第40話 水都騒乱 局地戦闘

 私の宣言を受け、ギルがイェンをけしかけます。


「ほら、お姫様はかく仰せっすよ? 特攻……こほん。突撃する時は今っす★」

「ふんっ! 貴様に言われずとも、先陣は俺のものだっ!! ――まずは」

「様子見の小当たりっすねっ!」


 ギルが斧槍を横薙ぎ。

 無数の雷槍が生まれ、騎士達を釘付けにします。

 同時に、イェンが馬上槍を構え疾走。穂先には暴風が渦巻いています。

 私は呪符へ魔力を込め、杖の先端に紡いでいる魔法を。それはそのままにしておき、次弾を紡いでいきます。 


「我が槍に貫けぬモノは、この大陸でもそれ程、あるわけではないぞっ!!!」

「いやぁ~数えると結構、あるんすよね~。リディヤの姐御の魔法障壁とか一枚も抜かないっすし~。アンコの姉貴相手だと届かない。アレン先輩相手だとそもそも魔法も発動させて貰えず、槍重くされて転がされて仕舞いになるし~」

「だ、黙れっ! 味方の士気を下げるなっ!! この、似非遊び人、がっ!!!」

「失礼っすねぇ~似非じゃないっすよぉ~」


 突撃しながら、イェンはギルの軽口に反応。

 対して、オルグレンの公子殿下はニヤニヤ。援護の雷槍は、射角を縦横無尽に変化しながら戦列に降り注ぎ、騎士達に下手な動きはさせていません。流石です。

 対して、戦列後方にいる隊長格が魔導兵達へ号令を発しました。


「怯むなっ! 貴様等の装甲は下手な物理攻撃は勿論、大半の魔法も弾くっ!! 対魔族戦の予行練習だと思えばいいっ!!!」

「下手な一撃かどうか――その身で味わうがいいっ!!!」


 激しい金属音を響かせながら、イェンの馬上槍と合計九体の魔導兵、その前衛を形成している三体の大楯とが激突。

 広場一体に突風と衝撃。地面を覆っている石材が壊れ、塵が舞い散り、視界が閉ざされます。

 それらを貫きギルの雷槍が戦列に降り注ぐ中、私は作業の手を止めます。

 

 ……対魔族戦、ですか。

 

 現状、魔王領と国境を接する、王国西方を守護せしルブフェーラ公爵家主力は東都に駐留しています。

 けれど、魔王軍は全く動いていません。

 当然、血河の最前線では偵察が強化されていますが平時編成のままと聞いています。

 オルグレンの乱時、軍を動かす際にやり取りすらあったそうですから、王国と魔王軍とが大規模にぶつかる可能性は低いと判断出来ます。


 ――なのに、この人達は『対魔族を想定した魔工兵器』を開発している。


 いったい、何故。

 異音と共に、塵の中からイェンが私の前へ後退してきました。手に持っていた馬上槍は折れています。……この人の一撃が防がれた?

 遅れてギルも退いてきます。

 振り向き、私へ向かって苦笑。


「……相変わらず、アレン先輩は人が悪いっすねぇ。あれ、とんでもっすよ? 何か、情報は?」

「ん~と……確か『蘇生』とか、ララノアの魔工技術を応用してるって」

「はぁぁぁ…………」


 ギルが深い溜め息を吐きました。

 片手で自分の前髪を掻き回し、目を細めます。 


「テト、多分すっけど……それ、どっちもっす」

「どっちも?」


 私はもう一人の少年を見る。

 イェンが馬上槍を放り投げ、苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てました。


「……大楯ごと吹き飛ばした腕がその場で再生した。しかも、再生した腕で複数の雷槍を受け止めるオマケ付きだ。鎧の下には禍々しい魔法式――おそらくは、あれが大魔法『蘇生』の魔法式なのだろうな。それが、埋め込まれている。おい、ララノアに行っていたのなら、何か情報はないのか?」


 ギルが肩を竦めます。


「姿形はララノアの魔法騎士に近いっすけどね。あそこまで滅茶苦茶じゃないっすよ。……自分の腕を使い捨ての楯として使う、なんてあり得ないっす。しかも、あれ、魔法式に自分の身を喰わせてるっすよ? 一度発動したら止まるとは、とても」

「聖霊騎士団なら、聖霊教なら、それくらいはすると思う。魔王戦争の時だって、あの人達は聖地で、魔族に対して――イェン、ギル!」


 私の言葉の前に、魔導兵三体が頭上遥か跳躍。土煙を突き破り騎士剣を叩きつけてくる。衝撃力からして、イェンとギルでも受け止めるのは困難。

 魔法の準備は終わってないし、ここは呪符で――ギルが斧槍を一回転。


「少しは活躍しないと後が本気で怖いっすからね。姐御はともかく、アレン先輩が。笑いながらの無茶振り、それだけは回避をっ!! ……それと」


 斧槍の切っ先に、美しい魔法式。

 激しい紫電が舞い散り膨大な魔力反応。こ、これって!

