「せ、先生!」「兄様!」「に、兄さん」

「「「私達もっ!!!!」」」

「いえ、ですが」

「来るわよ!」


 リディヤの鋭い注意喚起。

 地面が震え、亀裂が入り、古き聖堂の柱にもひび。

 先程、リリーさんが両断した巨大な中央扉が吹き飛び、近くの建物に突き刺さる。

 水都の住民達が悲鳴。僕は風魔法で思いっきり声を増幅、叫ぶ。


『死にたくなければっ、逃げてくださいっ!!!!!!』


 住民達がざわつく。

 入り口付近から、強大な魔力反応。

 ティナ達を見やる。

 そこにあるのは一様に不安。そして、同時に――僕への強い信頼と決意。

 僕は黒猫の使い魔様を一撫で。

 すると、優しいアンコさんはティナの頭に飛び乗った。


「ひゃう!」

「前へ出過ぎないように。援護を! カレン、魔力の繋がりを深めるよ」

「「は、はいっ!」」「異論はありません! 私の魔力は兄さんの物です!」


 古き聖堂の入口から、骨竜の息吹が放たれた。

 禍々しい毒の息吹だ。

 僕は広場下から氷属性上級魔法『氷帝吹雪ひょうていふぶき』を発動。毒の息吹が凍結していき、鋭い牙が並んでいる口にまで到達。

 更に、入り口を破壊しながら外へ出てきた骨竜の羽を『八極氷柱』で縫い留める。


『小癪ナァァァァァァ!!!!!』


 耳に響く絶叫。古き聖堂が崩壊していく。

 リディヤ、リリーさんが先陣を切り、その後方をギルとイェンが続く。


「頭と胴体は攻撃不可! まずは翼から!!」

「「「「了解!」」」」

「テト、ティナ、リィネ援護を!!!」

「分かって、ますっ! ……竜、竜って……うぅぅ……どうして、こんなことになってるんですかっ!」

「…………」「ティナ? 何をしてるんですか!」

「カレン、手を」

「はい!」


 後輩の少女は空中で待機させていた、呪符群を骨竜へ差し向け、更に長杖を振り、上空に巨大な魔法陣を形成。上級魔法の連射態勢へ。

 ティナは杖を向けた後、胸に手をやって何かを考えこんだ。それをリィネが叱責。赤髪公女殿下は剣から炎槍を左右の翼へ放ち始める。

 僕は妹と手を結び繋がりを強め、『深紫』を二人で掴む。

 リディヤとリリーさんが左右に分かれ、骨竜の翼に全力攻撃。

 『真朱』と二挺の斧を振り下ろした。

 ――それを阻む、幾重もの血灰色の盾。

 斧の刃が砕かれるも、メイドさんはそのまま地面を蹴り左の骨翼を登り、胴体に浮かんでいるルフ達へ挨拶。


「……不細工です。醜いです。竜って、もっともっと、綺麗な生き物なんですよ?」

『!?!!』


 顔面を舐める紅蓮の炎。

 盾を骨翼へ回していたせいか、盾は薄く悪魔になり果てた狂信者達の視界を潰す。

 リディヤが両手持ちへ切り替えた。

 僕と二人がかりで『紅剣』の切れ味を更に向上させ、裂帛の気合を放つ。


「舐めるなぁぁぁぁぁ!!!!!」

『!?!!!!!』


 盾を切り裂き、右の骨翼へ到達。

 『真朱』が紅光を放ち、遂に両断。叩き切る。

 ――ぴくり、と一瞬だけ、ニコロの顔が苦痛に歪んだのが見えた。違和感。

 轟音と共に、骨翼が地面へ落ち、そこへ呪符が殺到。再生しようとする動きを抑制。テトが雄々しく号令を発した。


「イェン! ギル!」

「好機! 遅れるなよ!」「誰に言ってっ!!」


 落ちた骨翼から今にも、産まれようとしている小さな骨竜達を馬上槍と斧槍で粉砕しつつ、魔法で一掃。

 僕はカレンと一緒に『深紫』を振り下ろそうと


「先生!!!」


 ティナが切迫した声で僕を呼んだ。そこにあるのは悲痛さ。

 

