第42話 水都騒乱 災厄

 骨翼には灰と血で構成された膜が張られ、骨竜は聖堂の中空から僕達を睥睨。

 肋骨部分は気持ちが悪い魔法式が蠢き、中身は見えない。

 ティナ達をちらり、と見やる。

 二人の公女殿下は長杖と愛剣を握りしめているものの、前髪は萎れ萎縮している。

 カレンも耳と尻尾を見れば半ば戦意喪失気味なのは一目瞭然。

 リリーさんは「気に入ってたんですけどねぇ……」と呟き、折れた大剣を放り投げ、空間から手斧二挺を取り出し、クルクルと回している。「……お馬さん達の仇です。もう容赦しません……」。メイドさんから『リンスター』の一人に。心強い。

 リディヤが僕へ目配せ。

 ――うん、そうだね。

 僕は即断。


「ここであいつと戦うのは不利です。殿は僕とリディヤでやります。アンコさん、三人を!」

「せ、先生」「あ、兄様」「に、兄さん!」

「みんな、外で会いましょう! さ、行ってくださいっ!」


 使い魔様が一鳴き。

 ティナ達の姿が掻き消えた。残った僕達の周囲に漆黒の小さな鏡が数枚浮かんでいる。心配性な使い魔様だ。……有難い。

 僕は魔法を幾つか紡ぎつつ、問う。


「これが、貴方方の最終目的、だったと? こんなことをして何の意味があるというんです? 『光盾』と『蘇生』の復元させたものを用い、生贄を捧げ亡き竜の遺骸を起こし、ニコロ・ニッティを制御機関代わりにしたとしてもそんなに長い時間、保てるとは到底思えない。どっちみち助からないんです、少しばかり教えてくれませんか?」


『クックックッ…………単純ナコトだァァァァ……』


 ボコボコ、と言う音がし、脇腹内で蠢いていた魔法式に幾つかの顔が浮かび上がった。先程、逃した悪魔となりし聖霊教の狂信者!

 すぐさま、リディヤとリリーさんが『火焔鳥』を放とうとするのを手で制す。


「ルフさん、でしたっけ? まぁ、もう混ざってしまっているでしょうけど。後学の為に教えてください。何故です? 何故、こんな馬鹿げたことを聖霊教はするんです?」

『ハッハッハッハッ!! 分カラヌのかぁ? 我等が此度、成し遂ゲタ成果ヲ考エテみるガいいィィ。『光盾』『蘇生』、人造吸血鬼、そして、悪魔となりし外法。そしテェェェ コレラガ合ワサレバァァァ』

「「「っ!」」」


 骨竜が羽ばたき、暴風が聖堂内を荒れ狂う。

 骨翼から、次々と血と灰が地面に落ち、その場で十数体の蠢く物が発生。

 リリーさんが疾走。更にリディヤが四翼の『火焔鳥』を発動。

 僕はアンコさんが残してくれた闇属性上級魔法『闇帝迷鏡あんていめいきょう』でリリーさんを支援しつつ、魔法を紡ぎ続ける。

 蠢く物が形を変え、小さき骨竜へ。 


「気持ち悪いんですぅぅぅ!!!!!」


 リリーさんが両手の斧で二頭を屠り、次へ進み


「……厄介ね」


 屠った筈なのに再生し、起き上がろうとしていた小骨竜がリディヤの『火焔鳥』に飲み込まれ、今度こそ滅せられる。

 ――その繰り返しで大半を屠るも、残った三頭は骨翼を広げ飛翔。

 リリーさんが飛びあがり、小骨竜へ一撃を与えるも


「っ! か、硬すぎですぅ~!!」

「リリーさん!」


 弾かれ体勢を崩したメイドさんへ二頭が襲い掛かった所を『闇帝迷鏡』で防御。ひびが入る。

 リリーさんは鏡を空中で蹴り後退。僕へ片目を瞑ってきた。

 直後、鏡の中から地面を舐めていた『火焔鳥』出現。小骨竜へ襲いかかる。

 すると三頭の小骨竜達は合体し一体に。

 分厚くなった魔法障壁を抜けず、既に幾分か威力を減じていた炎の凶鳥が、無念の鳴き声をあげつつ消えていく。

 ルフが哄笑。


「クッハッハッハッハッハ!!!!! コノ力がアラバ、極致魔法でアロウトモ、恐れるに足リズ!! 英雄や八異端の『血』程デハなクトも、ニッティの血デこれ程のセイカを我等ハ得タっっっ!!!! を用イレバ、魔王戦争デ成シ得ナカった、聖地奪還ヲ今度コソナシエルダロウ。サスレバ大魔法ノ」

「…………ああ、もういいです。リディヤ」

「ん!」


 リディヤの『真朱』と僕が持っている剣とを交差させ、同時に魔力の繋がりを更に深くする。

 