 魔導兵達は当然、魔力に気づいているものの、自分達の防御力を信じているのか、そのまま突っ込んできます。 

 ギルの小さな呟きが聞こえました。


「――オルグレンの恥は俺が雪ぐ――」


 本当は誰よりも生真面目な公子殿下が魔法を解き放ちました。


 激しい閃光。そして、獣の咆哮。


 イェンが私を優しく抱え、後退。

 視線は前へ。歯を食い縛っているのが分かります。ギルの成長が悔しいんです。

 ……とっても男の子なんです、私の騎士様は。

 金属音がし、地面に黒焦げと化した魔導兵だったものが転がります。

 騎士剣は折れ曲がり、重厚だった鎧は大半が融解、身体は灰色の炎に包まれ崩壊。

 騎士達が叫んでいます。


「ば、馬鹿なっ!」「今の魔法は……い、いや、あり得ないっ!」「魔導兵がい、一撃だとっ!?」「あ、あいつらの装備している鎧は魔法を無効化する筈なのに……」「化け物めっ!!」「対雷結界! 急げっ!!」

 

 どうやらギルも晴れて『化け物』の仲間入りをしたようです。

 彼で『化け物』なら、先輩やリディヤ先輩は何になるんでしょうか? 

 『大怪物』とか??

 私は笑みを浮かべ、友人へ賞賛を口にします。


「雷属性極致魔法『雷王虎』……使えるようになったんだね」

「ま、何時までも横並びじゃない、ってことっすよぉ。これで、アレン先輩の無茶振りは回避っすっ!」

「…………ちっ。調子に乗るなよ? 敵はまだいる。残りを片付ければ俺の武功が最上となるっ!!」

「へーへー、っす」

「くっ、こ、こいつっ!」


 二人が戦場でじゃれ合います。

 ……ん~でも、ギルの言い分にも一理はあるかもしれません。

 あれで、先輩はとっっても意地悪。

 ここでの戦いぶりで戦後の対応が変わる可能性は高いと言えます。

 具体的には――ギルとイェンだけを褒めて、私には『テト、大丈夫だったかい?』と本気で心配することが想定されます。いや、活躍しても最初は心配されるんですか。まったくっ! あの人はずっとずっとそうですっ!! 

 いい加減、私のことを認めてもくれても……あ、何かちょっとだけ、ムカついてきました。

 私だって偶には最初から先輩に……じゃれ合っている二人を他所に、先程来、溜めこんでいた魔法群を解放。

 

 ――百発近い各属性上級魔法の連続斉射の準備が完了しました。


 よしっ! 私も頑張りますっ!! 頑張って、先輩に褒めてもらいますっ!!!

 杖を構えつつ、とっておきの呪符十数枚を左手で広げます。

 二人が、ぎょっと、した顔で私を見ました。


「テ、テト。そ、その数はマズイのではない、か?」

「そ、そうっす。し、しかも、その呪符……攻城用の爆破札じゃないっすか!?」

「うん♪ この前、闇市に流れているの偶々見つけたの! 血河の要塞爆破用の試作品みたい★」

「「…………」」


 二人は同時に天を仰ぎ、戦列を整えている騎士達を見やります。その最前線には六人の魔導兵。

 イェンが駆けだそうとし、ギルに首筋を掴まれます。


「! き、貴様!? は、離せっ、離すのだっ!! お、俺が残りを片付ければっ、それで済むっ!!!」


 む! 私の騎士様なのに、酷いことを言う人です。

 そんなこと言うと、もうお菓子を食べさせてあげませんよ?

 ギルがイェンの耳元でぼそぼそ。


「(……イェン、もう、遅いっす。ほら、あの目を見てくださいっす。あの目……姐御が先輩に褒められたい時と同じっす。それを止める自信、あるんすか?)」

「(うぐっ! だがっ!! 大量殺人をさせるわけにはっ!!!)」

「テト~。殺っちゃダメっすよ? 少なくとも、普通の騎士達は」

「分かってるよ。じゃ――いくねっ!!」

「ま、待」


 イェンの声が届く前に私は魔法群を最終発動。

 空中に外周に六つの穴が開いている巨大な魔法陣が出現。それぞれに魔法が込められ――発動。

 魔法陣が高速回転し、上級魔法が次々と発動していきます。

 騎士の隊長格の表情が恐怖に歪み、絶叫。


「た、対魔法防御っ!!!!!!!」


 炎・水・土・風・雷・闇――上級魔法が魔導兵と騎士達に炸裂。悲鳴、苦鳴、呻き、泣き声の連鎖。楯を吹き飛ばされ、戦列から脱落する騎士達。

 私は呪符を放り投げ、無数の紙触手と紙闇檻を形成。

 魔法の容赦ない連打で弱り鈍った騎士達を捕まえ、檻の中に放り込んでいきます。

 

 ――上級魔法の連射が終了。


 広場に立っているのは私達三人と、魔導兵が残り三体。それに、数える程の騎士達。残りは悉く捕獲しました。

 帽子を深く被りなおします。

 ふっふっふっふ……これくらいすれば、先輩も私を褒めてくれるに違いありませんっ! 私だってやれば、出来るんですっ!!

 イェン、ギル、どうしたんですか? 

 

 さ、残りもやっつけましょうっ!! 

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