第41話 水都騒乱 贄

 アンコさんの御力で僕達は聖堂の中枢部、その天井付近へ。

 浮遊魔法を発動し、僕はみんなへ指示を飛ばす。


「リディヤ、カレン、一気に制圧を!」

「分かってるっ!」「了解です!」

「ティナ、リィネ、制圧火力全開で準備してください」

「「はいっ!!」」


 眼下では、リリーさんと二頭の一角獣が複数の騎士達相手に勇戦中。

 自称メイドさんは大剣二振りで大立ち回りを演じ、引き付けている。

 ――半瞬だけ天井を見て僕と視線を合わせ、片目を瞑ってきた。


『私、すっごく、頑張って、ますよぉぉぉ!!!!』


 一角獣達までいななき、同意を示す。ほんとブレないお姉さんだ。

 外では――どうやら、テトが派手に暴れているみたいだ。後で御説教決定。

 リリーさんが戦っている聖堂の奥では


「血で描かれた魔法陣……何らかしらの召喚式。リディヤ! カレン!」

「潰すわ」「行きますっ!」


 リディヤは背中から四枚の炎翼を展開。

 カレンは全身の魔力を活性化。『深紫』を構え、突撃態勢。

 魔法陣の周囲には合計で七名の灰色ローブ達。見たこともない魔法を展開しつつある。そして、それを守るように明らかに外の連中よりも装備が良い騎士達。

 

 ――魔法陣中央に置かれていたのは謎の黒い匣。

 

 人が一人入れる程度の物だ。

 が、どう考えても良いモノではない。右肩のアンコさんが顔を寄せ――胸にアトラが戻ってきた感覚。『……アレン、イヤなモノ……』。うん、分かってるよ。

 僕は後方に『風神波』を複数展開し、みんなに声をかける。


「速攻で!」

『了解っ!!!!』


 風魔法を発動。

 一気に身体が加速され、僕達は急降下。 

 先頭で突撃するリディヤとカレン。

 炎翼と紫電が聖堂内に満ち、ようやく反応した騎士達が次々と剣や長槍、長杖を向けるのが見えた。

 ティナが杖を構える。


「リィネ!」「分かってますっ!」


 二人の公女殿下が、氷属性上級魔法『閃迅氷槍せんじんひょうそう』と炎属性上級魔法『紅蓮炎槍ぐれんえんそう』を多重発動。

 容赦なく周囲の騎士達へ降り注ぎ、足止め。

 極致魔法ではリリーさんへ被害が及びかねないという判断。僕の教え子達は本当に賢い。

 七人の灰色ローブ達も魔法の展開を止め、聖堂の最奥にいる一人を除き、残りの六人が短剣を抜き放ちリディヤとカレンを空中で迎撃した。

 悲鳴のような金属音と苦しそうな呻き。


「がはっ」「我等、四人がかりで」「勢いを殺すのが限界、とは」「ば、化け物め……」


 リディヤを押さえにかかった四名が短剣を断ち切られると共に、炎に焼かれ、地面へ落下。

 カレンを迎撃した二人は


「け、穢れた獣如きが」「こ、このような魔力を……馬鹿、なっ……」


 『深紫』に貫き斬られ、苦悶を浮かべつつ地面へ叩きつけられる。

 六名は撃破。リディヤ、カレンは無傷だけど勢いを殺された。ここまでして守る程の価値がこの魔法陣にはある、と?

 疑問に感じつつも残る一人の灰色ローブに対し、僕は『紅剣』擬きを振り下ろす。

 目標が細い右腕を動かした。

 

 炎と白灰はくはいが激突。


 この魔法……『』と『蘇生』!?