 ――その時、僕は初めて向こう側で笑っている『誰か』に気が付いた。


 奥歯を噛みしめる。

 ……そうか。

 僕は薄蒼髪の少女と目を合わす。


「ティナ……『氷鶴』は何と?」

「『繋がっている』と」

「そうですか。やはり……」


 僕が魔法を放たないのを見たみんなが、次々と後退。

 テトは上級魔法を転換、速射。各障壁の匣を作り出し、骨竜を閉じ込める。

 リディヤとカレンには……伝わっている、か。

 僕は頭を強く掻き、状況を告げる。


「現状、骨竜の魔法制御を行っているのは頭上にいるニコロ・ニッティです。が、どうやら骨竜と痛覚までもが繋がっている。しかも」

「お腹の中にいる女の人と……あの子もまた繋がっているみたいです。私の中の『子』は、『生命力を繋いでる』って言ってます。つまり、どちらかを斬ったり、魔法で断ったりもしたら…………」

『っ!!!!』「……最低ねっ」


 ティナが僕の言葉を引き取る。

 みんなは絶句し、リディヤは吐き捨てる。

 ……どうやら、僕を笑っている『誰かさん』に容赦はないらしい。

 障壁が次々と破られていく。

 考える時間は少ない。どうすれば、どうしたらいい?

 周囲の子達を見やる。

 ……この子達にそんなことはさせられない。

 汚すなら僕の手だろう。

 リディヤの細い手が僕の胸倉を掴んだ。


「…………まだ、そういうこと言うの?」

「言うね。ほら、僕は意地悪」「じゃないっ!」

「……リディヤ」

「考えなさい。あんたは『剣姫の頭脳』。私の、リディヤ・リンスターの世界で一人しかいない相方なのよ?」

「…………」


 無理無茶を言ってくる我が儘御嬢様。

 一時的に感情交流を遮断し、深く考える。

 

 ……なくは、ない。

 

 けれど、おそらくは、それこそが『誰かさん』が望んでいること。

 下手すると……オルグレン、いや、ジェラルドの一件来、全てはこの為だけに仕組まれて……。

 目を瞑り、息を吐きだす。

 僕は何て馬鹿なことを。

 そんなことが出来たら、その人の心は


「……もう、人じゃない」

『?』「せ、先輩! もう、もたないですっ!!!」

「……了解。テト、周囲に戦略結界を形成。アンコさん、周囲の住民を逃がしてください。ギル、イェン、リィネ、生まれてくる小さな骨竜の掃討を! リディヤ、ティナ、カレンは」


 息を深く吸い、吐き出す。

 三人の瞳には不安。けれど、それを上回る期待。


「――……僕と深く魔力を繋いでもらい、大魔法の力を使います。汚れたモノだけを滅せる魔法は既存魔法でも存在します。ニコロ達だけを傷つけず、助けることも出来る……筈です」

「「「!!! は、はい……」」」


 リディヤ達が頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべた。炎羽、氷華、紫電が踊る。

 高々と一人名前を呼ばれなかったメイドさんが手を挙げた。


「アレン様ぁ~。メイドさん! な、私をお忘れだとぉ」

「先輩、破られますっ!!!」


 テトの悲鳴。

 魔法障壁を破り、右翼を再生させつつある骨竜が広場へ。周囲には七~八頭の小骨竜。勝ち誇る叫び。


『ワガ信仰のチカラニヒレフセェェェ!!!!!!』

「ん~……二百年来、まったくもって捻りがございませんね。失格でございます」

『!!!!!!』


 上空から、普段通りのリンスター家メイド長さんの声。

 骨竜がよろめき地面に倒れた。砂埃が巻き上がる。


「御主人様の露払いを成すのもメイドの大事な御勤め。……この程度を掃討し得ないとは、メイド失格! リリーにメイド服はまだまだ早いようですね」


 地面に降り立ちつつ、眼鏡を光らせているリンスター家副メイド長がリリーさんへ駄目出し。手に持っている自らの身長を軽く超えている得物を片手で強打。

 小骨竜の内、一挙に三頭の頭蓋骨が巨大な金槌で粉砕。更に追撃の二撃目で二頭が背骨を叩き折られ、絶命。

 あの人独自の阻害魔法式を併用することで、再生すらさせない。

 自称メイドさんがよろめく。


「ど、ど、どうしてぇ~、アンナとロミーが来るんですかぁぁぁ!?!!!」

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