 ――剣の切っ先に八頭十六翼の『火焔鳥』が顕現。


『!?!! マサカ、ソレハ』

「欲しい情報は貰いました。消えてください。不愉快です」


『アレン! ダメ!!』


 ! アトラの必死な訴え。

 リディヤにも届いたらしく訝し気。発動を一旦停止。

 どういう――……この場には、絶対居る筈の人間がいない。

 剣を突き付け、ルフを睨みつける。


「オオ、オオ、オオオ。ヨクゾ、キヅイタモノダァァァ。ソノママ、ソノヨウナ魔法を放ッテイレバ――この女は死んでいたのになぁぁぁ」

「「「っっっ!!!!」」」


 骨竜の脇腹で蠢いていた魔法式が割れ、中心には鎖で四肢を繋がれている白金髪の美少女の姿。服は破れ身体中はボロボロかつ血塗れ。激しく抵抗したのだろう、両腕の怪我は酷い。それでも――微かに動いている。

 薄っすらと目を開け僕達を見た。唇が動く。


『…………ニコロ坊ちゃまを、どうか、どう、か、お助け、くだ……』


 魔法式が彼女を隠していく。

 ――破片が埋まった。

 剣を強く強く握りしめる。


「……ニコロを用いる為に彼女を、トゥーナさんを狙い、その後で彼を脅したのか? しかも、彼女を取り込むことでニコロが嫌でも全力で防御するように仕向けている…………リディヤ、リリーさん」

「……分かってるわ」「乙女の純情を弄ぶなんて……許せません!!!」


 本物の『火焔鳥』は火力が出過ぎる為、解除。

 リディヤと一緒に炎属性上級魔法『紅蓮炎槍ぐれんえんそう』を全力発動。

 骨竜と三つ首となった小骨竜を完全包囲。

 更にリリーさんが、小鳥大の『火焔鳥』を複数顕現。

 一斉発動。

 同時に僕等は聖堂から退避。廊下を駆ける。


『フッハッハッハッハッ!!!!! 今更、コノヨウナ魔法が効くモノカァァァァ!!!!!! 聖霊ヲ、聖女様ヲ崇めヨォォォォ!!!!!!!』


 一瞬、振り向くと、骨竜と三つ首小骨竜の周囲に血光を煌めかせ『盾』が出現。炎槍と『火焔鳥』を防いでいく。

 ……心底、質が悪い。

 ニコロだけならば、多少、僕が無理をして首だけを落とせば良かった。

 けれど、トゥーナさんを人質に取られている以上、極致魔法は封じられたに等しい。

 しかも、そこに『光盾』『蘇生』の防御と再生。

 吸血鬼の諸能力に、悪魔の魔力。

 何よりそれら全てを統合しうる魔法制御……隣を走るリディヤを見やる。


「何よ?」

「いや……天才、っていうのは、敵に回すと厄介に過ぎる、なっってさっ!」

「バカね」「アレン様は~そういう所が駄目駄目だと思いますぅ~!!!」


 魔法の弾幕を抜け、壁を突き破り追撃してきた三つ首の小骨竜を、直上直下から氷属性上級魔法『八極氷柱はっきょくつらら』で分厚い魔法障壁ごと、強引に縫い留める。

 声帯などない筈の骨竜が悲鳴。

 二人のリンスターが剣と斧を振るい、三本の頭を切断。

 即座に再生しようと蠢く魔法式を『闇帝迷鏡』で遮り


「消えなさいっ!!!!」


 リディヤが裂帛の気合と共に放った八翼の『火焔鳥』が直撃。

 再生すら許さず、小骨竜を葬り去る。

 ホッとする間もなく、開いた穴から禍々しい毒の息吹。

 『闇帝迷鏡』を防御に使いつつ、二人へ叫ぶ。


「とにかく、外へ!」

「「了解!」」


 砕けていく、闇の鏡を操作しつつ、後退していく中、僕は考える。

 ……倒すだけなら何とかは出来る。

 僕一人ならともかく、ここには世界で一番頼りになる相方がいる。

 僕等二人が一緒なら、打倒出来ない相手は早々存在しない。

 けど……あの二人を生かしながら、となると、難易度は跳ね上がる。

 かつて出会い、僕へ『竜』や『悪魔』といった、怪物達のことを教えてくれた少女の言葉を思い出す。


『竜とは謂わば災厄。人の身で挑むなら犠牲は必然。だから、私に全部、任せておけばいい。そして、その後で私に甘い物を食べさせて』


 けれど、ここに彼女は――『勇者』はいない。

 いたとしても、容赦なく斬り、雷で打ち払ってしまうだろう。

 ここは僕が命を……並走するリディヤが、嬉しさ半分、『まったくもうっ! もうったら、もうっ!!』という視線を僕へぶつけてきている。

 ……しまった。これくらい深く魔力を繋げていたら、近くにいれば分かっちゃうか。頬を掻く。


「あ~」

「言っておくけど……あんたが死んだら、私も死ぬから」

「……分かってる。僕は死なないし、君も死なせない」

「最初からそう言いなさいよねぇ。…………私も、あんたが世界で一番、だから、ね?」

「あ、うん……」

「あのぉですねぇ~! 今は、それどころじゃ、ないと、思うんですぅぅぅ!!!! あと、口止め料で、メイド服を、メイド服を所望しますぅぅぅ!!!!!」


 リリーさんが、塞がっていた正面玄関の大きな扉を両手の斧で叩き切る。

 扉が、音を立てて崩れていく。

 

 ――聖堂の出口だ!

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