 聖堂全体が震え、魔力で構造物が壊れていく。

 フードの奥の瞳と視線が合った。

 このような状況であるにも関わらず、その少女――ヴィオラと呼ばれた存在は嗤っていた。


「我が主の見立ては何時何時でも正しい。おお、我が主を、聖霊を讃えよ!!!」

「っ!」


 一気に魔力が膨れ上がり、剣を弾かれ後退。

 地面に降り立ち、依然としてフードを被っている少女と対峙。

 僕の前にはリディヤとカレンが立ち、後方ではティナとリィネ。

 騎士達は――後退していく? 

 聖霊教の中でも『死に狂い』と揶揄される聖墓騎士団が? 何故……そうか。

 剣を握り直し、名前を呼ぶ。


「リディヤ」「分かってる」


 間髪入れずの返答。珍しく声に余裕がない。

 僕は細い腕をひらひらさせている少女を睨む。

 ……リディヤ、カレンと魔力を繋ぎ、彼女達の魔力を借りている状態で発動させている『紅剣』擬きを、腕で受け止める。この子。

 ヴィオラはその場で、ふわり、と浮かび上がり号令を発した。


「汝らの誓いを果たせ!」


 その一言で、先程、リディヤとカレンに蹴散らされた灰色ローブ達がよろめきつつも立ち上がった。一人として、無傷な者はいない。

 一斉に叫び始める。


『我等の献身を』『我等の犠牲を』『我等の血を』


『聖霊と聖女様は望んでおられるっ!!!!!!!』


 膨大な魔力が吹きあがり、身体全体に灰色の魔法式が浮かび上がる。

 そして、次々と短剣を自分達の胸に突き刺した。


『っ!?!!』


 僕達は絶句。咄嗟にティナとリィネを抱きかかえる。

 六名の灰色ローブ達が倒れ、その血が中央へ集まっていく。

 魔法陣が赤と灰の光を放ち始めた。

 中央の黒匣に魔法式が浮かびあがり、蠢く。

 ティナとリィネから手を離す。これは……まずい、本気で発動する!

 僕は咄嗟に叫ぼうとし…………僕はある可能性を思い立ち、躊躇。


「っ! 馬鹿っ!!」

「兄さん?」「先生?」「兄様?」


 既に各魔法を準備していた少女達が僕の様子に戸惑う。

 ヴィオラの場にそぐわない晴れやかな笑い声。


「嗚呼嗚呼……本当に本当に……全て全て、我が主は正しい! この状況でよくもまぁ、思いつくものだ」

「魔法陣中央へ全力火力っ!!!」

「リディヤ!」


 冷静な『剣姫』がカレン、ティナ、リィネへ号令。

 反射的に少女達は全力で魔法を放った。

 複数の『火焔鳥』と『雷帝乱舞』そして『氷雪狼』が解き放たれ、魔法陣中央の黒匣へ殺到。

 

 ――凄まじいまでの衝撃と、閃光と雷鳴。そして、猛吹雪。


 風結界を張りながら、隣で警戒を解かない紅髪の公女殿下を睨む。


『……どうして』

『あんたは優し過ぎるのよ。忘れたの? 私はあんたの、アレンの『剣』。血に濡れることもそれには含まれる。あんたが出来ないなら私に押し付けなさいよ!』

『…………』


 リディヤ・リンスター公女殿下は字義通りの天才。僕が考えることなんか、お見通しか。……僕も覚悟を決めないと。

 聖堂内に浮遊しているヴィオラの哄笑が響く。


「やはりやはり……『剣姫』ならばこうする、と我が主は仰っていた。だが――少しばかり遅かったようだ」


 あれだけの大魔力を叩きつけられたにも関わらず、無傷な黒匣が赤と灰の光を放ちながら浮かび上がっていく。聖堂の中空で停止。

 先程までの大きさではなく、見る見る内に膨張。 

 僕の中のアトラが最大の警戒を発した。


『アレン! あれはいけないモノ!! そして……とてもとても悲しいモノ……』


 優しき幼狐が泣いている。

 僕は歯を食い縛り、呟き、ヴィオラヘ問う。


「元々、水都はその名の通り古より水と共にあった。そして、かつての守護神は――優しき水竜。だが、水都の竜はこの都を、人々を守る為に死んだ。この古き聖堂は、その心優しき竜を祀る為に建てられたもので、この聖堂の地下には水竜の骨が埋まっている。……確か、そんな御伽噺でしたね? だけど、そんな話、今では水都に住む人でもそうは知らない。なのに貴女と貴女の主は知っていた。こんなことをして、いったい何が目的なんだっ!」

「嗚呼嗚呼、我が主の言う通りだ。『剣姫の頭脳』お前は賢い。本当に賢い。問いの答えは後としよう――今は、生き残ることを優先した方がよかろう? さぁ、存分に力を示して見せよ!」


 少女の姿が掻き消えた。転移魔法!

 ――眼前で蠢いていた黒匣の膨張が停止。産まれる。

 眼前に想像を絶する魔法障壁。極致魔法でも抜けないだろう。

 僕は息を深く吐き、ティナとリィネへ向き直り


「先生!」「兄様、リィネはもう逃げませんっ!」

「…………分かりました。リリーさん!」

「了・解ですぅ~!!!!!!!」


 大剣を両手に持ち、壁を疾走するメイドさん。

 それに追随する二頭の一角獣。

 魔法障壁が分厚いならば、直接攻撃で叩く他はなし。


 ――黒匣が少し開き、灰と血が撒き散らされる。


 僕はリディヤとカレンへ目配せ。即座に地面を疾走開始。

 『紅剣』擬きから『蒼剣』へ切り替え、同時に研究しておいた氷属性の新秘伝『蒼楯』を準備。

 天井に到達したリリーさんが叫ぶ。


「メイドは度胸ですぅぅぅ~!!!!!!!!!」


 一気に急降下。

 灰血が触手を形成、リリーさんを狙ってくるも一角獣達が雷球を乱射。突撃路を形成。

 その隙にメイドさんは全力で大剣を黒匣に叩きつけた。

 ――二振りの魔剣があっさりと砕ける。


「うぐぅ~、この、このぉぉぉ!!!! 墜ちろぉぉぉぉ!!!!!!」


 リリーさんはそれでも折れた大剣を振りぬき、黒匣が地面へ落下。

 リディヤが本気の『紅剣』。カレンも『深紫』に雷光を集結させ全力攻撃。

 ティナとリィネが『閃迅氷槍』と『紅蓮炎槍』で弾幕を張り、触手の悉くを封殺。

 僕達の三人の攻撃が黒匣を捉え


「「「!?!!!」」」


 匣の中から伸びてきた恐ろしく硬いに阻まれた。まずい。

 『蒼楯』でリディヤ、カレン、一角獣達にリリーさん、アンコさんへティナ達の防御を要請。

 僕は複数の『風神波』を生涯最速で発動。僕達を聖堂入り口へ向けて吹き飛ばす。

 

 ――血と灰が蠢くから毒々しい息吹が放たれた。


「! お馬さんっ!!!!」


 リリーさんの悲鳴。

 一角獣達がメイドさんを直撃しそうになった息吹に立ち塞がり、雷障壁を張るも貫通。それでも退かずリリーさんを守り切り消えていく。……許しは乞わない。


「っ! 相変わらずねっ!」「こ、こんな、のって……」


 リディヤとカレンを守っていた『蒼楯』が息吹を受け、次々と消失。その都度、新たな氷の楯が生まれ、貫かれていく。

 どうにか、聖堂入口まで後退。

 ティナ達を守ってくれたアンコさんの闇障壁ですら半ばまで削られている。馬鹿馬鹿しい威力だ。幼い公女殿下二人の顔には恐怖。

 しかも……奥歯を噛みしめる。


「どうして……どうして、君が……」


 僕等の眼前、聖堂中空で骨翼を広げ、血と灰にまみれし骨竜。

 その脳に当たる部分には、一人の少年。

 

 ――ニコロ・ニッティが両目を瞑り、濁った水に包まれ膝を抱えて座っていた。

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